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第10話 二年目7月のこと

評価、ブックマーク、いいね等ありがとうございます。

誤字報告もありがとうございます。お世話になっております<(__)>


 盗賊相手に手も足も出なかったのが本当に本当に悔しかったので、もっと対人戦を学びたいと申請したところ、「本当は全部護衛に任せて逃げてほしいんですけど……」と渋い顔をしながらも特別訓練をさせてくれることになった7月のこと。


「よろしくお願いします」


 そう言って訓練場に現れたのは、聖位4位タクシス・クォーツ卿、聖位7位マルティアリス・フローライト卿、そして聖位8位ヤエル・カルサイト卿だった。


 聖位7位のマルティアリス・フローライト卿は、顔にかかるくらいの長さのミルク色の柔らかい髪に、見入ってしまいそうなほど鮮やかな夕陽色の瞳。褐色の肌に、たれ目で右の目尻にほくろのある色気漂う美形だ。

 その甘い顔立ちと緩い口調で女性に人気の彼は、実は古くから存在する吸血鬼という隠しキャラである。


 闇から生まれた純血で強大な力を持つ彼は、ほぼ無限の時を生きることができるため暇を持て余していた。

 そこで、別に天敵というわけではないが関わりたくない存在であるはずの神殿にあえて入り込み、聖騎士という地位を得てのんびりと暮らしているのだ。


 日光が平気で食事も人と同じものを食べられるので人の血を吸う必要はないけれど、純粋な魔力は美味しいらしく、ヒロインと接触したときに少しもらった魔力の味が気に入り、彼女に興味を持つようになる。

 女性にモテはするけど実は一途で愛情深く、同じ時を生きられない苦悩を語るシーンには、涙で画面が見えないと多くの人が呟いたという。


 いや、君らじゃなくて女性の兵士の方にお願いしたいのだが。というのが本音だけど、盗賊達のように男に襲撃された時に逃げなければならないので、力の強さや嫌悪感で動きが鈍くなった場合を考えて、彼らが最適なのは分かっている。

 むしろ本気で抵抗なり逃走なりが出来そうで適任かもしれない。


 訓練の内容は不審者に突然襲われた時の身のかわし方、助けを呼ぶ声の出し方、相手の隙の伺い方と逃げ道の選び方など逃げ一択である。

 私としては反撃方法を教えて欲しいのだけれど、促されて以前使った杖でクォーツ卿に殴りかかったところ、あっさり杖を掴まれ奪われ眼前まで迫られてしまい、慌てて逃げ出すはめになった。ぐぬぬぬ……!


 結局周囲の勧めに従って一通りの逃げ方の訓練をし、その後頼み込んで少し護身術の組み手をしてもらった。

 近づかれたら討つべし! 触れられる前に討つべし! (変態)に慈悲はない! 相手をしてくれたフローライト卿が戸惑っているのをいいことに、ストレスを発散する勢いで攻撃を繰り出した。



 大神殿内の訓練場の片隅を使わせてもらって特別訓練をしていたのだけれど、めったにお目にかかることができない聖騎士が三人もいるということで、出来れば少しで良いので訓練に付き合ってほしいと神殿兵達に頼まれた。


 そこで、私はしばらくの間休憩兼見学ということにし、快く彼らを送り出してから、訓練場の端の方に置かれている石のベンチに腰掛ける。

 走りっぱなし動きっぱなしで少し疲れていたのでちょうどよかった。でも逃げるためには持久力が大事だろうし、毎日ランニングでもするべきかもしれない。


 神殿兵相手に打ち込み稽古を始めたフローライト卿とカルサイト卿をぼんやり眺めていると、ふわりと頭から大きめの柔らかい布が掛けられた。薄手のふわふわした手触りが心地よいストールだ。


「そのままでいては風邪をひきますよ」


 目の前に回って来てそう言ったクォーツ卿が、飲み物の入ったグラスを差し出してくる。


「喉が渇いてませんか? よろしければどうぞ」


 青空を背景にした笑顔が眩しい。


 汗が引きはじめていたので掛けられたストールをありがたく肩に羽織り、グラスに口を付けた。

 柑橘系の爽やかな香りとほんのりとした甘さが疲れた体に染みる。

 いつの間に用意したのだろう。このイケメンデキる!


 ぐいと全部飲み干してほうと息を吐くと、私の手に触れないようにグラスを受け取ったクォーツ卿がもう少し注ぎ足したグラスを差し出してくれる。

 ちょっと変わった淡い緑色の果物の果汁が入った飲み物は、クォーツ卿の日差しの下で透明度の増した緑の目の色に似ている気がした。


「先日は御身を守れず申し訳ありませんでした」


 突然告げられた謝罪に顔を上げる。


 盗賊に襲撃された夜、普段なら離れの出入り口にいるはずの警護が不在だった。

 私の中ではイベント上の理由だろうと思っていたけれど、あれはとある神官によって警備の引き継ぎが妨害され、警備がいない状況が作り出されていた。そしてその隙に私を攫うよう計画が立てられていたのだそうだ。


 盗賊達が神殿内に侵入できたのもその神官や協力者によるもので、目的は私を連れ出すことだったらしい。あれ? ヒロインは??


 そういった事情をあの襲撃の翌日に副神官長から説明され、聖騎士達や離れの警備担当からも深く謝罪を受けた。

 なおその神官達は事件直後に神殿を辞しており、現在行方を追っているということだった。


「今後は何があっても俺があなたを守ります。ですのでどうか我々を信じて、御身を逃がすことを第一に考えてください」


 手を胸に当て真剣に告げられる言葉に戸惑う。現状から逃げたくなっていることに気付かれたのかと思った。


 いやちょっと面倒臭くなっているのだ。

 この大神殿内にクラウディア()を聖女にしたくない人間がいて、そのために魔物を引き込んだり盗賊に襲わせたり、噂を流したのもそのためなのかもしれない。


 だったら神殿長に頼んで、どこか女性しかいないような地方の神殿に移動させてもらおうかと。

 別に身の安全が確保できるなら、無理に聖女になる必要もないし。もともとヒロインの邪魔をするつもりもなかった。


 途中で退場するのがクラウディアの設定(強制力)なのだとしたら、こんな退場方法でもよいのではないだろうか。


 そんな考えが浮かびぼんやりしていると、その場でクォーツ卿が跪く。


「もしどこかへ行かれるのであれば、俺を傍においてくれませんか。俺は辺境出身なので町でも森でも生活できます。あなたに不便な思いはさせませんよ」


 そう言って私の肩に掛かったままのストールをそっと引き、その端へと口付けた。


 言われた言葉がうまく頭の中に入らなくて、少し首を傾げてしまう。

 いま強風とか吹いてなかった? 少女マンガ必殺の、風の音で聞こえていなかったふりは使えないだろうか。

 あれ何で急に聞こえなくなるのかよくツッコんでたけど、なるほど分かった! 便利だからだ!(混乱)


 というか急に何言い出すの!??


「もー疲れた! 交代してー」


 返事に困っていると、そんな気の抜ける声がしてカルサイト卿がこちらに歩いてくる。


 ついそちらに目を移したとき、すっとクォーツ卿が立ちあがった。そしてそのままカルサイト卿と二言三言言葉を交わすと、私に微笑んで(!?)神殿兵達の方へ歩いて行く。

 おおお……何か知らんけど助かった。


 あえて空気を読まずに声を掛けてくれたのか、それとも素だったのか。カルサイト卿にお礼を言うべきだろうかと悩む。

 本人は特に意味深な目を向けてくるわけでもなくいつも通りで、クォーツ卿が加わった打ち込み稽古の方を見ている。


 ふとその手の甲に小さな裂傷があるのが目についた。


「カルサイト卿、怪我されてますよ」

「え? ああ、やっぱり剣は苦手だよ」


 手の甲の傷を見て渋い顔をするカルサイト卿の手に向けて、手の平を翳した。


「怪我、治しますね」


 そう言って軽く治癒術を行使する。ふふふ治癒術を使い続けた結果、少し離れていても治療ができるようになったのだ。

 そのうち治癒術を飛ばせるようになりたい。そうすれば冒険者になっても後衛として活躍できると思うので。


 綺麗に治った傷をぱちぱちと瞬きしながら確かめているカルサイト卿に満足して、どうぞと私とは反対側のベンチの端を勧めた。




 午前に予定していた特別訓練を終え、各自が昼食をとるため奥殿へと戻って行く。

 先にクラウディアと彼女を迎えにきた女性神官が並んで歩き、その後ろにヤエル・カルサイトが続く。


 それを追うタクシス・クォーツの背後から笑いを含んだ声が掛けられた。


「自分だけ彼女に付いて行こうとして、ズルいんじゃないかな」


 左手に飲み物の入っていた籠を持ち、そして右腕にクラウディアが被っていたストール――クラウディアは洗って返すと必死に持ち帰ろうとしたが、気にしなくてもいいと隙を見て取り返した――を掛けたタクシス・クォーツはちらりと横目で声の主を見やる。


「世話焼くの、好きだよねぇ」


 そう言ってタクシス・クォーツの持っている籠に目を向けて、マルティアリス・フローライトがくすくすと笑う。


「あの方は初めてここに来た時から、ずっと自分で立とうとしていた」


 そんなマルティアリス・フローライトを一瞥して、タクシス・クォーツはその目を前の方を歩くクラウディアの背に向けた。


「今回のことも、魔物に襲われた時も自分で対処しようとして。

 誰の助けも望んではいないのは分かってるけど――そんな方だから手を尽くして甘やかしたいと思ってしまうよ」


 後ろを歩いて来ているマルティアリス・フローライトが聞いているかは分からないけれど、タクシス・クォーツは言葉を続けた。


「甘やかして甘やかして、いつか彼女が自分から甘えられるようになってくれたらいいと思う」


 先ほどまで彼女の細い肩に掛かっていたストールを持つ腕を上げて、そっとそのストールに額を付けた。


「そして彼女が――――――――になればいい」


 最後の言葉は音にならず、誰の耳にも届くことはなかった。



【交流用掲示板〈ネタバレあり〉】



503.名無しのきしめん

 自力はあきらめて回ってきた動画見た

 タクシスのヤンデレエンドお世話されるのが好きな人にはハッピーエンドでは


   504.名無しのきしめん

   >>503

   おはようからお休みまでべったりお世話されるのはちょっと…

   この場合風呂やトイレまでついてこられるのだろうか


   505.名無しのきしめん

   >>504

   トイレは一人で行かせて下さい!!(土下座)


   506.名無しのきしめん

   >>505

   いやヒロインはトイレ行かないから…


   508.名無しのきしめん

   >>503

   一人では何もできないダメ人間にされるのか~



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