第9話 二年目6月のこと
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誤字報告もありがとうございます<(__)>
暴力的な表現があります。
そうして気が付けば二年目の6月である。
ここ最近は特に何もなく、相変わらず楽しいパラ上げのための日課をこなす毎日だったので、すっかり忘れていたのだ。今日がイベントの日だということを。
「おい! ここか!?」
「さっさと掴まえて来い!」
風呂と夕食を終え部屋に戻り寝るための仕度をしていると、外から声を抑えてはいるが荒っぽい濁声が聞こえてきて、あ、盗賊が襲撃してくる日だったのかと思い出した。
このイベントで狙われたのは聖女候補で、金銭目的で攫われそうになるヒロインをいつも通り聖騎士達が颯爽と助けに来てくれる。
そして乱暴な男どもに連れ去られそうになって怯えるヒロインを、聖騎士達が優しく慰めてくれるのだ。
ここでも来てくれる聖騎士達は三人だけど、好感度の変動があったりすると魔物襲撃の時とは別の聖騎士になることもある。
それに対し、激しく抵抗し罵倒して盗賊達を怒らせたクラウディアは、盗賊達に暴力を振るわれ傷だらけになる。
ヒロインのパラが一定値を超えていれば、一方的な暴力で心に傷を負ったことが原因でクラウディアは家に帰ることになる。が、ヒロインのパラが足らなければ、怪我も無事に治りいつものクラウディアに戻るのだ。
こうやって改めて考えてみると、クラウディアの扱いって酷いな。
ゲームのクラウディアの状況を考えると、大人しく捕まった方が良いのかもしれないけれど、そうなった場合私は誰にも助けられることなく攫われて売られてしまうのでは。
何より男どもに捕まり、男どもに囲まれ、恐らく男に売られるなど想像するだけで今ここで首を掻っ切りたくなる。
まあそれは最終手段として、抵抗しないという選択肢はない。
残念ながら聖魔法の結界は魔物しか弾くことができないけど、おやちょうど良い所にヘッドの部分がほどよく硬くて宝石を嵌めてあるせいでゴツゴツとした、鈍器に最適な杖があったぞ。
もしもの時のために実家から送ってもらっておいてよかった。
部屋の電気を消して扉のすぐ横へと位置取った。
徐々に近づいてくる荒っぽい足音に、どくんどくんと心臓の音が耳を塞ぐ。
とりあえず私を捕まえに来ている男達をかわして、以前魔物の襲撃があった時に確認された避難経路を通って、奥殿の本殿へと向かおう。
今からしようとしていることが、ホラー映画などで真っ先にやられる役のようだと思えて少し笑ってしまった。
扉の前で止まった足音は一つ。音を消して静かに開けられた扉からごつい男の影が覗き込んできたところを、ヘッドの部分が頭を直撃するように思い切り振り下ろす。
「ぐっ!」
ゴッと鈍い音がして男が頭を押さえながら膝を付いたので、その隙に横を通り抜け離れの出入り口を目指す。
「あっ、こいつ!」
出入り口の所に立っていた男がこちらに気付いたところで、その前で足を止め杖を振りかぶり蟀谷めがけてフルスイングをした。
体力作りと、もし聖騎士達が斬りかかって来たときに逃げるために、こつこつ行っていた鍛練の効果が出ている。腰を入れて杖を振り切ることができた。
男が横向きに倒れたのを横目に、本殿の方へと向かう。
が、離れの廊下から外を窺って気づいた。盗賊の数が多い。
奥殿内のあちらこちらから悲鳴や怒号、争う音が聞こえて来るので、そちらにも盗賊がいるのだろう。
けれど避難経路とされている廊下に向かう途中にも数人の盗賊がうろついているのが、所々に設置されている灯りからよく見えた。
「おい! 女が!」
「早く捕まえろ!!」
いくら武器があっても大人数を相手にするのは無理すぎる。
廊下の壁に張り付いていた私を見つけて、いっせいに駆け寄ってくる盗賊達から逃げるために方向を変えようとしたけれど。
「くそっ! 待てこの女!」
離れから出てきた男が頭を押さえながらこちらへ向かってくる。私の力では意識を刈り取ることはできなかったようだ。
杖を握り締め、どこか逃げられるところはないかと必死に探りながら後退さっているうちに、気が付けば壁際に追いやられていた。
背には退路を塞ぐ冷たい壁、そして目の前には血走った目をしていたりにやにやしている男どもが囲むようにして、徐々に距離を縮めてきている。
「おら観念しろや!」
「痛い思いをしたくねぇだろ」
「大人しくついてくんなら優しくしてやるからよ!」
それぞれが好き勝手言いながらこちらに手を伸ばしてくる。その顔は人を馬鹿にして甚振るような愉悦に満ちていて、向けられた濁った目に吐き気を覚えた。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!
カタカタと全身が震えて視野が狭くなってくる。縋るように杖を握り締めた手が冷たくて、呼吸が苦しい。
ああ、ここまでか――。
背中に手を回し腰のベルトに刺していた細い短剣に手をかけた。
「――ぐあっ!!」
突然、私を取り囲んでいた男の一人が崩れ落ちた。暗い地面に赤い液体が広がっていく。
「なっ!?」
「ぎゃっ!」
事態を確認する間もなく次々と男達が倒れていく。中には蹴られて吹き飛んで行く者もいた。
気が付けば立っていたのは私と、無言で盗賊達を切り捨てたカーライル・コランダム卿だけだった。
血の滴る剣を片手に少し息を切らしたコランダム卿は、思わず杖を落とし座り込んでしまっていた私の方に顔を向け。
「――私なら、いかなるものからも貴女を守ってみせるのに」
そう口にしたコランダム卿は無表情なのによく分からない顔をしていた。
何が言いたいのか分からず返事に窮していると、肩を強い力で掴まれ無理矢理立たされる。そして首元に冷たく硬い感触が。
「動くんじゃねぇ!!」
耳元の怒号と首に回された男の腕に、全身に鳥肌が立つ。ひどい嫌悪感に全身が強張った。
首に突き付けられている刃物への恐怖よりも、男に触れられている気持ち悪さの方が勝る。
いつもの険しい表情に戻ったコランダム卿がこちらを睨みつけながらも、指示されるままに剣を地面に放り投げた。
「くそっ! 話が違うじぇねえか」
耳元で男が何か呟いているけど、それどころじゃない。頭が真っ白になって、前世の私に護身術を教えてくれた、ジムトレーナーのような美しい筋肉をよく披露してくれていた女性講師の顔が頭を過った。
反射的に足を上げ男のつま先を全力で踏む。悲鳴をあげて力を緩めた男の腕を解き、刃物を持つ手の手首を掴んだまま体を翻して男に向き合った。そして、足を勢いよく後ろに引き。
「…………っ……ぅっ……」
男が短剣を取り落とし前のめりに倒れ込む。白目を剥いて泡を吹いていた。
急いで男から距離を取り、胸を逸らせて腕を組む。
「ざまあみろ!」
倒れた男を見て、無表情なのに少し顔色を悪くしながらも、黙って剣を拾っていたコランダム卿は見ないことにした。
窓から淡い月明かりが差し込む暗い部屋で、壁や床に赤黒い液体が撒かれた中に佇む一つの影があった。
そんな部屋の入り口に、もう一つ影が増える。
「もっと緻密な計画を立ててすべきではないかな」
月明かりを受けてうっすらと白金の髪が輝く。そんな相手に目を向けることもなく、サティヤ・トパーズは足元の“それら”を無機質な目で見下ろした。
その手に握られた剣先から滴り落ちた液体が、床に赤黒い染みを作る。
「……あの人を傷つけた」
「気持ちは分かるが後処理が大変だろう。埋めやすい所に連れ出してやるなり、もっと計画的に……」
ぐるりと一度部屋を見回して、アウロラ・ダイヤモンドは首を傾けた。
「まあいいか」
そう言った彼が軽く手を振ると、飛び散っていた血や“それら”が跡形もなく消え去り、数十分前はそうだったのであろう何の変哲もない大神殿内の一室に戻る。
「彼らは急な事情で辞めたことにしておこう」
一瞬ふわりと空気が動いた。それですべてが片付いたのだ。
「彼女に気付かれないようにやりなさい。嫌われてしまうぞ」
からかうような声に、サティヤ・トパーズは何の返事もせず窓の外に目をやった。
【交流用掲示板〈ネタバレあり〉】
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493.名無しのきしめん
初めてたどりつけた裏エンドがサティヤエンドだった
あれあの後どうなるの?
さすがに捕まるのでは…
494.名無しのきしめん
>>493
目撃者がいなかったら魔物か盗賊のせいにすればいいよ
496.名無しのきしめん
>>493
ヒロイン連れて愛の逃避行とか?
497.名無しのきしめん
>>496
少しでも自分の悪口を言った人が目の前で…とかヒロインのメンタルヤバそう
498.名無しのきしめん
>>497
自分の狂信者(言うこと聞かない)の手綱握るってムリゲーでしょ
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