第8話 二年目4月のこと
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4月を迎えて、ついに二年目に突入した。
大神殿内のあちらこちらに植えられた、桜にも似た桃色の花が咲き誇っていて、一瞬ここが日本ではないことを忘れる。
そういえば今まで気にしたことはなかったけど、私は前世で自分が死んだ時の記憶が無いようなのだ。歳がいくつで何が原因で亡くなったのかさっぱり思い出せないでいる。
そうして去年と同じ王都に大きな市が立つこの日。私はセルトくんとユッカちゃんに手を引かれて、様々な種類の出店が並ぶ大通りに来ていた。
やっぱり人の多い場所は苦手だけど、一緒に市に行こうと二人に誘われたのと、去年もらった花飾りのお礼もしたかったので、大神殿に来て初めての“お出かけ”をすることにしたのだ。
普通に歩いているだけでも体がぶつかりそうなほどにごった返すなか、セルトくんとユッカちゃんが私が人波に揉まれないよううまく空いている方に誘導してくれる。
そんな幼子に全力で身を委ねている私の後ろ、人混みを避けるどころか人混みに避けられている煌びやかな三人組が、周囲に目を走らせながら付いて来ていた。
内心では女性の神官兵さんにお願いしたかったのだけれど、自分の立場を思えば迂闊に断ることもできず、護衛として付いて来てしまった聖騎士達。
聖位1位アウロラ・ダイヤモンド卿、聖位9位ラシュディ・ジプサム卿、そして聖位5位ナクヴィル・フェルスパー卿。
アイエエエエ! 好感度! 好感度ナンデ!!? どこに上がる要素があった!?
聖位5位のフェルスパー卿は、濃い金色の髪に紫の瞳、長い前髪で目元を覆っているけれど、形の良い鼻と唇はどこか気品を感じさせる。
実際前髪をかき上げると、アーモンド形のぱっちりした目に宝石のような瞳は吸い込まれそうな美しさである。
彼はヒロインが聖女エンドを迎えた後に出てくる隠しキャラで、実は現国王と地位の低い側妃との間に生まれた王子であり、母親と共に王妃や他の側妃からひどい嫌がらせを受けていた。
やがて彼の母親が病でこの世を去ってから、自ら王位継承権を放棄し、志願して神殿へと身を置くことにした。そして神殿内で懸命に鍛練を続け聖騎士にまで上り詰めた努力の人である。
ただ彼の容姿は成長するにつれ父親である国王に酷似してきたため、自分の出生を隠すのと、父親嫌いの影響から前髪で顔を隠しているのだ。
ゲーム内では、常に前向きで一生懸命なヒロインと一緒に過ごすうちに、過去を吹っ切り自分に自信を持つようになる。
そしてエンディングで前髪をかき上げて目を細めて笑うフェルスパー卿の笑顔に、心臓を止められ崩れ落ちる人が続出したらしい。
隠しキャラなのに普通に登場しているのはまあ仕方がないとして、私は彼とは初対面のはずである。なのにいきなり護衛任務。
ダイヤモンド卿の方も分からない……。
いや、もしかして私は大きな勘違いをしていたのかもしれない。
好感度によって護衛してくれる聖騎士が変わるというのはヒロインのみの仕様であって、ライバル令嬢の私には適用されないのでは。
あーあー評判の悪かったクラウディアにも優しい仕組みになっていたのか。そうだそうに違いない。
人の多い大通り内で不自然に空間を空けている三人は気にしないようにしながら、セルトくんやユッカちゃんおすすめの屋台で串焼きやパンにおかずを挟んだもの、ジュースなどを買って食べながらふらふらと見て回る。
自分達だけで食べていてもいいものかと少し悩んだけれど、背後で「あ、これ美味しい」「ダイヤモンド卿護衛中ですよ!」「…………」などと会話が聞こえて来るので、気にしないでおくことにした。
それよりも串焼きを一口くれて嬉しそうに笑うユッカちゃんや、私が食べにくそうにしているとジュースを持ってくれたり、手を拭くものをくれたりと紳士的に振舞うセルトくんが、可愛くて仕方がない。はーまじ天使。
お腹がいっぱいになったら小物や日常品を扱うお店を見て回る。
大通りの突き当たりの広場が見えてきたと思ったとき、その広場の傍からバキバキバキと何かが崩れる大きな音と悲鳴が上がり、盛大な砂埃が舞い上がった。
「屋根が崩れた!」「人が下敷きに!!」といった叫ぶような声が聞こえ、急いで広場から離れようとする人々の流れに飲み込まれそうになる。
必死でユッカちゃんとセルトくんの手を引き、はぐれないように抱き締めた。と、さらに私の上から大きな体が覆い被さり、人の流れに逆らうように道の端へと誘導される。
人通りを外れた屋台と屋台の間でほっと息を吐くと、体を張って人波を避けてくれたのはフェルスパー卿で、道の端に寄れるようフォローしてくれていたのはジプサム卿だった。
ダイヤモンド卿にはにこやかに怪我など無いかを聞かれた。
押し寄せるような人波が収まると、晴れた砂煙の奥に崩れ落ちた木製の屋根の残骸とその周りで折れた木などをどけようとしている人々の姿が見える。
フェルスパー卿の話によると、広場の一部には日よけのために大きな木製の張り出した屋根が設置されていたらしく、それが倒壊したのだろうという話だった。
遠目に瓦礫の中から助け出されたのであろう人が見えて、一言皆に声を掛けてそちらに駆け出した。
頭から血を流すその人の傍に寄り、どこか横になれる場所を探す。
「クラウディア様! こちらに!」
ジプサム卿の声に顔を向ければ、瓦礫の散らばっていない広場に、どこから持ってきたのか分からないが布を敷いたジプサム卿が手を上げていた。
周りの人に声を掛けてそちらへと怪我人を運び、横になってもらったところで治癒術をかける。
静かなざわめきが辺りに広がり、「大神殿の……!」「聖女様!?」と囁くような声が聞こえる。いえただの聖女候補です。
横になっていた人の傷が治ったところで、次の怪我人が運ばれてくる。フェルスパー卿がうまく誘導してくれているようだ。
そこで大きなどよめきが上がり、またどこか崩れたのではと振り返り――唖然とした。
木材の瓦礫が浮いていた。いや本当に。
ぱらぱらと砂埃を落としながら、ゆっくりと瓦礫が浮き上がっていく。
瓦礫の撤去や救助活動をしていた人々の目をくぎ付けにしながら、模型のようにぴったりと固まったままの瓦礫が人の頭の上あたりの高さで止まる。
「さあ、早く怪我人を運び出して」
低く穏やかに、けれど喧騒の中にあってよく通る声が固まっていた人々を動かす。
軽く手を上げたまま悠然と立っているダイヤモンド卿は、広場周りの五分の一を覆っていた木製の屋根の残骸を持ち上げていても、何ら負担を感じていないような涼しい顔をしている。恐ろしいほどの魔力量。だからチートが過ぎる!!
瓦礫が持ち上げられたその下には、倒れ伏す男性や子どもを抱えた女性、ご老人など多くの怪我人が倒れていて、急いでその人達を広場に敷かれた布の上に運んでもらう。
ベテラン治癒士さん達なら重傷度の見分けがつけられるけれど、私にはまだそれが無理なので、片っ端から全快するように治癒術を注ぎ込んでいく。
怪我が治って意識を取り戻した人達へ水を配ったり、事情を説明したりといったことは、セルトくんとユッカちゃんが行なってくれていた。
そうして並べられた人を順に治療していっていると、ようやく王都の警備兵や治癒士達が駆けつけてきた。
慌てて逃げ出した群衆の対処や誘導に追われていたのかもしれない。
ジプサム卿が警備兵達に事情を説明し、まだ治療していなかった人達は治癒士が処置をしてくれている。
見渡す限り命に係わりそうな怪我をしている人はいなくて、全身から力が抜けた。
ふーと深く息を吐いてから顔を上げると、目の前に差し出されたのは白いガーベラのような一輪の花。
それが握られていたのは小さな手で、泣いた後なのか頬を濡らし目を真っ赤にした女の子が、精いっぱい手を伸ばしていた。
「せいじょさま……お母さんを……たすけてくれて、ありがとう……!」
詰まり詰まり告げられたお礼に、私の目にも涙が浮かぶ。ここでいや聖女候補です、などと訂正するのは野暮だろう。
「お母さんが無事で良かった……」
そっと花を手に取り、目を細めて微笑んだ。
「聖女様! 妻を助けてくださってありがとうございます!」
「聖女様! うちのお父さんを助けてくれてありがとう!!」
「聖女様! うちの旦那を――」
「あ、いえ、私は聖女では――――!」
「聖女様! よかったらもらって下さい!」
「聖女様! これ持ってって!」
「聖女様! これ食べて休んで下さい!」
「聖女様! これを――」
わっと駆けつけてきた人達が次々とお礼の言葉と共に、花や果物、野菜や屋台の食べ物などを差し出してくる。
驚きに目を瞬いていると、次第に皆持ってきたものをその場に置いていきはじめる。さすがに食べ物は籠などに入れられていたけれど。
気が付けばまるでお供えのように花や食べ物に囲まれていて。
砂埃塗れの自分や、まだ忙しく駆け回っている周囲の人々。広場の片隅にはダイヤモンド卿が移動させたのであろう瓦礫の山が積み上がっている。そんな状況下での妙なミスマッチに。
無我夢中で治療をしたあとの安堵や疲れで、やけにテンションが上がっていたのもあって。
「っふ! あはは!」
クラウディアになって初めて、声を上げて笑った。
怪我人の治療がすべて終わった頃を見計らって、後を王都の警備兵にお任せしてから、私達は大神殿へと戻ることにした。
王都の人達のご厚意はありがたく頂き、それぞれ手に抱えたり袋に詰めたりして手分けして持ち帰る。
「ゆっくり市を回れなくてごめんなさいね」
疲れているだろうに進んで荷物を持ってくれている、セルトくんとユッカちゃんに声を掛ける。
「いいえ! クラウディア様はご立派でした! 僕達もお役にたてて光栄です!」
「ディアさまかっこ良かった!!」
興奮した様子で褒めてくれる二人にむず痒くなる。また日を改めて街歩きに誘ってみようかな。
厨房に頂いた食材を届けてくれるというダイヤモンド卿とフェルスパー卿に、ついでにセルトくんとユッカちゃんを送って行ってくれるようお願いした。
途中で彼らと別れ、お礼にと貰ったたくさんの花を両手に抱えて部屋のある離れに続く廊下を歩く。
色とりどりの花の美しさとほんのり香る匂いに和んでいたので、後ろを数歩離れて付いて来ている護衛のジプサム卿の存在を忘れていた。
「クラウディア様」
かけられた硬質な声に足を止める。そのまま背後を振り返ると、五歩ほど離れたところで立ち止まったジプサム卿がどこか夢見るような目でこちらを見ていた。
そしてその場で片膝を付くと、胸のポケットに刺していたカーネーションのような花をすっと抜き、目を閉じてそれに額を付ける。
「その気高さ、慈悲深さ、洗練された聖魔法、やはり貴女こそが大聖女シルディア様の生まれ変わり、真の聖女だ」
そのまま目を開けこちらを見上げたかと思うと、そう滔々と話し始める。
「僕はそんな貴女を傍で支え、貴女の力になりたい。大聖女へと至る貴女の道の助けとなりたい」
熱の篭った言葉に真剣な眼差し、けれどその目はまるで狂信者のような底知れなさをちらつかせていて、気を抜けば後退りそうになる。急に何だどうした!!?
あれこれ告白イベント? いやでも時期が早すぎるし告白の言葉もゲームとは違う。
「どうか僕の忠誠を受け取ってほしい」
そうして差し出された花を見下ろした。ジプサム卿の目のような水色の花。
いらーん! と突き返したら斬りつけられたりするのだろうか。
ゲームのクラウディアの末路が頭を過って、じわりと手に汗が滲んだ。
結果、穏便にお断りしました。
「私はまだ聖女には程遠い未熟者です。貴女の忠誠はどうぞ他のもっと相応しい方に」
とかそれっぽいことを言ってヒロインに行けと促したけれど、なんか恍惚とした顔で花を引っ込めていた。
そのまま何事もなかったかのように部屋まで送られたので、この出来事は全力で忘れることにした。
【交流用掲示板〈ネタバレあり〉】
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476.名無しのきしめん
ひたすらパラ上げつらい…
イベント全無視とか何あれ修行?
477.名無しのきしめん
パラMAXにするの無理だって!
何回リロードすればいいのよ!
478.名無しのきしめん
裏エンド自分でプレイ諦めて動画見てきた
ラシュディどうしてそうなった…
482.名無しのきしめん
>>478
頼れるのは自分だけって展開にもって行きたいのは分かるけど実際にやられたらつらすぎる
みんなどこにいったの??
486.名無しのきしめん
>>478
あれヒロインが孤立するように仕向けてるのもラシュディってこと?
487.名無しのきしめん
>>486
えええこわ…
491.名無しのきしめん
>>478
スチルのタイトルが『理想の聖女』っていうのもぞわぞわする
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