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妻の秘密

本日二話目。

次は18:00投稿予定です。

「まあ、手紙を出してから一年にもなる今頃になって、しかもとんでもない登場方法で現れた理由も一応は理解したわ。だけど、そんなに急いでやって来るほどの事かしら?」

「何を言っている!魔王を倒した勇者の結婚相手だぞ!見に来ない訳がないだろうが。ある意味、勇者以上の勇者なのだからな!」


 バリントスは妻の疑問にそう返すと、「ぐわっはっはっは」と今どき漫画でも見ないような大声で笑い始めた。

 はっきり言って喧しい。村長自慢のガラス窓など、余りの声量に細かく震えていて、今にも割れてしまいそうだった。

 その様子に窓の外にいた村人たちも驚いたのか、一歩後ろへと下がっていた。


 だが、俺と妻はそれどころではなかった。


「魔王を倒した、勇者?」


 意識せず口をついたその言葉に、青い顔をした妻がビクリと体を弾ませた。


「何だ、言っていなかったのか?というか兄ちゃん、知らなかったのか!?おいおい、一体どこの隠れ里の出身だ?いいか、よく聞けよ。お前が嫁にしたアリシアはだな、五年前の対魔族最終決戦で俺と後二人の仲間と一緒に魔王を倒した勇者様なんだよ」


 バリントスの説明に、これまで引っかかっていたものがストンと胸の中に落ちて行ったように感じられた。

 村長たちから度々聞かされてきた妻がなしたという偉業。明確な内容すら教えてはくれなかったが、それは未だかつてないほどのものだったという。

 更に、俺と妻との出会いだ。ある御方が妻の隣を「世界で一番安全な場所」と言っていたのはそういう意味だったのだ。


 が、しかしだ。それが一体どうしたというのか。

 妻は妻だ。

 強くて優しくて明るくて愛おしい俺の妻だ。それ以上でもそれ以下でもない。


「アリシアはアリシアだ。強くて優しくて明るくて愛おしい俺の妻だよ」


 だから、そう告げた。そして微かに震えるその体を抱きしめる。

 二人とも椅子に座ったままだったので、なんだか締まらない絵面になってしまっているが。

 それでも彼女を落ち着かせることはできたようだ。しばらくすると抱きしめている腕をポンポンと軽く叩いてきた。


「もう大丈夫かい?」


 腕をほどいて問いかけると、妻は小さく頷いていた。頬に赤みも戻ってきているし、これなら心配ないだろう。

 と、ようやく安心していると、空気を読まないオッサンがまた口を出してきた。


「何も隠す必要があることではないだろう?何をそんなに怖がって――」

「バリントスさん」


 鬱陶しいのでその言葉を遮る。


「考え方は人によって千差万別です。あなたが正しいと思うことでも別の人にとってはそうではない。そのことは理解して頂きたい」

「お、おう。分かった……」


 正面からその目を見据えて言うと、驚くほど簡単に引いてくれた。

 まあ多分、俺の気合が勝ったのではなく、俺の言ったことが難しくて理解できなかった、というのが本当のところだろうな。

 そんなことを考えていると、突然バリントスがニカッと笑った。無邪気というのが一番しっくりくるだろうか、なんとも人好きのする顔だった。


「なんだよ、最初は線の細い頼りない兄ちゃんだと思ったが、まさかまさか!俺に向かって威圧してくるとは、肝が太いじゃねえか!」


 そう言ってまたもや「ぐわっはっはっは!」と大声で笑い始めた。

 これは……、もしかして気に入られてしまったというやつなのだろうか?嫌な予感がして隣へと顔を向けると、妻は疲労の色を濃くしながらもしっかりと頷いたのだった。


「おお!こうも簡単に戦匠(せんしょう)バリントスに気に入られてしまうとは!さすがは勇者様のご伴侶ですね」


 それでも夫婦そろっての勘違いかもしれないという淡い望みは、レトラ氏によってあっさりと霧散させられてしまった。

 それにしても『戦匠』とは御大層な二つ名だな。まあ、『勇者』の仲間であれば、そのくらいの肩書が必要になってくるのかもしれない。

 封印したはずの思春期の熱が刺激されて、残る仲間たちの二つ名のことが少しだけ気になってしまった。


 そんな浮ついていた気分でいたところに、いきなり氷水のような言葉が投げ掛けられることになる。


「だがなあ、兄ちゃん。気持ちだけで何とかなる程、世界は甘くねえぞ」


 発言者はバリントス。だが、それまでとは打って変わった冷徹な声音だった。


「魔王を倒しはしたが混乱は未だ世界中で続いている。つまり『勇者』の需要はなくなっていねえんだ。崇拝するくらいなら可愛げがあるが、中には利用してやろうと考えるバカな連中もいる」


 ごくりと唾を飲む音が響き渡る。俺が見ようとしなかった世界が、妻が見せまいとしてきた世界がそこにはあった。


「もしもそんなやつらが攻め寄せてきた時にだ、おまえはアリシアの、『勇者』のお荷物にならないだけの力と技量はあるのか?」


 普段の俺はどちらかと言えば慎重な方で、色々と考えてから行動に出るタイプだ。


「ふざけるなよ」


 だが、今回に限っては反射的にそう答えていた。

 なぜなら、あろうことかバリントスは「妻を守る」でも「妻と共に戦う」でもなく、「妻の邪魔をするな」と言ってきたのだから。


 後から考えると、それは挑発だったのだと思う。

 バリントスは仮にも勇者の仲間だったのだからバカではない。が、これまでの行動から分かるように、彼の本質は脳筋だ。

 付け加えるならば、思い立ったら即行動な直情派でもあることから直感に優れているとも言えるだろう。


 さて、こうした脳筋直感な人物が行う人格鑑定方法と言えば、あれしかない。


「はん!口では何とでも言えるからな。そうだな……、俺と戦って、参ったと言わせられたら認めてやるよ」


 そう、「拳と拳で語り合おうぜ!」というやつだ。


 再度言う、普段の俺は慎重な方だ。冷静であればきっとこんな一方的な要望は突っ撥ねていたはずだ。

 しかし、この時の俺は完全に頭に血が昇ってしまっていた。

 そのため、妻が制止する間もなく、


「分かった。受けて立ってやる」


 と答えてしまったのだった。


「そうこないとな」


 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべるバリントス。その顔を見た瞬間、俺はようやく自分が乗せられたことに気が付いたのだった。


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