13話 プライドを捨てる
それからのケヴィンは、人が変わったように赤ちゃんの世話をしてくれた。
元々器用な質のようで、赤ちゃんにミルクをあげるのも、その後ゲップさせるのも、オムツをとりかえるのも、すぐにできるようになった。
赤ちゃんがほんのちょっとぐずっただけでも抱き上げようとするので、逆にアメリヤがそんなに抱き上げていたら、赤ちゃんが眠れませんよと止めるほどだ。
ケヴィンが赤ちゃんの世話をし始めると、不思議とプラテル屋敷の使用人たちも、積極的に手伝ってくれるようになった。
それまではケヴィンにも、赤ちゃんにもよそよそしかった使用人たちが、代わる代わる赤ちゃんに笑いかけて、あやしてくれる。
屋敷の使用人たちのお給料は、とても低かった。貴族の屋敷に勤めているとは思えないくらい。
相場の半分の金額だった。
「どうしてこんなに安い給料で、今まで我慢していたんですか?」
不思議に思ったアメリヤが使用人の一人に聞いてみると。
「別にプラテル伯爵のためじゃないんだけどね。プラテル領のためだよ。ここで俺まであの伯爵様を見捨てたら、プラテル領が潰れちまうと思ってな」
聞かれた使用人の一人は、そう照れ臭そうに答えた。
評判最低最悪のクズ伯爵を見捨てなかった人たちが、こんなに近くにもいたようだ。
屋敷に残っているのはほんの数人だったけど。
「ケヴィン様! 屋敷の使用人さんたちのお給料を、相場くらいに上げますよ!」
アメリヤがそう宣言をすると、ケヴィンは。
「え、だって領の財政が悪いのに、下げるんじゃなくて……」
と言いかけたけれど、言いながらなにかに気が付いたのか、少しの時間考えた後。
「分かった」
と、頷いた。
*****
ケヴィンの執務室で、赤ちゃんが揺りかごに揺られ、幸せそうにスヤスヤと寝ている。
使用人たちが「お仕事中はお世話代わりますよ」と言ってくれているが、ケヴィンはそれを「じゃあこの子が起きたら、お願いしようかな」と断って、少しお行儀悪いけど、足で揺りかごをゆっくりと揺らしながら、領地の書類に目を通していた。
誰かがケヴィンを助けて手伝っても、もう今ではアメリヤは止めていない。
開けた窓から暖かい風が通り抜け、レースのカーテンが揺れる。
優しい光が、レースを通してキラキラと輝いていて、ケヴィンと赤ちゃんに降り注いでいた。
その光景は、とても美しく、幸せなものに、アメリヤには思えた。
「アメリヤ、もしさ。」
「はい?」
今では領地経営の補佐が主な業務となっているアメリヤに、いつの間にか書類から顔を上げていたケヴィンが話しかけてきた。
多分仕事の要件じゃない話し方で。
「もし6年前に僕がレオを、こうやってお世話していたらさ。今この屋敷にユリアがいて、レオがいて、もしかしたらあと何人か子どもができていてさ。カミールもいて、一緒に仕事したり、皆で一緒に遊んだり……」
言葉の最後のほうは、震えて聞き取りづらかった。
最後は嗚咽のせいで、途切れてしまった。
ケヴィンは泣いていた。
肩を震わせて、静かに。
こらえようとしているみたいだけど、こらえきれずに、たまにしゃくりあげながら。
だけど足だけは優しく、揺りかごを揺らし続けていた。
アメリヤは何も言えず、ただケヴィンの後ろに回って寄り添って、震える肩にいつまでも手を置いてあげた。
*****
「ケヴィン様。高金利の借金をなんとかして、『お友達』と縁を切りましょう」
アメリヤがこのお屋敷に来てから3か月目のこと。
今度こそはと固く決意をして、アメリヤは就任初日にした提案を、再度してみた。
「そうだね。……僕もそうしないといけないと思っていたんだけど。どうやって返せばいいのか分からなくて。……ゴメン」
今度はケヴィンもあっさりと了承してくれた。
司法に訴えて、金利を見直してもらうか?
しかし貴族間での高金利での一時的な貸し借りはよくあるらしく、訴えが認められる可能性は低いらしい。
プラテル領の収益だけでは、一括返済も難しい。
「ケヴィン様。なんとかしてどこかから低金利でお金を借りることはできないでしょうか。この高金利の借金さえ返してしまえば、利息がなくなって、収支が黒字になります」
「低金利で借金……貸金業には、既に断られたことがあって」
プラテル伯爵領は、誰がどうみても寂れた斜陽の領だった。
沈みゆく領にお金を貸してくれる業者は、これまでいなかったらしい。
「他の貴族のお知り合いに頼んでみるとかは? もうこの際、プライドは捨てましょう! 私も資料を作って、プラテル伯爵領の収益を説明します! 低金利で……いいえ、普通の金利で借りられさえすれば、絶対に返済する能力があることを、分かりやすく説明してみせます」
「プライドを捨てる」
「はい」
今や庶民にまでクズ伯爵と呼ばれていて、昔の友人とはあまり会っていないらしい。
そんな友人達に会ってもらって、借金の申し入れをするのは大変なことだろう。
だけどそれをしないと、プラテル伯爵領の未来はない。
「……分かった。よし、じゃあプライドを捨ててユリアの実家に頼んでみよう! あそこはとても景気が良いし」
「いやそれは! そこだけはちょっとプライド持ってください!」
ケヴィンとの関りを断ちたいがために、無料で立派な橋を2本贈呈してくれたハウケ家に借金の連絡をするのはさすがに忍びなくて、アメリヤは必死になって止めたのだった。




