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3:眼鏡が吹っ飛びました

 その夜、メーテルは遅くまで仕事で居残っていた。

 ハインリーも図書室から自室へと戻り、先輩侍女たちもそれぞれ王都の屋敷に帰っている。


(静かですね)


 メーテルは無人の図書室の窓から、月明かりに照らされた薄暗い王宮の庭を眺めた。


「一人、二人、三人……」


 怪しい人影が、それぞれゆっくりと、第一王子の寝室がある棟へ向かっている。

 目立たないよう気をつけているのか、互いに距離を取りながら動いている様子だ。


(まだ、掃除しなければならないものが残っているようです)


 片手にモップを持ったままのメーテルは、窓の外から視線を室内へと戻す。

 そうして、一旦図書室の施錠を済ませてから、廊下側の窓からふわりと庭へ飛び降りた。


 駆け足で芝生の庭を進み、怪しい人影の一つを追いかけて素早く飛び出す。

 そこには、フードで顔を隠した不審人物がいた。


 夜の闇に紛れるためか、全体的に黒っぽい装いだけれど、だからこそ怪しさが際立つ。

 そして、余程の手練れでもない限り、夜目のきくメーテルの前では存在を誤魔化せない。


(故郷では、夜に働くことも多かったですからね)


 すっと不審人物の背後を取って、手が届きそうなほど近い距離から声をかける。


「あなた、ハインリー様を狙う刺客ですね? 先ほどから怪しい動きをしておられました」


 そう、彼はハインリーに向けて放たれたであろう刺客だ。

 だから主を守るため、ここで確実に退治しておく必要がある。

 全ては、メーテルを採用してくれた恩人を守るためだ。


「なっ……!? いつの間に背後に……!?」


 そこにいた人物はハッとメーテルを振り返り、警戒する素振りを見せた。

 男の声だ。

 しかし、その警戒はすぐ余裕に変わる。

 メーテルが人畜無害で真面目そうな、ただの侍女だったからだ。


「なんだお前は? 第一王子の侍女か……?」

「見ての通り、そうです」


 この王宮で働く侍女には「お仕着せ」というものが存在している。

 メーテルの場合は、フリフリ、ヒラヒラした白と黒の可愛い侍女用制服である。

 侍女の制服は、生地の色によって、どの王族の侍女かが一目でわかる仕組みになっていた。


 メーテルの着ている白と黒の組み合わせは、ハインリーに仕える侍女の色だ。

 他の王族に仕える侍女の制服では、白と深緑色、白と臙脂色、白と紺色などもある。


「侍女の制服について知っているとは、王宮の事情にお詳しい方のようですね。さすが刺客です」

「うるさい!」


 怪しげな男は、懐から銀色に光る短刀を取り出し、その切っ先をメーテルへ向けた。


「見られたからには仕方がない、消えてもらう。ここにいるのがハインリー王子への刺客だとわかっていながら、迂闊に話しかけた自分を恨むんだな」


 男は右手で大きく短刀を横薙ぎに切り払う。


「うおらぁーっ!!」


 しかし、メーテルは軽く後ろに飛び退いてそれを避けた。

 眼鏡がキラリと光る。


「……遅いです」


 そうして、持ってきたモップの柄で、ドンと男のみぞおちを突いた。

 みぞおちの奥にはたくさんの神経が走っている。だから急所になるのだ。


「ぐっ!?」


 男は苦しげなうめき声を上げた。

 メーテルは無言のまま、さらにモップを上に掲げ、勢いよく男の脳天に振り下ろす。


「ダハァッ!」


 苦しげな声を上げた男は、ドサリと芝生の上に倒れて気を失った。

 呆気ない勝負だ。


「一人目、完了です。あとで衛兵さんか騎士さんに報告しなければ」


 けれど、仲間の大きな声に気づいた残りの二人の刺客が、メーテルのほうへ駆けてきた。


「我々の仕事の邪魔はさせん!」

「お前、王宮の手の者か!?」


 問われたメーテルは、その場でしばし考える。


(えーっと……)


 侍女は一応、王宮の働き手である。なので、頷くことにする。


「はい、そうです」

「そうか、侍女のふりをした専属護衛か何かなんだな。どうりで強いはずだ。だが、相手が悪かったな。ここでくたばれ!」


 何かとお喋りな刺客だ。そして、彼の推理は完全に間違っている。


 先ほどの男と同じような短剣を両手に持った刺客たちは、今度は左右から二人同時に飛びかかってきた。

 だが、中途半端な実力者が何人いようとメーテルの敵ではない。


「……やっぱり、遅いです」


 あくびをしながらモップを大きく振りかぶり、横から二人をめがけてスイングする。


「ベフォッ!」

「ゲフッ!」


 刺客たちは揃って吹っ飛ばされ、近くに生えていた木に一人目が衝突したあと、もう一人がその人物にぶつかった。

 衝突した衝撃で、二人は揃ってずるずると地面にずり落ちる。


「念のため、気絶してください」


 メーテルは再びモップを振り上げると、ダメージを受けて動けない彼らの脳天に向かって一回ずつ、ガンッ、ゴンッとそれを叩きつけた。

 全ては尊敬する主のためだ。


「ふぅ、呆気ない。辺境の毒獣のほうが何十倍も手強いですね」


 気絶した刺客たちはもう、誰一人として動かない。


「今日も淑女らしからぬ行いをしてしまいました。侍女になったら上品に振る舞おうと思っていたのに……ですが、今回はハインリー様のためなので仕方がありません」


 男たちを一カ所にまとめて積み上げたメーテルは、キョロキョロと辺りを見回す。


「……衛兵さんか騎士さんへの報告と、運んでくれる人を呼びに行きましょう」


 誰も侍女のメーテルがやっつけたとは思わないので、怪しい人たちが庭にいたと報告すればいいだけだ。


(それにしても、ハインリー様に向けた刺客は多いですね。今月でもう五件目です)


 今日の刺客はいかにもな見た目なので、素直に報告すればすぐにご用となるだろう。


(さて、さっさと知らせに……)


 メーテルはモップを持ったまま駆け足で王宮のほうへ人を呼びに行こうとし、足元の石に躓いて盛大にすっ転んだ。


 その拍子に……眼鏡が前方に、吹っ飛んだ。

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