98話 占星術師フローラはソロンに取引を持ちかける
俺は、クレオン、そして救出隊の冒険者たちとともに、全速力でアルテたちの後を追いかけたが、なかなか追いつかなかった。
リサは息が上がった様子で、頬を紅潮させている。
普通に考えれば、アルテたちは敵と戦いながら進んでいるはずだから、その進み方はかなりゆっくりになるはずだ。
一方、俺たちはアルテたちが敵を倒した後を追っていることになるわけで、実際に魔族もほぼ現れていないから、かなりの速度で道を歩いている。
なのに、追いつけないのはどういうことだろう?
おかしなことはもう一つある。
遺跡の道に転がる魔族の死体。
それは攻撃魔法や剣で倒されたものには見えなかった。
傷一つ負っていないのだ。
俺は考えた。
「アルテたちは十一層より後は、ほとんど敵と戦ってないんじゃないかな」
「そうだろうな。しかし事前に調べた情報とあまりに違う」
クレオンが俺のつぶやきに応じる。
俺とクレオンはともに冒険者たちの先頭に立っていた。
クレオンの言うとおり、俺も大図書館でネクロポリスについて調べたときには、第十層以下にも黒竜をはじめとする強敵が待ち構えているという情報があった。
なのにアルテたちが攻略を進めるなか、敵はほとんど現れなかった。
なにか嫌な予感がする。
遺跡の罠だろうか。
だとすれば、ますます早くアルテたちに追いつかなければならない。
そこにはフィリアたちもいるのだから。
ふいに強烈な匂いがあたりに漂った。
さびた金属のような、嫌な匂いだ。
かすかに人のうめき声がする。
俺は妙に思い、宝剣を振って、光魔法であたりを照らした。
遺跡の床が光を反射する。
そこに液体が流れていたからだ。
真っ赤に遺跡の床を染めていたのは、血糊だった。
そして、その近くには人間の腕だったと思われる肉塊が落ちていた。
隣のリサが息を呑む。
目の前には凄惨な光景が広がってた。
打ち捨てられた魔族の死体は、今度は明らかに人間の手によって殺されたものだった。
その傷跡は生々しく、戦闘が行われてからさして時間が経っていないことを示している。
一方で、そこには冒険者たちの姿もあった。
全部で二十人ぐらいはいるだろう。
ある者は腕を失い、ある者は足を失い、別の者は腹から血を流し、顔に大きな傷を負っていた。
そして、何人かはすでに命を落としていた。
アルテたちと一緒に攻略を進めていたはずの冒険者たちだ。
そのとき、向こうから白いぼんやりとした光が見えた。
傷つき、血を流す小柄な冒険者の少女のもとに、身をかがめて回復魔法を使っている魔術師がいた。
それは占星術師フローラだった。
フローラは俺やクレオンたちの姿を見ると、一瞬、困ったような表情をした。
フローラ自身はまったくの無傷のようで、他の冒険者たちの救護にあたっていたみたいだった。
「ソロン先輩、それに……クレオン先輩も、無事だったんですね」
「なんとかね。それより、この状況はどういうこと? フィリアやアルテたちは?」
フローラはふるふると首を横に振った。
そして、俺を上目遣いに見る。
「……わからないんです」
フローラによれば、攻略隊は敵の抵抗にあわず順調に進んでいたが、突然、魔族が大量にあらわれて、遺跡の崩落が生じた。
フローラたちは必死で戦ったものの追い込まれ、崩落から逃げるなかで散り散りになったという。
もともとちょうど分かれ道にさしかかっていたせいで、誰がどの道を進んだかもわからなくなったらしい。
アルテはもちろん、フィリアやその護衛のノタラスたちの安否もわからない。
俺は罠にかかったとはいえ、フィリアから離れてしまったことを後悔した。
もしかしたら、今この瞬間にもフィリアが魔族の手にかかって命の危機にさらされているかもしれない。
一秒でも早く探しに行きたいけれど、目の前で倒れている冒険者たちを見捨てるわけにはいかない。
回復した冒険者もあわせて集団で行動しなければ、フィリアたちを見つけることも不可能だろう。
俺とクレオンはうなずきあうと、まだ息のある負傷者たちの救助に取り掛かった。
幸いリサのような回復に特化した白魔道士もいるし、魔法剣士の俺や聖騎士のクレオンもそれなりに治癒魔法を使える。
俺は気を失っている剣士の男の近くで膝を地面についた。
そして、回復魔法を唱える。
俺はため息をついた。
この冒険者はけっこう深手の傷を負っているし、すぐに戦闘に参加できるようにはならないだろう。
なんとか命だけでも助けてあげないといけない。
そのときフローラが俺のそばに寄ってきて、身をかがめた。
フローラが小声でささやく。
「先輩。手伝います」
「ああ、ありがとう」
「あの……少しお話しながらでも良いですか?」
「もちろん」
「取引をしませんか?」
「取引?」
「はい。先輩にはお姉ちゃんを助けてほしいんです」
俺は思わずフローラの顔をまじまじと見た。
ちょっと恥ずかしそうにフローラは大きな黒い瞳をそらす。
フローラが持ちかけたのは、俺にアルテを助けてほしいという意外な相談だった。






