96話 アルテの思い出
賢者アルテが帝立魔法学校に入学したのは、九歳のときだった。
帝立魔法学校は伝説的な賢者コンフが創立して以来、三百年の歴史を誇る。
帝国最難関の名門教育機関で、この学校に入れたのは、幼いアルテには誇らしいことだった。
しかも標準入学年齢は十二歳だから、三年も早く入学できたわけだし、入学試験の成績だって三番だった。
自分ほど賢い生徒はいない、とアルテが思ったのも無理もなかった。
きっと自分は十年に一度の、いや、百年に一度の天才に違いない。
ところが、上には上がいた。
アルテの一つ上の学年に、自分と同じ年齢で、しかも首席で入学した天才がいるという。
それがソフィアだった。
学校の授業は期待したほど面白くなく、学生寮での生活はそれ以上にくだらなかった。
わかりきったことばかり繰り返す無能な教師。
年下の自分に嫉妬し、嫌がらせをすることしかできない同級生たち。
周りの連中は馬鹿のくせにプライドだけは高い愚か者ばかりだった。
帝立魔法学校は、きっと素晴らしいところだと思っていたのに、入ってみれば、この世でもっともくだらない場所に思えた。
そして、そんな学校に居続けざるをえない自分のことも嫌いだった。
自分は優秀だけれど、この学校をいきなり飛び出すほどの勇気も能力もなかった。
アルテはまだ九歳だったのだから。
力が足りなかったのだ。
もしもっと優れた力さえあれば、こんな魔法学校に用なんてなくなる。
だから、アルテはソフィアに興味を持った。
自分と似た境遇で、しかも自分よりも優秀だという少女ソフィア。
ソフィアなら、自分のことを理解してくれる
ソフィアと知り合う機会は、すぐにやってきた。
今でもソフィアと最初に会った日は忘れられない。
その日、アルテは校舎の片隅の物置で、同級生の何人かを痛めつけていた。
理由なしにやったわけではない。
妹のフローラが同級生たちに髪をつかまれ足蹴にされているのを見て、頭に血が上ったのだ。
フローラはアルテと一緒に入学したけれど、飛び級とはいえ成績は最下位に近かったし、要領も良くなかった。
アルテに対する周囲の敵意は、そのままフローラにも向けられて、気弱なフローラはそれをそのまま受け入れてしまっていた。
けれど、アルテはそんなことは許さない。
アルテは、フローラに魔術師として高い素質があると思っていた。
なんといっても、フローラはこの天才の自分の妹なのだから。
もし飛び級で入学していなければフローラの成績は上位だったはずだろうし、少なくともそのへんの同級生たちよりは遥かに優れた存在だ。
だから、そんな凡人たちがフローラよりも偉そうにしているなど、黙って見ていられない。
アルテはありったけの魔法を使って、フローラをいじめた同級生たちを嬲った。
関節を曲げ、髪を焼き、毒をかけて苦しませる。
フローラは隣で泣きじゃくり、「もういいよ、もうやめてよ、お姉ちゃん!」とつぶやいていた。
それでも、アルテは攻撃を止めなかった。
ところが相手のなかに、けっこう機敏な生徒がいて、そっとアルテの背後に回ると杖を無理やり取り上げた。
杖を奪われてしまうと、今度はアルテが劣勢に立たされることとなる。
魔法が使えなければ、アルテは無力な九歳の少女にすぎなかった。
相手は十二歳の少年少女たちだったから、体格差は歴然としていて、今度はアルテが暴力を振るわれる番になったわけだった。
アルテは頬を勢いよく平手打ちされ、その場に突き飛ばされた。
そして倒れたアルテに、背の高い男子が馬乗りになり、拳で力いっぱいに殴ろうとした。
彼らはさっきまでひどく痛めつけられていたから、アルテを憎悪の目で見ていたし、殺しかねないような勢いだった。
そのまま誰も助けに来なかったら、もしかしたらアルテは重傷を負って、二度と魔法が使えない身体になっていたかもしれない。
けれど、そこに二人の上級生が現れた。
一人はソフィアで、颯爽と現れた一つ年上の少女は光り輝いて見えた。
そして、もうひとりが、ソフィアの世話係だったソロンだった。






