94話 合流
裏切り者。
クレオンの命を狙い、罠にはめて第七層と第八層の狭間に墜落させた人物がいるのだという。
第七層の最後の敵である翼虎がいた大広間の床は崩落した。
上から降ってきた泥状の魔族と合わせて、遺跡そのものの仕掛けだと思っていた。
けれど、クレオンに言わせれば違うらしい。
「いいか、ソロン。僕たちはこの攻略にあたって十分な準備をしてきた。新騎士団の一般団員はもとより、俺たち幹部もかかりきりで、過去のネクロポリス調査報告を集めたんだ」
「俺も調べたよ。たしかに第七層の突破に成功した冒険者パーティは何組かいたみたいだけど、どのパーティもこんな罠があるなんて報告していない」
「そのとおり。これが何を意味するかといえば、今回の崩落は人為的に引き起こされた罠だってことだ」
「けど、すべての冒険者が網羅的に遺跡の罠まで記録するとは限らないよ。それに第七層最後の敵だって、これまではゴーレムだったみたいだけど、今回は翼虎だった。罠の方に変化が生じていてもおかしくない」
「魔族の生態系のほうが変わっても、遺跡の構造の方までは変わらないことは多い。ソロンなら知っているだろう? 遺跡の調査報告は後々の冒険者のために書いているんだ。こういう罠があったら、書かないはずがない」
「どうかな。それでも裏切り者が仕掛けたというのは推測にすぎないよ」
「決定的な証拠がある。俺たちを襲った泥状の魔族だ」
「魔族が証拠?」
クレオンは騎士団の白い制服のポケットから、硬い石のようなものを取り出した。
そして、それを指で指し示す。
「これはあの魔族の核だ。そして、この核だが……」
「ちょっと待って。ルーペを取り出すよ」
「相変わらず、準備のいいことだな」
「持っていて損はないからね」
遺跡の攻略ではルーペは地味に役立つ。
壁の材質の鑑定、見つけた宝の調査、そして倒した魔族の判定だ。
俺はルーペでクレオンの手にある核を拡大した。
その核の表面に小さく何かが書かれている。
いや、淡い文字が浮かび上がっているのだ。
踊るように動き回るその文字は「魔の者よ、理法に従い、神と聖霊と我に従え」という内容だった。
魔術師が魔族を制御するための呪文だ。
「召喚された魔族?」
「裏切り者が召喚したんだろう」
魔族を召喚して使役するということであれば、ぱっと思いつくのは召喚士ノタラスだ。
聖ソフィア騎士団時代、彼はクレオンと考えを異にしていたようだし、クレオンを殺害する動機はあるといえばあるかもしれない。
けれど、魔族の召喚自体は、ノタラスほど大規模かつ効率的に運用はできないとしても、ある程度の高位の魔術師であれば普通に使える。
裏切り者はノタラスとは限られない。
けれど、これが誰かしらの仕組んだ罠だったのは確実だ。
「ソロン。このことは僕たちだけの秘密にしておこう」
俺はうなずいた。
裏切りがあったなんて話を攻略隊に周知すれば士気は下がるし、それに、裏切り者に警戒されるという意味でも良くない。
単なる事故だった、ということにしておくのが一番良さそうだ。
けれど、いずれは誰がクレオンの命を狙おうとしたのかも明らかにしないといけない。
俺自身も巻き込まれて死にそうになったのだ。
クレオンは徐々に回復してきたのか、もう戦闘にも参加できるようになっていた。
フィリアの魔王の子孫としての力を狙っているという意味では、クレオンは俺の敵だ。
もし首尾よくこの遺跡の攻略に成功でき、魔王を復活させるということになれば、フィリアはその犠牲に供される。
そのときこそ俺とクレオンは対決しなければならなくなる。
クレオンとアルテは、俺が魔王復活計画のことを知っているとは思っていない。
だから、俺が計画阻止に動いているとは知らないだろう。
油断している二人に対し、俺が仲間たちを決起させ、フィリアが皇女として号令をかければ、大勢はこちらに傾く。
おそらくクレオンたちに勝てるだろう。
しかも不利を悟らせて降伏させれば、二人を殺さずに済む。
けれど、今はクレオンと協力しないとここから脱出できないのだ。
俺たちは背中合わせで戦いながら、遺跡の狭間の空間を進んだ。
何回か俺はクレオンに雑談を振ってみたけれど、クレオンはそっけない態度をとって返事をあまりしてくれない。
けれど、俺たちは元仲間で、だから無言でも連携はかなりスムーズに取れる。
敵はそれなりに手強く、俺一人では確実に倒せない魔族も含まれていたし、高い実力をもつクレオンでも、一人では消耗してしまって常に勝つことはできなかっただろう。
俺たちは互いの力を当てにして、なんとか進んだ。
しばらくして、向こうからかすかに揺れる光が見えてきた。
ぼうっとしたその薄白い光は次第に大きくなってくる。
そして、足音が小さく、けれどはっきりと聞こえてきた。
間違いなく、複数の人がこちらに向かってきている。
俺たちは早足で歩き、味方と合流した。
第八層への通り道にたどりつけたのだ。
「ソロンさん!」
ぴょんと飛び跳ねるように俺に近づいたのは、白魔道士のリサだった。
そのままリサは俺に抱きつく。
「わ、わ、リサ!?」
「わたしの、わたしせいでソロンさんが死んじゃったんじゃないかと思って……」
その後は、嗚咽で声にならないみたいだった。
瞳に涙をため、リサは俺を上目遣いに見つめる。
ぎゅっと俺の腕にしがみつくと、ようやく呼吸が整ったのか、リサが続きを言う。
「心配しました……。心配で心配で仕方がなかったです」
「ごめん」
俺はそう言い、微笑した。
憧れの聖女の恋人かつ、いちおう命の恩人ということで、リサは俺のことを心配してくれていたみたいだ。
俺が崩落に巻き込まれたきっかけが、自分にあるということも、リサに自責の念を抱かせていたらしい。
俺がクレオンを振り返ると、クレオンはまったく同じようにカレリアにしがみつかれて、ちょっと困っているようだった。
あの強気なカレリアが涙をぼろぼろ流し、「よくぞご無事で……」と感極まったようにささやいていた。
カレリアにとって、クレオンは憧れの人で想い人だ。
だから、カレリアが取り乱すのも当然だろう。
ところで、合流した味方はリサ、カレリアとあと少数しかいない。
そしてフィリアもいなかった。
俺はリサに事情を尋ねた。
「ソロンさんと聖騎士様がいなくなった後、賢者のアルテ様が攻略隊全体の指揮をとりはじめたんです」
「そうだろうね。序列的にはたしかにそうなる」
「賢者様はソロンさんたちはきっと死んだだろうって言って、先に進もうって主張して……」
「アルテならそういうだろうなあ」
たしかに俺がアルテの立場でも、崩落に巻き込まれた俺たちが生きているとは思わなかっただろう。
見捨てて進むという判断は合理的とも言える。
「でも、皇女様が、ぜったいソロンさんは生きているって仰ったんです」
「フィリアが?」
聞けば、フィリアは「わたしとソロンは魔術回路がつながっているから、ソロンが生きていることも、どこにいるかもわかるの」と言い、アルテの判断に反対したのだという。
けれど、アルテは強引にフィリアを連れ去り、代わりにカレリア・リサたち少数の捜索隊を派遣するにとどめた。
「ありがとう、リサ」
「どうしてお礼を言うのですか?」
「少数の捜索隊なんて、明らかに危険な任務だからね」
大勢で行動しても危険で、怖ろしい魔族が出現するのがネクロポリスだ。
少人数かつカレリア以外の精鋭がいない捜索隊は、かなりの危険にさらされるとわかる。
だから、リサは危険を犯してまで俺たちを助けに来てくれたのだ。
そう言うと、リサは顔を赤くして、「だって……」と小さくつぶやき、口ごもった。
ともかく、早くアルテたちに追いつかないといけない。
フィリアの周りはノタラスやラスカロス、ナーシャたちが固めているとはいえ、かなり不安だ。
フィリアもきっと俺のことを心配している。
そして、何が目的かはわからないが、攻略隊には裏切り者だって混ざっているのだ。
さらにアルテの采配自体も問題だ。
アルテは魔術師として優秀でも、組織の指揮官向きではない。
放っておくと無茶苦茶な指示を出して、無用な犠牲を生みかねない。
それはクレオンも同感のようだった。
俺たちはうなずきあうと、遺跡の奥へと踏み出した。






