85話 ネクロポリス攻略作戦開始
クレオンは怒りを鎮めるように深呼吸をしていた。
そして、落ち着いた様子を取り戻すと、クレオンは言った。
「今回の作戦は三部隊に分かれて実行することになる」
「遺跡の構造上の問題だね」
俺の言葉にクレオンはうなずいた。
ネクロポリス攻略が難関である理由は単に敵が強いというだけではない。
三方向の進路から同時に制圧しないと、攻略した階層にも別の道から魔物がふたたび上ってきて、退路を絶たれることになるのだ。
勇者ペリクレスはそのことを知らずに挑み、帰還の過程で消耗し、命を落とした。
「だから、僕たちは三つの道から一斉に進み、遺跡を制圧していく。そして現在判明しているかぎりの最下層である第二十層で合流するんだ」
そして、クレオンは三部隊の編成を指示した。
驚いたことにクレオンは自分の直轄部隊に俺も加えた。
そこにはフィリアはもちろん、アルテもいる。
アルテはちょっと不満そうだった。
別働隊の隊長を任されると思っていたのだろう。
けど、アルテは間違いなく向いていない。
クレオン直轄部隊には召喚士ノタラスや占星術師フローラも参加し、また今回の俺の味方である黒魔道士ナーシャたちもいる。
フィリアを守るために十分な人数がいると見てよい。
一方、別働隊の一隊は守護戦士ガレルスが率い、別の一隊はバシレウス冒険者団の元団長レティシアが指揮するという。
クレオンは笑みを浮かべた。
「さて、皇女フィリア殿下に一言お言葉をいただきましょう」
「わ、わたし?」
フィリアが自分を指差して、慌てる。
たしかにフィリアは形式的とはいえ総指揮官なのだから、戦いの始まりを宣言する必要がある。
フィリアはちょっと緊張した顔で、二百人強の冒険者を見渡した。
そして、透き通った声で高らかに宣言した。
「必ず生きて帰りましょう。そして皆さんの力で、わたしに勝利を!」
フィリアの言葉に応じて、冒険者たちは一様に「皇女フィリア殿下万歳!」と熱のこもった声で斉唱した。
彼ら彼女らには史上類を見ない遺跡攻略作戦への陶酔もあったに違いない。
が、同時に純粋にフィリアの呼びかけに答えたという面もあったと思う。
さすが皇女というべきか、フィリアもなかなかの人気ぶりだ。
皇族という貴種であるというのもあるし、容姿が非常に優れているというのもあるとは思うけれど、それ以上に、フィリアにはなにか人を引きつける力があるように感じた。
ちなみにもうひとりの皇女イリスは、ネクロポリス攻略作戦への参加を急遽取りやめたようだった。
事情はわからないが、危険を考えれば妥当な判断だろう。
クレオンからしてみれば、必要なのは魔王の子孫であるフィリアだけだし、イリスはいてもいなくてもどちらでも良いのだろう。
三部隊に分かれて、俺たちは遺跡を進みはじめた。
攻略済みの遺跡の第一層は、すでに人類の居住地になっている。
しかし、狭い方形に区切られた住宅地を横切ると、住人はみんな顔色が悪く、栄養状態はよくなさそうだった。
「ソロン……遺跡に人が住んでいるって聞いていたけど、本当なんだね」
「そうですね。農耕用と住居用の土地の不足の解消のために、遺跡を移住地として解放していますが……」
決して好ましい環境とは言えない。
俺はいくつかの遺跡の居住エリアを歩いたことがあるから知っている。
魔法で動く人工太陽のみを頼りに、狭い空間に押し込められて暮らすのを望む人は多くない。
彼らは俺たちを見て、歓迎の声を挙げた。
冒険者は帝国の民のために遺跡を解放する英雄とされているからだ。
進んでいくと、綺麗に整備された道が途切れ、やがて下の階層への階段が見えてくる。
大理石でできたそれは、いかにも古代の宮殿という雰囲気を出していた。
攻略済みの階層とそれ以下の階層は厳重な扉で区切られている。
万に一つも魔族が住宅地を襲撃しないようにするためだ。
クレオンは帝国政府から預かった鍵でその扉を開けると、先頭を進んだ。
それは、もっとも危険な役目は自分が担うという意思の現れだ。
一方の俺はフィリアのすぐそばにいて、ちょうど冒険者たちの列の真ん中にあたる。
階段を数十人の冒険者が松明をかざしながら、ゆっくりと降りていく。
まだ第二層にもたどり着いていない。
そのとき周囲の空気が変わった。
突然、松明の明かりが一斉に落ちた。
魔族の仕業だ。おそらく火の消去魔法かなにかを使ったんだろう。
「ま、真っ暗だね。ソロン」
フィリアが俺にぎゅっと抱きつく。
俺はフィリアの手を握り返し、それから手を離して剣の鞘に手をかけた。
周囲の冒険者たちもざわついている。
「フィリア様、敵襲ですから俺から離れないでください」
俺は宝剣テトラコルドを抜き放つと、暗闇のなかを右に一閃させた
手応えがある。
俺はもう一度、真上からそれを振り下ろした。
ほぼ同時に冒険者の誰かが魔法で明かりを取り戻したらしい。
目の前の視界がひらける。
そこには紫色の球体状の生き物がいた。
魔族だ。
宝剣テトラコルドを受けて両断されている。
他の冒険者たちの何人かも同じように魔族を倒していた。
カレリアは三体ほどの魔族を叩き斬ったようで、満足そうに魔族の血で濡れた剣を眺めていた。
「く、暗闇なのに正確に狙えてすごいね」
「みんな魔族とばかりずっと戦ってきましたからね。感覚でわかるんですよ」
とはいえ、下層になれば敵も強くなり、こんなふうにあっさりとは倒せないだろう。
気を引き締めないといけない。
フィリアを守るためにも。
俺は自分に言い聞かせ、宝剣テトラコルドを鞘にしまった。






