77話 フローラの秘策
フローラは、アルテが俺の屋敷を襲ったとき、戦闘する意思がなかったらしい。
けれど、アルテはフローラの姉だし、アルテが負けるのをみすみす見逃すというのも変だ。
そもそも戦うつもりがないなら、アルテの襲撃についてくる理由がない。
俺がフローラにそう尋ねると、フローラは首を横に振った。
「私はあの戦闘のとき、お姉ちゃんが勝ったら、先輩たちにひどいことをしないようにそれとなく止めるつもりでした。逆にお姉ちゃんが負けて、先輩がお姉ちゃんを殺そうとしたら、それも止めるつもりだったんです」
つまり、フローラは戦いの後を見据えて、わざと気を失ったふりをしていたらしい。
俺がアルテの頭上に剣を振りかざしていたときも、もしかすると、フローラは杖を構えて俺に狙いを合わせていたのかもしれない。
もし俺がアルテを殺そうとしていたら、フローラの占星魔法でひとたまりもなく吹き飛ばされていた可能性がある。
「それに、私はお姉ちゃんの味方ですけど、でも、お姉ちゃんのやっていることに全部賛成ってわけじゃないんです」
「具体的には、アルテの行為のどれに反対しているの?」
「お、表立っては反対なんてしていないです。お姉ちゃんの言うことに逆らったりはできないですし、しかもお姉ちゃんの意見はクレオン先輩も賛成していることが多いですから」
自分に逆らった幹部の機工士ライレンレミリアに対して、アルテは拷問を加えて重傷を負わせている。
もちろん、アルテは妹のフローラにそこまでのことはしないとは思う。
けれど、そうはいってもアルテに異議を唱えるのは、フローラにとっても慎重にならざるをえない。
フローラはおずおずと切り出した。
「お姉ちゃんのやっていることで賛成できないのは、例えば、ですね。ソロン先輩の屋敷を襲ったりとか、皇女殿下を誘拐しようとしたりとか、魔王の子孫の女の子たちを力のための犠牲にしたり……あとライレンレミリアにひどいことをしたりとか……」
つまり、ほとんど全部ということだ。
もしかすると、フローラは俺たちの味方になってくれるかもしれない。
とはいえ、あと重要な問題がいくつか残っている。
「アルテがソフィアを騎士団に連れ戻そうとしていたことについては、どう思ってる?」
「それも……やめたほうがいいと思っています。私だって聖女様の騎士団脱退は残念ですけど、でも聖女様自身が抜けたいと思ったなら、どうやったって引き止めることはできませんし……」
うんうん、と隣でフィリアがうなずいている。
まあ、フローラの言うことは常識的判断だ。
嫌がるソフィアを無理やり騎士団に戻して戦わせるなんて、あまりにも非現実的だ。
本人にその気がなければ、遺跡攻略に参加させたってうまくいくわけがない。
でも、アルテはそんな当たり前のことがわからなくなるほど、ソフィアに固執していたのだ。
フローラは疲れたような笑みを浮かべた。
「ソフィア様がいなくなっちゃってから、お姉ちゃんはおかしくなっちゃってるんです。きっとよっぽどショックだったんだと思います」
「そういう意味では、アルテも気の毒だな」
「……先輩は、お姉ちゃんに同情するんですか?」
「まあ、うん。まったく気持ちがわからないわけでもないし」
俺が仲間に騎士団を追放されて傷ついたのと同じように、アルテもソフィアに必要とされていないと思って傷ついたのだと思う。
そのことに限っていえば、アルテの感情はとても自然なものだ。
けど、フローラは困ったような顔をした。
「先輩はお姉ちゃんに同情なんかしちゃダメです。皇女殿下を大切に思うなら、あのとき、先輩はお姉ちゃんを殺しておくべきでした」
「なぜ?」
「だって、今でもお姉ちゃんは、皇女フィリア殿下の身柄を狙っていますから」
びくっとフィリアが震えた。
フローラたちは皇女フィリアを狙わないと約束した。
けど、アルテはその約束を破るつもりらしい。
フローラが悲しそうに首を横にふる。
「解放されてしまえば、お姉ちゃんが先輩との約束なんて守るはずがありません」
そして、フローラは、アルテがフィリアをふたたび利用しようとしている理由を語った。
これから攻略する予定の死都ネクロポリスには、七人の魔王のうちの一体が眠っていること。
その魔王を、アルテは力を手に入れるために、クレオンは軍事利用のために復活させようとしていること。
そして、魔王復活のためには魔王の子孫を犠牲にする必要があること。
俺はフィリアがネクロポリス攻略作戦の形だけの総指揮官に選ばれた理由を悟った。
フィリアをネクロポリスに出向かさせ、そして攻略が成功すれば、そのままフィリアを眠る魔王の再起動の供物とする。
それがアルテ、そしてクレオンの狙いなのだろう。
俺はうめいた。
なんてことだ。
そもそも無謀なネクロポリス攻略作戦で失敗の危険が高いが、仮に成功しても、今度はフィリアの身が危険にさらされる。
俺はフローラに言った。
「教えてくれてありがとう。でも、どうしてこんな秘密情報を俺に言おうと思ったの?」
「私は、お姉ちゃんの味方なんです。あんな人でも、私の大事な姉ですから。でも、だからこそ、お姉ちゃんがひどいことを繰り返すのも見たくないんです。それにフィリア殿下を傷つけないと私は約束しました。……お姉ちゃんの願いのために、ネクロポリス攻略は成功させてあげたい。その一方で、皇女殿下も先輩もひどい目には合わせません」
フローラはいつもと違って、力強い口調で言い切った。
決意のこもった黒い瞳がまっすぐに俺を見つめる。
「本当にアルテのためを思うなら、そもそもネクロポリス攻略を中止すべきだ。あれは必ず失敗する」
「いいえ。ネクロポリス攻略作戦は成功させます。たとえ危険でも、真の勝利のためなら命をかけて戦うのが冒険者。そうでしょう?」
「それは違う。必ず生きて戻ってきて、絶対に負けないのが正しい冒険者のあり方だ」
フローラは無言で首を横に振った。
その姿が双子の姉のアルテと重なる。
俺は戸惑った。
フローラはネクロポリス攻略作戦を成功させ、そして、フィリアの身も守る自信があるらしい。
いったいどんな秘策があるというのだろう?
フローラはまた気弱そうな雰囲気に戻っていた。
そして、その場を立ち去ろうとし、数歩歩いてからこちらを振り返った。
フローラは上目遣いに俺を見つめた。
「最後に一つだけ。私は、先輩を追放することに、本当は反対だったんですよ」
そう言うと、今度こそフローラは俺たちを振り返らず、図書館の奥へと消えていった。






