66話 偽りの処刑
ガポンが処刑対象として示したのは、幼い少女だった。
そのあどけない顔を見るに、十歳前後だろう。
その女の子はぼろぼろの薄汚い布切れを着せられていた。
そして、縄で木の板に縛られている。
しかし、淡い栗色の髪と、美しく澄んだ青色の瞳は、気品を感じさせるものだった。
その子はまっすぐに俺たちを見つめていた。
帝国政府はこんな小さな子まで殺すつもりなのか。
フィリアが信じられないというふうに、大きく瞳を見開いた。
「この子がどんな罪を犯したっていうの?」
フィリアの問いかけに、ガポンはしわだらけの顔に何の表情も浮かべず答えた。
「この子どもは叛逆者ポロスの娘なのですよ、フィリア殿下」
「で、でも、この子自身は、何もしていないんだよね?」
「そのとおりです、殿下。しかしながら、ポロスたちは畏れ多くも皇帝陛下と首相ストラス閣下の暗殺を企み、実際に神聖なる皇宮で多くの者を殺しました。そのような叛逆者の娘であること自体が罪なのです」
「そんなのおかしいよ!」
フィリアは女の子を見つめた。
助けて、というように女の子はフィリアと俺を見つめ返した。
伯爵ポロスの娘、か。
つまり、伯爵の令嬢なのだ。
どうりで気品があると思った。
七月党の幹部のポロスは、俺が倒した相手だった。
言ってみれば、この子が殺されそうになっている原因の一つは俺にあるということだ。
けれど、女の子は、さっきまでのイリスたちとのやり取りを見て、俺たちなら話がわかると思ったようだった。
「わたし、死にたくないです……」
女の子は俺たちに訴えかけえた。
フィリアが身をかがめ、女の子に問いかけた。
「名前はなんていうの?」
俺は慌てて、フィリアを止めようとした。
名前を聞けば多少なりとも情が移る。
それはダメだ。
この子はあとほんのちょっとで死刑となって命を落とす。
しかもフィリア自身が殺すことになっているというのに。
けれど、俺の制止は間に合わなかった。
「エステルっていいます」
その女の子は綺麗な声でそう言った。
フィリアは微笑んだ
「そっか。いい名前だね」
そして、フィリアはその子の頭を軽く撫でた。
そして、立ち上がり、ガポンを睨みつけた。
「こんな小さな子を殺すなんて、わたしにはできないよ」
「しかし、陛下のご命令です。あなたはこの場では皇帝代理ですが、この決定は覆せません。お忘れなきよう」
「この子は何も悪いことをしていない!」
「皇宮で殺された者も、何も悪いことをしていなかったのに、七月党に理不尽に殺されたのですよ、殿下。そのなかには殿下や魔法剣士ソロンも含まれていたかもしれなかったのです」
そこでガポンは言葉を切り、俺たちを見つめた。
「あの事件では、誠実に皇室に仕えていた多くの使用人たち、そして、少なくない数の貴族が犠牲になりました。彼らの無念を晴らし、そして二度と同じ惨劇を繰り返さないためには、七月党の幹部だけでなく、その縁者も含めて、殲滅する必要があるのです! この子は今は無害な愛らしい子どもかもしれない。ですが、いずれ父であるポロスの仇をとるために、必ずや我々に復讐しようとするでしょう!」
フィリアは反論しようとし、口を開きかけた。
けれど、そこでフィリアは止まった。
俺がフィリアの肩を叩いたからだ。
露骨に政府の方針を批判するのは、いくらフィリアが皇女でもまずい。
いや、皇女だからこそまずいというべきか。
この場には多くの官僚や軍人たちがいるのだから。
「フィリア様、ここは俺にお任せください」
「ソロンがこの女の子を助けてくれるの?」
俺はささやいた。
「フィリア様は本当にこの子を助けてあげたいのですか? フィリア様とは何も関わりがない上に、フィリア様の命をも狙おうとした者の娘ですよ」
「それでも、わたしは目の前の出来事に納得できないの。だから、ソロン……この子を助けてあげて」
「フィリア様のご命令とあらば、最善を尽くします」
俺は言った。
もっとも、正直、ガポンを説得できる気はしなかった。
無理をして助けようとして失敗すれば、ガポンたちに目をつけられて、俺もフィリアも無事ではすまないかもしれない。
とりあえず、いちおう理屈をひねり出して説得を試みる。
「俺にはむしろ、こんな小さな女の子の命を救い、皇帝陛下と皇女殿下の慈悲を民衆に示すことこそが良い選択のように思われますけどね。そうすれば、帝政に歯向かおうなんてことを考える人も減るでしょう」
「君の言い分はわかった。しかし、君が口をはさむことではない。それに慈悲などでは国を救えんよ。必要なのは鞭と杖だ」
「しかしですね……」
「あくまで陛下のご意向に背くつもりなのかね、魔法剣士ソロン?」
皇帝の命令を持ち出されると、俺も黙らざるを得ない。
処刑は避けられない、か。
俺は現実的な提案をガポンにすることにした。
「イリス殿下に続き、フィリア様も冷静さを失っているご様子。そこで俺がフィリア様の代行として、この娘の処断を行いましょう」
「殿下自身に行っていただくことに意味があるのだがね」
「俺の剣はフィリア様の剣でもあります。ですから、俺が剣を振るって人を殺めるとき、フィリア様もまた、同じ剣を振るって人を殺めていると思っていだければよいでしょう」
「妙な理屈だが、まあ、いいだろう」
意外とあっさりとガポンはうなずいた。
「その代わり、殿下にはソロンがこの娘を処刑するところを、目を閉じずに見ていていただきたい」
フィリアが俺を不安そうに見つめた。
この女の子、エステルを助けだすと、俺はフィリアに約束した。
処刑の合図のラッパが鳴る。
俺は宝剣テトラコルドを抜き放ち、そして幼いエステルの胸にためらいなく突き刺した。
あっ、とフィリアが息を呑むのがわかった。
声もなくエステルが崩れ落ち、エステルの胸から鮮やかな赤い血が吹き出る。
そのままエステルの身体はしばらく軽く痙攣していたが、やがてその動きも止まった。
俺が振り返ると、ガポンの吸い込まれるような深い色の瞳が、俺をまっすぐに見つめていた。
俺の内心をさぐるかのように。
「ふむ。魔法剣士ソロンよ。私は、君がこの幼い娘の命を救おうとすると思っていたが……。しかし、見事な剣技だな、ほぼ即死だ。この子も苦しまずに死んだだろう」
「こんな幼い子を殺すのは、俺としても心苦しいところですけどね。しかし、この子は逆賊の娘。陛下の命令により死罪を免れない以上、致し方ないでしょう」
俺は血に濡れた宝剣テトラコルドを抜き放ったまま、フィリアを振り返った。
フィリアは呆然とした表情で、俺を見つめていた。
フィリアには刺激が強かったと思う。
自分よりも幼い女の子が目の前で死んだのだ。
いや。
正確には死んだように見せたかけただけだ。
伯爵ポロスの娘エステルはまだ生きている。
この場でそのことを知っているのは、おそらく俺だけだった。






