60話 七月党の処刑
七月党幹部のポロス伯爵たちの処刑に、フィリアを参加させる?
ガポン神父はそう言ったが、そんなことをして何になるというのだろう。
俺は警戒して神父を眺めた。
その顔はシワだらけで、瞳は吸い込まれるような不思議な茶色だった。
皇帝官房第三部といえば、政治秘密警察として、反政府勢力の摘発を行う組織だ。
その構成員は純粋な官僚もいれば、外部の協力者である代理人もいる。
第三部の代理人の多くはスパイとして、反政府組織に潜入するなど秘密裏に活動していた。
だから、官房第三部の人間は、普通なら正体を明かしたりはしない。
けれど、ガポン神父は正面切って第三部の代理人だと名乗った。
ということは、すでに第三部の代理人であるということが露見し、広く知られてしまっているということだ。
そして、ガポン神父の名前なら、俺も聞いたことがあった。
「神父は、七月九日の惨劇のとき、民衆側の指導者だった方ですね」
「いかにも」
俺の問いに、ガポン神父は肯定で答えた。
二年前の七月九日に、帝都の民衆は生活の改善を求めて、皇宮へと行進した。
彼らは皇帝に直訴する前に、軍の魔法攻撃によって一斉に射殺された。
その運動の最前線に立って、民衆を指導していたのがガポンだったはずだ。
彼は魔法も使えなければ、権力もないが、帝国教会の良心を代表する聖職者だった。
危険を顧みず、民衆の救いを求め、政府を激しく非難するガポンの姿は、英雄というにふさわしかった。
しかし、惨劇の後、彼は民衆を見捨て、政府の側に寝返った。
「今では私は皇帝陛下の忠実な下僕なのだよ」
「たしかに、そう聞き及んでいます」
「私を裏切り者だと思うかね? たしかに陛下と国に楯突く逆賊の立場からすれば、私は裏切り者だろう。しかし、真に国を思い、民を思うのであれば、帝国政府を強化することこそが、正義の道なのだ」
ガポンは闇に沈むような声で、しかし、ためらいなく言った。
民衆の英雄、神父ガポンは、今では帝国政府の犬に成り下がった。
世間では誰もがそう言う。
実際、彼は少しでも反政府的な立場に立つ人々がいれば、容赦なく逮捕して処刑させていた。
彼がなぜ、皇帝官房第三部という反政府組織弾圧の最先鋒に立つようになったのかはわからない。
処刑されるのを怖れて節を屈したのかもしれないし、無力な自分に絶望したのかもしれない。
しかし、いずれにせよ、彼が危険人物であることは間違いなかった。
「皇女フィリア殿下の処刑への立ち会いは、陛下御自らのご命令だ。皇族の立ち会いがあれば、帝国が叛逆者たちを容赦しないという良い宣伝になるだろう」
「しかし、フィリア様が処刑をご覧になるというのは、いかがなものでしょうか。叛逆者といっても、人の死と血を見ることになるのに変わりないですし」
俺は反対である旨を述べた。
人が次々と殺されるところをフィリアが見るなんて、そんなことは避けたかった。
師匠としての俺は、フィリアには幸せな場面だけを見せてあげたい。
けれど、ガポンは微笑して言った。
「君は皇女殿下の家庭教師だったな」
「そうですが……」
「世界は美しいものだけで構成されているわけではない。隣国との戦争では大勢の兵士が死に、民衆は飢えに苦しみ、そして叛逆者たちが罪なき人々を殺している。それがこの国と世界の真実だ」
「なにを仰っしゃりたいんです? そんなことは私も承知しています」
「そのとおり。君だって、やむをえず人を殺したことがあるだろう。世界は血と涙と苦しみで満ちている」
「それは……」
「君には殿下に世界の真実を教えなければならない。なぜなら、君が殿下をそうした世界から守ろうとしても、守りきれるというものではないからだ」
そうなんだろうか。
フィリアはそんな暗い世界を知っている必要があるんだろうか。
まだ、十四歳の女の子なのに。
人の死だったら、七月党襲撃の際にフィリアは十分に見たはずだ。
これ以上、人が殺されるところを見るのが、フィリアの成長につながるとは思えない。
そして、もし暗い世界がフィリアを襲おうとしても、そこからフィリアを守るのが俺の役目のはずだ。
しかし、ガポンはさらに過激なことを口にした。
「死刑の執行に立ち会う以上、皇女殿下にも一人か二人、罪人を処断していただこうと思っている」
俺はぎょっとした。
フィリアに人を殺させるつもりなのか。
「殿下は皇族だ。だから、この国のために尽くす義務がある。そうであれば、帝国に歯向かう者たちの処刑方法ぐらい覚えておいても損はなかろう」
フィリアが帝国に尽くす義務があるというが、逆に帝国がフィリアに何をしてあげたっていうんだろう?
フィリアは皇宮の片隅でずっと一人ぼっちでほったらかしにされていた。
誰もフィリアに愛情を注がず、皇帝も他の皇族も政府も、フィリアのことなんて何も考えていなかった。
なのに、フィリアに帝国に尽くす義務があるなどというのはおかしい。
「フィリア様の手を血で汚すなど、そのような畏れ多いこと、俺は賛成しかねますね」
俺の言葉を聞いても、ガポンは虚ろな笑みを浮かべたままだった。
「これは皇帝陛下のご命令なのだ。魔法剣士ソロン。勅命に反するつもりなのかね?」
実際に、皇帝がどのぐらい積極的に意見を言ったのかはわからない。
そもそも、皇帝がフィリアのことなんて気にもかけていないのも明らかだ。
なら、なんでフィリアが処刑場の立ち会いに指名されたのか。
もしかすると、聖騎士クレオンが噛んでいるのかもしれない。
クレオンは皇帝官房第三部と接触しているらしい。
いずれにしても、官房第三部は皇帝直属の組織だし、形式的とはいえ皇帝の言葉を奉じていること自体はたしかだろう。
歯向かうわけにはいかない。
俺はやむをえずうなずき、ガポンを客室に案内した。
それから、俺は一礼して、客室を去った。
クラリスを起こして、フィリアが出かけられるように準備をお願いしないといけない。
幸い時間的余裕はあるので、それほど急ぐ必要はない。
ただ、フィリアの処刑への立ち会いは仕方ないとしても、フィリア自身が死刑を執行するなんてそんなことは回避したい。
どうすればよいだろう?
そんなことを考えながら、屋敷の二階へと駆け上がった。
そして寝室の扉を開け放つ。
俺は非常にまずい失敗をした。
自分の寝室だから、ついノックなしでも大丈夫だと思ってしまったのだ。
けれど、甘かった。
部屋では二人の少女、つまりクラリスとソフィアがもう起き上がっていた。
そして、二人とも下着姿だった。
たぶん着替えかけていたんだと思うけど、タイミングが悪い。
クラリスは俺と目が合うと、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしたが、楽しそうに言った。
「あら、ソロン様? あたしとソフィア様のエッチな姿を見たくて、わざとこの時間に戻ってきたんですか?」
「誓ってわざとじゃないよ」
「ほんと、ソロン様って大胆ですね」
くすくすっとクラリスは下着姿のまま笑った。






