58話 聖騎士クレオンは賢者アルテを利用する
聖騎士クレオンは、窓の外を見て、早朝の帝都の様子を一望した。
いまクレオンがいるのは、帝国陸海軍省だった。
皇宮を出て南西すぐにある政府機関だ。
陸海軍省の建物は周囲を威圧するように高くそびえ立っていた。
その灰色の外壁は、市民を冷たく拒絶するようにも見える。
その四階に、帝国軍遺跡調査部の執務室が存在していた。
執務室は無機質だが広々として、四十人ほどの机と椅子が用意されている。
そして、クレオンはその執務室の部長席に腰掛けている。
クレオンは聖ソフィア騎士団を解体し、自分の名前を冠した救国騎士団を組織した。
聖女ソフィアと並ぶほど、クレオンは英雄として名前が知られていたし、その名前を使うことはいい宣伝になる。
自惚れではなく、これは客観的事実なのだ。
そうでなければ、帝国軍の遺跡調査部第二課を吸収合併することなどできなかったはずだ。
そもそも遺跡の調査は民間の冒険者が行うのが伝統だった。
遺跡攻略は、平均的な能力の多数の軍人が行うより、少数の偉大な魔術師たちが行うほうがずっと効率的に行えたからだ。
それに遺跡の攻略に成功すれば、莫大な財宝と資源の採掘権が得られるが、軍人として行うかぎり、全部、成果を国に持っていかれてしまう。
残るのは軍人の安月給だけ。
だから、軍が遺跡の攻略を組織的に行うことは長くうまくいっていなかった。
けれど、最近では帝国軍は遺跡調査部をかなり強化し、その陣容は整えられつつあった。
その仕上げが、クレオン救国騎士団の設立だ。
聖ソフィア騎士団をはじめとする有力冒険者集団を帝国軍の遺跡調査部と併合させ、軍の一部とする。
もちろん待遇はかなり良く、政府・軍の全面的な協力が得られる。
その上、遺跡探索の成果の大部分は変わらず冒険者たちが自分のものにできるような仕組みになっていた。
その代わり、戦争時の従軍義務を負うことにもなるが。
クレオン救国騎士団設立には、首相ストラスや軍最高総司令官ラーヴルが深く関与している。
クレオンは名門貴族の一人として、そして帝国最強の冒険者の一人として、彼らと対等の交渉の席に着いていた。
クレオンは権力の中枢に関わる力を手に入れたのだ。
ただの皇女の家庭教師のソロンとは違う。
もっとも、こんなものはただの通過点に過ぎないが。
いま、この部屋にはクレオンとカレリアしかいない。
やがてこの部屋には新たな騎士団の幹部となる人間たちが席を置くことになる。
「僕もこれで軍人か。軍服を着たほうがいいと思うかい?」
クレオンは軽口を叩いて、隣にいる双剣士カレリアに尋ねた。
かしこまった様子で、カレリアが返事を口にする。
「クレオン様なら、きっと軍服もお似合いになることと思います」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいものだな」
「お世辞などではありません」
そう言って、カレリアは少し頬を赤くした。
逮捕されたカレリアたちを釈放するのは、クレオンにとって、それほど難しくなかった。
政府上層部とのつながりもあるし、アルテもカレリアもそれぞれ大貴族の生まれだ。
まあ、アルテが独断で大暴れしすぎたせいで多少困ったことにはなったが、誤差の範囲だ。
それに、襲撃を受けたソロンの側にも重大な問題があった。
ソロンと極めて親しいある人物が、反政府的な思想を持ち、革命派の秘密結社の構成員らしい。
さらには敵国アレマニア・ファーレン共和国から金をもらう売国奴でもあるという。
この話を聞いたとき、クレオンは耳を疑った。
けれど、秘密警察である皇帝官房第三部の構成員たちがそう言うのだから、ほぼ間違いない。
その人物は捜査の都合上、泳がされているだけで、いつ逮捕されてもおかしくなかった。
そして、ソロンにも同様の疑いがかけられていた。
これがアルテたちの釈放が容易だった理由の一つで、アルテもすでにこのことを知っていた。
そして、これはソロンをつぶす材料になる。この線を進めれば、本当に聖女ソフィアを連れ戻すことも可能になるかもしれない。
そう考えていたとき、部屋に一人の黒髪黒目の少女が現れた。
賢者アルテだ。
「失礼しますね。クレオン先輩」
「よく来たな、アルテ」
「やっぱり、先輩が手を回していてくれたおかげで、釈放されたみたいですね。お礼を言っておきます」
アルテは言葉とは裏腹に当然のことのように、全然ありがたくなさそうにそう言った。
クレオンは気にしないふりをして、その言葉に答えた。
「君はクレオン救国騎士団の副団長として、この国に貢献する人材だからな。帝国政府もアルテを牢屋に入れたりはしないだろう」
「そうでしょうね。なんといっても、あたしには力がありますから」
「ただ、残念だが、ソフィアの奪還には失敗したようだな」
クレオンはなるべく柔らかい口調で言ったが、アルテはムッとした表情をした。
こういうところが、アルテは良くない。
騎士団随一の実力者だから利用はしているが、正直ちょっとしたことですぐに反抗してくるし、扱いづらい。
アルテは聖女ソフィアだけを尊敬していて、クレオンのことは自分とほぼ同格だと思っているらしい。
実力重視の看板を掲げている以上、優れた賢者であるアルテを副団長に任命せざるをえない。
けれど、できればカレリアのような従順な人間を副団長としたいところだ。
そうクレオンは考えていた。
クレオンは内心を隠して、アルテに優しげに語りかけた。
「ソフィアを連れ戻せなくて悔しいか?」
「ええ。悔しいですよ。あたしは聖女様と並んで戦う、最強の賢者になるつもりだったのに。聖女様はあたしと一緒にいるべきなのに。なのに……」
さすがに憧れの存在に拒絶されたせいか、アルテは暗い顔をしていた。
どのみち、アルテによるソフィア奪還作戦は失敗するとクレオンは予想していた。
うまくいけば儲けものだが、アルテでは聖女ソフィアを説得できないし、力ずくで連れ戻すというのも、様々な困難が伴う。
一方で、あのソロンなら、アルテたちを殺したりもしないだろうと思っていた。
クレオンにとっては、アルテに失敗してもらうほうが都合がよかった。
これは次の計画の布石に過ぎない。
けれど、アルテは深刻に聖女ソフィア奪還失敗に悩んでいるんだろう。
そこにつけ込むようにクレオンは続けた。
「なぜ君はそんなにソフィアにこだわる?」
「それは……聖女様が、わたしよりも優れた力を持っているからです」
「なら、君が聖女を超えれば、何も落ち込むことはないだろう?」
アルテが大きく目を見開いた。
そんな手があったのか、というような表情だ。
あまりにも当たり前のことすぎて気づいていなかったのだろう。
アルテは首を横に振った。
「わたしが聖女様よりも強くなるなんて、できるわけがありません。聖女様は特別な存在なんです」
「できるさ。魔王の力を使えばいい」
「魔王の力? 魔王の子孫のことですか? あれは便利な魔力供給の道具ですけど、あんなもので聖女様よりも強くなることなんてできません」
アルテは道具扱いしているが、その魔王の子孫というのは、実際には年端も行かない少女たちだった。
そして、アルテの「使用」により彼女たちは「壊れて」しまった。
悪魔の血が混じっているとはいえ、人間の幼い女の子を犠牲にして、アルテは自分の力を強化したのだ。
そして、それを勧め、魔王の子孫を提供したのはクレオンだった。
クレオンは続けた。
「あんな紛い物ではなく、本物の魔王の力だよ。死都ネクロポリスには七人の魔王の一人が眠っている。そして、魔王の持つ魔力は、尽きることがない」
「あれはおとぎ話でしょう? 古代王国を滅ぼした魔王がいるなんて、いまどき子どもだって信じてませんよ」
「いや、魔王は実在する。古代の文献はその実在を証明しているんだよ。そして、魔王は目覚めを待っているんだ。」
クレオンがあまりに自信を持って言ったせいか、アルテは気圧されたように黙った。
狙い通りだ。
クレオンはほくそ笑んだ。
「ネクロポリス攻略は単に財宝と資源の獲得のために行うわけでもないし、栄光と名声を得るために行うわけでもない。僕たち救国騎士団、そしてこの国がより偉大な力を手にすることが、真の目的だ」
「仮に魔王がいたとして、魔王の復活なんてことが可能なんですか?」
「可能ではあるが、最初の起動が難しい。眠った魔王を蘇らせるためには、最初にかなりの魔力量が必要となる。それも魔王と親和性のある媒体を使わなければならない。何が必要となると思う?」
「もしかして、魔王の子孫ですか?」
「そのとおり。四人の魔王の子孫を起動のための犠牲にしなければならない。君が壊した三人はまだ生きているから、これを使うとして、計算ではあと一人、健康な魔王の子孫が必要だ」
「あと一人といいますけど、そんな簡単に見つかりますか?」
「カレリアから興味深い話を聞いたよ。魔法剣士ソロンが教えている皇女、名前をなんといったかな」
「フィリアとかいう女の子でしたよ」
アルテが苦い顔で言う。
敗北を思い出して、嫌な気分になったのだろう。
アルテはまだソロンに一矢報いる方法を探している。
「フィリア殿下は魔王の子孫だそうじゃないか」
「……なるほど。そういうことですね」
アルテは表情を崩した。
きっとクレオンの提案にアルテは乗るだろう。
ソロンの大事な教え子を奪い、魔王復活の犠牲にする。
聖女ソフィア奪還は本人の意思もあるし無理だとしても、小さな女の子を一人拉致してくるぐらい大したことではないはずだ。
アルテはそれで力を手に入れられるのだから、反対するはずがない。
一応、アルテたちは皇女に危害を加えないと約束したそうだが、そんな誓約には何の意味もない。
破ってしまえばいい、とクレオンは思っていた。
アルテもそう思っているだろう。
そして、クレオンはアルテと握手を交わした。
「ともかく、まずはネクロポリス攻略だ。そうしなければ、魔王のいるところまでたどり着けない」
「はい。多少の犠牲を払っても、我々は進むのみです」
アルテは端正な顔に綺麗な微笑みを浮かべると、部屋から出て行った。
その姿を見送った後、クレオンはため息をついた。
アルテはどうして自分がこれまで魔王の子孫を提供されていたのか、まったく理由に気づいていないらしい。
それならそれでいい。
ネクロポリス攻略そのものは成功するだろう。
クレオン自身、ネクロポリス攻略は最優先課題に位置づけているし、それによって得られるものは大きい。
クレオンの真の目的に、一歩近づくことになる。
しかし、ネクロポリス攻略はアルテの望み通りの結末には決してならない。
クレオンはそう確信していた。






