55話 クレオン救国騎士団
日刊紙の見出しを読んで、その場にいた全員は黙った。
聖ソフィア騎士団はネクロポリス攻略を断行し、しかも帝国政府がそれを全面的に支援するという。
くすくすという笑いが沈黙を破った。
それはアルテの声だった。
アルテは、顔に生気を取り戻し、得意げに続けた。
「動き出した流れは止められません。ネクロポリス攻略はね、もう決定事項なんですよ。クレオン先輩がすべて用意を終えているんです」
「今からでもクレオンたちを説得さえすれば、ネクロポリス攻略は中止にできるはずだ」
俺はつぶやいたが、それを聞いてアルテは美しい顔に嘲りの色を浮かべた。
「無駄ですよ。政府が協力するって書いてあるでしょ? 政府が決めたことをいまさら覆すなんて、できると思いますか? 問題はもう聖ソフィア騎士団だけのものじゃないんです」
アルテの言葉はたしかにそのとおりかもしれない。
新聞記事によれば、国家後見大臣グディン、帝国軍最高総司令官ラーヴル、そして首相ストラスといった面々が、公式に声明を出して、騎士団のネクロポリス攻略遂行を歓迎すると語っている。
ネクロポリス攻略は国家事業になったのだ。
戦争での負け続きから、国民の目をそらさせるためかもしれないが、それにしても大がかりだ。
けれど、たしかにネクロポリスにはそれぐらいの価値があるかもしれない。
死都ネクロポリスは二千年前に滅んだ古代王国の首都だ。
ネクロポリスの遺跡は地下深くに眠り、その最深部には古代王国の技術と財の粋を尽くした秘宝があるという。
さらに重要なことに、ネクロポリスには豊かで多様な鉱脈が巡っており、もし攻略できれば、急激な工業化を進める帝政政府にとって、これほど素晴らしいことはないだろう。
しかし。
それほどの利点があるのにもかかわらず、ネクロポリスが攻略されてこなかったのには理由がある。
単純に敵が強すぎるのだ。
ネクロポリスの魔族は、遺跡の浅い階層にいるものも、並の遺跡の最深部にいる魔族の首領と同じぐらいの力をもつという。
実際、過去に派遣された調査団は、そのほとんどが遺跡の最深部にたどり着く前に死んでいたし、その中には英雄と呼ばれるような伝説的な冒険者も含まれていた。
さらに本当のことかはわからないけれど、最深部には古代王国を滅ぼした魔王の一人が眠っているという。
要するにそんな遺跡に挑むのは、いくら聖ソフィア騎士団でも無謀だということだ。
俺だったら、そんなところを攻略対象には選ばない。
冒険は命を捨てて挑むものではなく、確実に勝利して十分な成果を手に入れることこそ大事なのだ。
クレオンはかつて遺跡での戦いで、大切な仲間だった少女シアを失った。
だから、こんな無謀なことをすべきでないことはよく理解しているはずなのに。
俺はもう騎士団の人間ではないけれど、一般団員のなかには、かつての俺の仲間が数多く残っている。
彼ら彼女らが危険にさらされると考えると、冷静ではいられない。
日刊紙の後半をクラリスが指差した。
「問題はもうひとつあります。この記事によれば、聖ソフィア騎士団はなくなるんだそうです」
「聖ソフィア騎士団がなくなる?」
「はい」
俺はクラリスの指先の示す部分を読んだ。
聖ソフィア騎士団は、バシレウス冒険者団、金字塔騎士団、帝国軍遺跡調査部二課などの複数の強大な組織と合併し、発展的解消を遂げる。
つまり、ネクロポリス攻略にあたって、聖ソフィア騎士団を核として新たな冒険者集団を作るらしい。
その名もクレオン救国騎士団。
名前のとおり、新団長は聖騎士クレオンだという。
新聞の見出しこそ聖ソフィア騎士団が死都ネクロポリス攻略を行うと書いてあるが、その実態はクレオン主導の新組織がネクロポリス攻略を行うのだ。
「あたしに何の相談もなくこんなことをしていたなんて……」
それまで黙っていた機工士ライレンレミリアがうめいた。
俺とソフィアとクレオンたちが作った帝国最強の冒険者集団、聖ソフィア騎士団がなくなる。
さすがの俺も、しばらく固まった。
これはどういうことだろう?
団長だったソフィアがいなくなり、騎士団の結束は弱まっている。
それを立て直すための策なのかもしれない。
外部から有能な人材を多数取り入れれば、ソフィアが抜けた分の戦力もある程度は補強できる。
そうだとすれば、これで聖女ソフィアの騎士団復帰をクレオンたちは諦めてくれるのだろうか。
そのとき、皇女フィリアが勢いよく扉を開けて入ってきた。
「ソロン! お客さんだよ!」
俺は慌てて立ち上がり、他の七人も席を立った。
そして、胸に手を当て、うやうやしくフィリアに向かって一礼する。
それは、皇女であるフィリアに対しての礼儀だった。
そのフィリアによれば、屋敷の入口に政府の人間が来ているらしい。
俺はフィリアをたしなめた。
「フィリア様……危ないですから一人で応対に出たりしないでくださいね」
「でも、ソロンもクラリスもいなかったから仕方ないもの。それに、わたしだけ、仲間はずれみたいでずるいよ」
たしかにこの屋敷にいる人間は、メイドのクラリスを含めて全員がこの応接間にそろっていた。
そこにさらに来客が来るわけだ。
俺はクラリスにお願いして、来客を通してもらった。
現れた来客は五人ほどで、いずれも茶色の布地に、ところどころに金色の線の入った制服を着ている。
全員が、市中の犯罪を取り締まる都市憲兵隊の人間のようだ。ノタラスの通報によって駆けつけたのだという。
都市憲兵隊は厳格な規律で知られる優秀な組織だ。
その中央に見覚えのある人間がいた。
皇宮衛兵隊副隊長のギランだ。
かつて俺とフィリアが同じ部屋に住むことに反対し、決闘をした相手である。
「久しぶりだな、ソロン。覚えているかね、元皇宮衛兵隊副隊長のギランだよ」
「元?」
「七月党襲撃事件での失態から副隊長をやめさせられてね」
「それは気の毒に。で、憲兵隊に異動になった?」
「そのとおりだ。七月党襲撃事件のときは君に助けられたな。いちおう礼を言っておこう」
ギランはそれからアルテ・カレリア・フローラの三人を見て、口を開いた。
ギランが言うことは想像がついた。
「皇女殿下誘拐未遂および貴族令嬢に対する暴行の罪、軽くないぞ。諸君を拘束する!」
その声と同時に、一斉に憲兵隊の人間が三人を拘束した。
三人とも抵抗せず、手錠をかけられて憲兵隊に連行されていく。
まあアルテは犯罪者として扱われても仕方がない。
けど、「そんなぁ」と涙目でつぶやくフローラは、ただアルテの言うことを聞いていただけだろうし、ちょっと気の毒ではある。
しかし、アルテが入口のあたりで、俺をちらりと振り返った。
アルテは、くすりと余裕の笑みを浮かべていた。
どういう意味だろう?
なにかアルテにはまだ策があるんだろうか。
憲兵隊にアルテたちを引き渡すべきではなかったかもしれない。
けれど、すでに遅かった。
この場で憲兵隊に楯突けば、こちらが犯罪者だ。
ギランが皇女フィリアに対してひざまずき、辞去の口上を述べていた。






