200話 ダンスの相手は
イヴァン皇子を前にして、俺は慌てた。
急いで、膝まづいて挨拶しようとすると、イヴァン皇子に止められる。
「いや、そう堅苦しくならないでほしい」
「しかし、殿下……」
「ともかく来てくれて嬉しいよ」
俺は型どおりに、招待を受けたことの礼を述べた。
イヴァン皇子は俺より二つ年下……つまりクレオンと同い年のはずだ。
茶髪茶眼の典型的な帝国人の容姿をしているが、なかなかの美形だった。
一見すると善人風で、人当たりも良いし、調べた限り、評判も悪くない。
だが……それが本性かどうかはわからない。
この皇子が俺を舞踏会に招待したのにも、何か裏があるのではないか。
フィリアとソフィアの二人も、不安そうに目配せし合っている。
いちおう、イヴァン皇子はフィリアの兄だが、皇帝の子女は何十人といるから、互いに顔を合わせたこともほとんどないらしい。
それに、フィリアは悪魔の娘だ。
とはいえ、イヴァン皇子も母の身分は高くないらしく、その意味では、フィリアに対する差別意識は薄いようだった。
イヴァン皇子は柔らかく微笑んだ。
「あの聖ソフィア騎士団の団長と副団長に会えるなんて、光栄だ」
「いえ、滅相もございません。それに、私は聖ソフィア騎士団を追放され、そして騎士団自体も消滅しました」
「だが、その偉業は消えない。世間では聖騎士クレオンを称賛しているが、しかし、その実、騎士団を真に育てたのは君だ」
やたらと持ち上げられ、俺は冷や汗をかいた。
イヴァン皇子の目的が読めない。
「いろいろと冒険者時代の話を聞かせてくれると嬉しいね。そして、君の話を聞きたいのは、僕一人じゃないんだよ」
「え?」
「イリス! 恥ずかしがらず出てきなさい」
イヴァン皇子の声とともに、物陰から、おどおどと一人の少女が姿を現す。
すばらしい最上級のドレスを身にまとった、美少女だった。
イヴァン皇子と同じで、茶色の髪に茶色の瞳。しかし、その容姿はめったに見れないぐらい美しかった。
髪はゆるやかにウェーブがかかっている。背もすらりと高い。
第十七皇女、イリス。皇后の娘にして……かつて俺と対立した少女だった。
彼女は理不尽な理由で俺とフィリアを処刑しようとした。そして、俺たちの反撃にあい、諭されて涙を流していた。
そのイリスが頬を赤くして、俺とイヴァン皇子を見比べている。
「い、イヴァンお兄様……心の準備が」
「何を言っているんだ。君がソロンと話をしたいというから、機会を設けたというのに」
「お、お兄様! それは言わない約束です!」
「そうだったっけ? しかし、君が僕に頼み事をするなんて、珍しかったから、よほどソロンに会いたかっ……」
イヴァン皇子の言葉はそこで止まった。
イリスがしたたかにイヴァン皇子の靴を踏みつけたからだ。おおう、とイヴァン皇子は痛みにうめき、ちょっと涙目で俺たちを見つめる。
……なんというか、良い意味で皇族って感じが薄い人だな。
そんなイヴァン皇子に、重臣風の人間がそっと近づいてきて、耳打ちする。彼は表情を曇らせると、俺達に頭を下げた。
「申し訳ない。急用ですこし外すよ。イリスの相手をしてやっていてくれ」
「そ、そんな……」
イリスの悲鳴を無視して、イヴァン皇子は去っていった。
残された俺とフィリアは顔を見合わせる。
「ソロン……イヴァン皇子のこと、どう思った?」
フィリアは言う。お兄様、と呼ばず、単に皇子なのは、やはり兄妹だという実感がないからだろう。
「温厚そうな方でしたね。もっとも……」
イヴァン皇子の言葉を信じる限り、俺が招待されたのはイリスに会わせるためらしい。
だが、それなら、フィリアやソフィアはともかく、なぜアルテを同伴するように命じたのか?
ただ、問題は、とりあえず目の前の皇女イリスだった。
彼女は気の毒なくらい動揺して、怯えていた。
まあ、前回会ったとき、俺は彼女に剣を突きつけた。
怯えられて、当然だ。
「あの……殿下?」
「な、なに?」
「あのときの無礼、許していただけますか?」
もともとの非はイリスの側にあったとはいえ、俺は皇女に対してあるまじき振る舞いをしてしまった。
だから、いちおう謝罪してみる。
すると、イリスは驚くほど素直にうなずいた。
「もとはといえば、私が悪かったのですから。……あの、私こそ貴方に許していただけますでしょうか?」
「もちろんです、殿下」
俺が微笑むと、イリスはかっと顔を赤くした。振り返ると、なぜかフィリアとソフィア、アルテが不機嫌そうに俺を睨んでいる。
「その……一度、貴方とお話がしたくて……」
イリスが言いかけたとき、魔法で彩られた会場内の照明が、色合いを鮮やかに変えた。
舞踏の時間がやってきたようだ。
ということは、俺はダンスの相手を誰か一人、選ばないといけないけど……。
フィリアとソフィアが身を乗り出す。アルテだけは、遠慮がちに、きれいな黒い瞳で俺を見つめていた。
そして、俺は……。
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