192話 奴隷アルテ
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翼虎を倒した後、俺とフィリアはアスクレピオスの杖を祭壇から回収し、ネクロポリスを脱出した。
思ったよりも攻略に苦戦しなかったのは、フィリアの力が急速に上がっているからだろう。
ルーシィの大魔法一つ習得しただけでこれだけ活躍できるのなら。
正式に賢者になり、その魔力量を活かして、他の魔術師にはできない魔法を習得すれば……フィリアは伝説級の冒険者になれるかもしれない。
俺は屋敷の階段を上りながら、フィリアに言う。
「やっぱりフィリア様は賢者になるべきですよ」
「そう……かな。ソロンみたいな魔法剣士になるのは、ダメ?」
「ダメってことはありませんけれど、でもフィリア様にはもったいないですね」
俺はそう言って、続けてフィリアを説得してみたものの、フィリアは納得していなさそうだった。
剣術や、魔法剣の扱い方を学ぶより、フィリアには純粋な魔法を極めてもらいたいのだけれど。
俺と違って、フィリアにはその素質があるのだから。
ともかく、今はアルテの治療が最優先だ。
それにはフィリアの魔力、アスクレピオスの杖、そしてヘスティア聖下の大魔法が必要だった。
杖は回収し、ヘスティア聖下の大魔法は、その使い方をソフィアが学んできている。
条件は揃った。
戻ってきた俺たちを見て、ソフィアはほっとしたような顔をした。翡翠色の瞳も少しうるんでいる。
「ソロンくん……無事で良かった」
「心配させたね」
ソフィアは顔を赤くして、何かをためらうように下を向いた。
そして、いきなり俺に抱きついた
「そ、ソフィア!?」
「いつもフィリア殿下はこうしてソロンくんに抱きついているから……わたしだって……」
ソフィアの甘い香りに俺はくらりとする。
ギュッと抱きしめられると、ソフィアの柔らかい体があたり、俺は赤面した。
「ソロンくんたちが出かける前に、フィリア殿下に言われたの。ソロンくんは絶対に帰ってくるから、信じてあげないとダメだよって」
そういえば、出発前に、ネクロポリス行きに反対するソフィアに、フィリアがなにか耳打ちしていた。
あれはそういうことだったのか。
ソフィアは複雑そうな笑顔を浮かべた。
「ソロンくんならきっと大丈夫だと思ってた。でも……わたしがいなくても、フィリア殿下がいれば攻略できたんだよね。ちょっと……嫉妬しちゃうな」
「ええと……」
「わたしはソロンくんがいないとダメだから、ソロンくんにもわたしを必要としてほしいと思ってたけど……そんなの、わたしの勝手だよね」
「ソフィアは俺に必要な存在だよ。ソフィアがいなかったら俺は冒険者として成功しなかった」
「ありがとう」
ソフィアはさみしげに微笑んだ。
そして、ぽんと手を打つ。
「さっそくアルテさんを治してあげないと」
俺たちがアルテの部屋に入ると、アルテは死んだように眠っていた。
今は症状は落ち着いている。けど、ときどき発作のように苦痛よ。
フィリアはアスクレピオスの杖をかまえた。
翼が生え、黄金の蛇の絡まった杖。
そして、アルテの枕元に立つ。
ソフィアの教えたとおりに、フィリアは魔法を詠唱をはじめる。
「我が主よ、我が神よ。あなたは我らの避けどころです。あなたを主と、
あなたを神とあおぐ者たちに、救いと慈しみを与えてください」
フィリアは静かな、しかし綺麗な声でつぶやいた。
途端にまばゆいばかりの青い光が散乱し、アルテを包み込んだ。
フィリアがそっと杖を振る。
アルテの体が輝き始める。
やがて、アルテがぴくりと動き、目を開けた。
「これは……」
アルテがつぶやく。
フィリアは光に照らされた顔に、綺麗な笑みを浮かべた。
「わたしがあなたを助けてあげる」
青い輝きはますます強くなり、そして、一瞬、強い風が吹き抜けた。
そして、魔法は終わった。
「成功……したみたいだよ」
ソフィアが小さく言う。
俺とフィリアは顔を見合わせ、そしてうなずきあった。
俺はアルテに具合を尋ねようと思ったが、その前にアルテがぽろぽろ涙をこぼしはじめた。
「ど、どうしたの、アルテ?」
「光が……見えるんです。体も動きます……」
治療は成功したみたいだった。
ぼろぼろになった魔術回路に干渉して、ある程度まで正常な状態に戻すことができたわけだ。
といっても、魔法がふたたび使えるようになったわけじゃない。
失明と手足の麻痺から、回復できただけだ。
つまり、アルテは魔法の使えない、ただの少女に戻ったにすぎない。
それでも、アルテは涙を流していた。悲しんでいるのではなく、喜びの涙だ。
ソフィアがアルテをあやすように、髪を撫で肩を抱いていた。
フィリアはその様子を見て、くすぐったそうな表情をしていた。そして、俺を上目遣いに見つめる。
「ソロン……誰かの役に立てるのって、やっぱり素敵だね」
「そうですね。フィリア様が偉大な魔術師になれば……賢者になれば、もっと多くの人から必要とされるようになりますよ」
フィリアは虚をつかれたように大きく目を見開き、そして「賢者……ね」と小さくつぶやいた。
やがて落ち着いたアルテは、立ち上がると、俺を黒い瞳で見つめた。
「……ソロン先輩。お礼を言わないといけないみたいですね」
「礼なら、フィリア様とソフィアにしてよ」
「もちろんです。皇女殿下と聖女様には感謝しても感謝しきれません。でも……ソロン先輩がいなかったら、あたしは助からなかったと思いますから」
俺は肩をすくめた。
かつて俺を嫌悪し、追放した相手から、礼を言われるのは不思議な気分だった。
「……先輩。あたしはこれからどうしたらいいんでしょう?」
「好きにしたらいいさ」
「でも、あたしは先輩の奴隷なんでしょう?」
「形式的な話だよ。助けるためにそうする必要があっただけで、実際に奴隷扱いするつもりはない」
「先輩はあたしとフローラを『買う』のに、すごい金額のお金を払ったんですよね? それに危険なネクロポリスまで行って治療法を探してきてくれて……。どうしてそこまでしてくれるんですか?」
いろいろ理由はある。
フローラとの約束も一つだし、フィリアの意志もある。
だが、最大の理由は一つだ。
「俺がそうしたいだけだよ。前も言ったけど、追放された俺と、今のアルテはよく似ているから、放っておけないんだ」
そう言うと、アルテは首を横に振った。
「あたしと先輩は似てなんかいません」
「ああ、嫌いな俺と似ているなんて言われたくないよね」
「そ、そういうことじゃなくて……。先輩は強いです。追放されても自分で、自分の力で居場所を見つけられました。でも……あたしにはなんの力もないですし、どうすればいいかもわからないんです」
「アルテがどうすればいいかなんて、俺はわからないけど、でも、わかるまではこの屋敷にいていいよ。病み上がりだろうし、フローラの回復には時間がかかるだろうから」
「ありがとうございます……先輩は……」
アルテはなにか言いかけ、そして、首を横に振った。
俺は続きが気になった。
「なにか言いかけた?」
「先輩は……優しいですね、って言おうと思ったんですけど、あたしに似合わないセリフなのでやめました」
「ははは、なるほど」
俺が笑うと、アルテにジト目で睨まれる。
「笑うところじゃないです」
「ああ、ごめん」
俺が謝ると、アルテはくすっと笑った。
「許してあげます」
その笑顔は、年頃の少女の純粋な笑顔に見えて、そして可愛かった。
アルテはもともと魔法学校一の美少女だったから綺麗なのは当然だけれど、可愛いと感じたのは初めてかもしれない。
「……先輩。お願いがあります」
アルテは急に真剣な表情になり、俺を見つめた。
何を切り出されるんだろう。
「俺でできることなら、聞くけど」
「……あたしを本物の奴隷として扱ってください」
アルテはためらわず、そう言った。
☆あとがき☆
これで第7章は完結です。面白かった、続きが気になる、という方はブクマやポイント評価で応援いただけると嬉しいです。
また、書籍版1巻も本日発売なのでよろしくおねがいします!






