183話 条件
ヘスティア聖下の白い手から魔法が放たれる。
同時に、俺は動けなくなった。
動きを封じる何らかの魔法を使ったのだと思うが、その種類がわからない。
俺は魔法耐性を持っているから、杖も持っていない相手に魔法をかけられるなんて想定していなかった。
さすがは大聖女。
しかし問題は俺の後ろのフィリアだ。
フィリアは教会の敵である悪魔の娘で、ヘスティア聖下は本当にフィリアを亡き者にしようとするかもしれない。
ソフィアも金縛りにあったように動かない。
フィリアをかばう人間は誰もいなかった。
フィリアは青い瞳を大きく見開いている。
フィリアの頭にヘスティア聖下の手が伸ばされ――。
ぽんと音がした。
「あれ?」
フィリアがきょとんとした様子でつぶやいた。
ヘスティア聖下は優しい表情で、フィリアの銀色の髪をくしゃくしゃと撫で回していた。
「びっくりした?」
ヘスティア聖下は、いたずらっぽく微笑んでいた。
「冷や汗が出ましたよ。聖下がフィリア様に危害を加えようとするかと思いました」
「綺麗な髪を撫でるのが、危害を加えることなら間違っていないわ。こんな可愛い皇女殿下だとは知らなかったから、つい」
そのために、わざわざ俺に魔法をかけたのか。
いつのまにか俺はふたたび動けるようになっていた。
どうやら、ヘスティア聖下にフィリアをどうこうする考えはないらしい。
髪を撫でられ、フィリアはくすぐったそうに身をよじっていた。
そして、ヘスティア聖下を見上げる。
「わたしの髪を撫でていいのは、ソロンだけだよ?」
「ソロンさんのことを信頼しているのね」
「うん。わたしの大事な師匠だもの」
ヘスティア聖下はくすくすっと笑い、それからフィリアを撫でる手を止めた。
そして、俺たち三人を見回した。
「さて、あなたたちの用事について、話しましょうか。でも、わたしが話すのは一人だけ」
ソフィアだけ、ということだろうか。
このなかで聖下と長い付き合いがあるのはソフィアだから、それでもおかしくない。
ただ、ソフィアは交渉ごとが得意な方とは言えないし、アルテの治療法を聞き出せるだろうか。
それに、もう一つ、ヘスティア聖下にお願いしたいことがあり、それは俺の口から言わないといけない。
だが、ヘスティア聖下の次の言葉は予想外だった。
「ソロンさんと二人きりで話したいの。悪いけど、ソフィアとフィリア殿下は、別の部屋を用意するから待っててくれる?」
フィリアとソフィアは顔を見合わせていた。
「なんとなく……この人とソロンを二人きりにしたらいけない気がする。ソフィアさんもそう思わない?」
フィリアは警戒するような表情で、ソフィアに同意を求めていた。
けれど、ソフィアは「で、でも聖下のご命令だから……」と言って、部屋から退出してしまった。
フィリアは俺とヘスティア聖下を見つめる。
「ソロン……この人と変なことをしたらダメだからね?」
そして、フィリアも仕方なさそうにソフィアについていった。
本来、俺がフィリアたちと引き離されるのはあまり良い事態とは言えない。
もしフィリアたちの身に何かあったとき、守ることができない。
ここの教会を襲撃したこともあるし、聖堂の騎士たちからしてみれば、俺たちは敵だ。
扉がパタンと閉まり、フィリアとソフィアがいなくなった後、ヘスティア聖下は嬉しそうに微笑んだ。
「同い年の男の人と二人きりというのは初めてかも。あまりここにお客さんは来ないから」
「私のような得体のしれない人間と二人きり、というのは危険ではありませんか」
さっきから護衛すらこの室内には立ち入っていない。
「得体のしれない人間ではないでしょう? 私の大事なソフィアにとっての大事な人なんだから。私にとっても大事な人といってもいいわ」
「しかし、恐れながら、私は先日この大聖堂を襲撃した犯人ですよ」
「理由があったのでしょう? 悪党に軟禁された、あなたの師匠のルーシィさんを救うため。まるで囚われの姫を救う英雄ね」
「聖下ご自身も、ルーシィ先生の幽閉はご存知だったのではありませんか?」
ヘスティア聖下は教会最高責任者だ。
ここで魔王復活の儀式が行われようとしていることを、知らなかったはずがない。
ヘスティア聖下は不思議な笑みを浮かべた。
「さあ、どうかしら。私はね、この教会の権力も、帝国の運命も、本当はどうでもいいの。確かなのは、私もルーシィさんみたいにこの塔から救い出されてみたいということだけ。あなたみたいなヒーローにね」
「それは……」
「もう一度言うわ。私をこの牢獄から救ってくれる? そう約束してくれたら、あなたの知りたいことも教えてあげる」
【あとがき】
そろそろフィリアと冒険回になります。
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