163話 クレアが言いかけたこと
結局、次の日の朝になっても、フィリアはルーシィの魔導書が使えるようにはならなかった。
それでも、中級の支援魔法を覚えたし、魔力回路を通して俺の力になってくれる。
ソフィアやレティシアのような高い実力をもった冒険者も仲間にいる。
ルーシィを助け出すことは不可能ではないはずだ。
意外だったのは軍人のクレアがルーシィ救出作戦に加わると強く主張したことだった。
自由同盟の隠れ家の広間で、俺はクレアと向き合った。
クレアは旧友の妹で、今はルーシィを逮捕した敵だったはずだ。
なのに、クレアがルーシィ救出に加わるのは違和感がある。
クレアは短い灰色の髪を指先でいじり、そして俺に笑いかけた。
「状況が変わりました。もともとわたしがルーシィ教授を逮捕したのは、ソロンさんまで巻き添えになるのを阻止するためでした」
だが、クレアはガポン神父に疑いをかけられて拷問され、俺はルーシィ救出を試みたことで明白な反逆者となった。
「私って馬鹿ですよね。考えてみれば、ソロンさんがルーシィ教授を助けに行くのなんて、わかりきっていたんです」
「俺にとってはルーシィ先生は恩師だからね」
「だから、わたしもルーシィ先生の亡命に協力しますよ。ソロンさんのためですから」
「でも、クレアはルーシィ先生のことを憎んでいると思っていたけど?」
「ああ、それなら、もういいんです」
「どういうこと?」
「あの人がわたしと同じだってことがわかったから」
クレアは灰色の瞳を輝かせた。
少し前まで、クレアはものすごくルーシィのことを嫌っていた。
ルーシィは魔法の天才で、かつて魔力のないクレアを蔑んだから。
二人はまるで違った存在だ。
でも、二人が同じというのはどういうことだろう?
いったい牢の中で何があったのか?
「ソロンさんだけには教えません」
いたずらっぽくクレアは笑い、そして急に真剣な表情になった
「こうなった以上、ガポンを倒すほかありません。ガポンさえいなくなれば、わたしの所属する軍情報局がなんとか辻褄を合わせてくれます」
皇帝官房第三部と軍情報局はどちらも帝国の諜報機関だが、まったく別の組織であり、その利益と権限をめぐって激しく対立している。
官房第三部のガポンは俺たちの反逆を確信しているが、他の人間たちは必ずしもそうではない。
ガポンを無力化した後、クレアは軍情報局の力を背景に、ガポンこそが反逆者だったと主張するつもりのようだった。
そして、クレア自身と俺の疑いを晴らしてくれるらしい。
さすがにルーシィやレティシアを無罪放免にするのは難しい。が、少なくともクレアは自由同盟の構成員が国外に亡命するのを黙認するという。
「魔王の力は必要ですが、それは後回しです。今はソロンさんと一緒に目の前の問題を片付けます」
すでにクレアはレティシアとも話し合いを済ませていたようだった。
「でも、クレアは……怪我は大丈夫?」
拷問の生々しい跡が、クレアの身体には残っていた。
二日経っても完全に回復したとは言えないだろう。
「心配してくれてありがとうございます。でも、平気です。わたし、いちおう軍人なんですよ?」
「……そっか。そうだったね」
「昔のままの、ただの弱い女の子じゃないんです。でも、もしわたしが足手まといになるようだったら、迷わず見捨ててください」
俺は肩をすくめた。
「そんなことできるわけないよ」
「どうして? 皇女殿下やソフィアさん、それにルーシィ教授に比べれば、わたしなんて、
どうでもいい存在のはずです。先輩が本当に守りたいものがあるなら、わたしのことはためらわずに切り捨てるべきなんです」
「クレアのことを『どうでもいい』なんて思ったことはないよ」
「へえ、なら、わたしは先輩にとって、何なんですか?」
「……大事な友人だよ」
俺は小声で言った。
口に出すのが少し恥ずかしかったからだ。
幼い頃のクレアは俺に懐いてくれていた。単なる友人の妹、ではなかったし、それは今でもそうだ。
クレアは目を伏せて、頬を赤くしていた。
そして、俺の耳元に唇をそっと近づける。
「ありがとうございます。ソロンさんのそういうところ、わたしは好きですよ?」
「それは……ありがとう」
「この戦いが終わったら、わたしもソロンさんのお屋敷に住んじゃおうかな」
「え?」
「わたしのことが大事だっていうなら、わたしのことも守ってくれますよね?」
「クレアが危険にさらされているなら、きっと俺はそうするよ。……屋敷も部屋が余っているし」
これ以上、屋敷に住む女性が増えても大丈夫なのか、というのはちょっと心配ではあるけれど。
ともかく、そろそろ出発の時間だ。
いよいよルーシィ救出作戦に向かうことになる。
クレアは灰色の瞳でじっと俺を見つめた。
「あの、ですね。わたしは……ソロンさんのことを……」
クレアは何かを言いかけ、そこで口を閉じた。
そして、ふふっと笑った。
「やっぱりやめておきます。戦いが終わった後に言えばいいことですから」
「ええと、言いたいことがあるなら、今言っても……」
俺の言葉はさえぎられた。
俺の口に、クレアの人差し指が押し当てられたからだ。
その柔らかい感触に、俺は赤面した。
喋っちゃダメ、というジェスチャーだと思うけれど、それはルーシィのよくやる仕草と似ていた。
クレアはとても楽しそうだった。
「ソロンさん……覚悟しておいてくださいね?」
☆あとがき☆
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