162話 ルシルの想い
明日には俺たちはルーシィ救出作戦を決行することになる。フィリアがルーシィの魔導書を使えるかどうかに関わらず、だ。
「私も頑張らなくてはな」
レティシアはフィリアの魔導書使用の失敗を特に気にした風もなかった。
そして、立ち去っていく。
明日の作戦を練り直すのだという。
作戦の参加者は、自由同盟のレティシアたち、俺、ソフィア、ルシル、そしてフィリアだった。
聖女ソフィアはもちろん、魔法学校の生徒であるルシルも戦力として役立つとカウントされたようだ。
フィリアには教会へ入るために、皇女としての立場を使うという重要な役割がある。
それに、仮にルーシィの魔導書が使えなかったとしても、俺とフィリアは魔力回路をつないでいるから、フィリアがいることで俺の魔力は増強される。
そうは言っても、フィリアは肝心の魔導書がうまく使えなかったことで落ち込んでいた。
「どうしてうまくいかないんだろう……?」
「すみません。教師としての俺の力不足ですね」
「ううん。悪いのはわたしだと思う。わたしがこの魔法を使えれば、みんなの役に立てるのに……」
フィリアを慰めようとも思ったけれど、俺自身がフィリアにきっと魔導書が使えるようになると言ってしまったのだ。
かける言葉が見つからない。
魔導書の読解も、基礎的な技術も、魔力の量も、フィリアに足りないところはないはずだ。
なのに、なぜうまくいかないのか。
俺はルシルをつかまえて、思い当たることがないか聞いてみた。
ルシルはルーシィの姪だし、この魔導書を俺たちに渡してくれた子でもある。
自由同盟の隠れ家の廊下で、俺とルシルは向き合った。
小柄なルシルは、無機質な赤い瞳で俺を見上げた。
「私にはどうして殿下が魔導書を使えないのかはわからない」
あっさりとルシルは言った。
最後の頼みの綱が切れた感じだ。
「牢屋でルーシィ先生に会ったときに聞いておけば良かったな」
といっても、脱出を優先する必要があったから、あのときは時間がなかった。そのままルーシィを救出できる予定でもあったのだから、仕方ない。
「もしかしたら、まだこの魔導書には秘密があるのかもしれない」
ルシルはつぶやく。
魔導書は古代文字で書かれているが、一応は解読したはずだ。
とはいえ、さらになにかが隠されている可能性はある、か。
考えてみないといけない。
「これはルーシィ先生が、あなたと殿下のために作ったもの。きっと二人の役に立つはずだから」
「そうだね。けど、使えなければ意味がないな」
何気なく俺は言ったが、その言葉に反応して、ルシルは鋭く俺を睨んだ。
「たとえ使えなかったとしても、私はあなたのことが羨ましい」
「どうして?」
「……ルーシィ先生は、私にはそんなすごい魔導書を用意なんてしてくれない。ルーシィ先生にとって大事な弟子は、あなただけ。私のことなんて、先生はどうでもいいの」
「そんなことないと思うけど」
「魔法学校の教授は弟子を定期的にとらないといけないし、私が親族だから、仕方なく弟子にしただけ。頑張って魔法学校の試験で首席になっても、先生のために自由同盟に協力しても、私のことなんて見てくれていないの」
俺は黙った。
たしかに、陸海軍省に救出しに行ったとき、ルーシィは一言もルシルのことを話さなかった。
ルシルはルーシィの姪で弟子であるとともに、自由同盟の協力者だ。
だから、身の危険にさらされていてもおかしくない。
ルーシィはルシルの身を心配するのが普通だ
だが、ルーシィからそういう言葉は一切なかった。
「どうしてあなたみたいな平凡な人が、ルーシィ先生の心を満たせるのに、私じゃダメなの?」
「ルシルは……」
「私はルーシィ先生にずっと昔から憧れていて、好きだったの」
ルシルは七歳のときに、教授になりたての十九歳のル―シィと会ったのだという。
たぶん幼いルシルの目に、天才ルーシィはまぶしく、輝いて見えたに違いない。
ルシルは内向的な性格で、幼いながらに周囲から浮いていた。だから、同じようにかつては孤独だった少女教授に、自己投影をしたようでもある。
「私は魔法学校に入って、ルーシィ先生の弟子になることが夢だった。優秀な弟子になれば、ルーシィ先生が私を必要としてくれると思った。でも……」
現実は違った、ということか。
俺にとってルーシィは素晴らしい師匠だった。けれど、ルシルにとって良い師匠ではないのかもしれない。
俺は身をかがめて、ルシルと目線を合わせた。
「俺はルーシィ先生の内心はわからないよ。でも、今のルシルは、俺が最初に会った頃のルーシィ先生にそっくりだ」
「どういう意味?」
「君はルーシィ先生みたいになれるかもしれないってことだよ」
「そんな気休め……いらない」
「気休めじゃないよ。ルシルはルーシィ先生を超える存在になれるかもしれない。ルーシィが理想の人でなかったのなら、ルシルが自分の理想の存在になって、誰かに必要とされればいい」
「私が……そんな存在になれると思う?」
「絶対、なんて言えないけど、なれると思うよ。平凡な俺と違って、ルシルは優れた才能があるんだから」
ルシルの真紅の瞳が揺れていた。
初めて、ルシルの感情が大きく動くところを見た気がする。
やがて、ルシルは何も言わず、後ろを向いて駆け出して、俺の前からいなくなった。
☆後書き☆
後少しで第六章が完結予定です。面白い!という方は下の☆評価ボタンを押していただければ幸いです!






