156話 レティシア
前話のラストを書き直しています。
状況は厳しい。
ガポン神父は一時的に足止めを食らっているが、魔王の力をもって、俺たちを襲おうとするだろう。
軍の兵もすぐにやってくる。
負傷者二名を連れて脱出することは不可能で、ルーシィは石の下敷きだ。
このままでは俺は敵に負け、ルーシィはもちろん、クレアも助けられない。
そうして俺が捕まれば、俺はフィリアに魔法を教えてあげることもできなくなる。
けれど、目の前のルーシィを見捨てるなんて、俺にはできそうもなかった。
ルーシィを石の下から助け出すため、俺は魔法を使おうとした。
けれど、その前に凄まじい速さで一人の物影が迫ってきた。
敵襲だと思い、俺は身構えたが、相手は意外な人物だった。
細剣を構えた、美しい茶髪の女性だった。
「やあ、ソロンくん、それにルーシィ」
相手は元バシレウス冒険者団団長レティシアだった。
今は救国騎士団幹部にして、自由同盟の参加者でもある。
レティシアはルーシィとともに帝国政府打倒の計画を立てていた。だから、俺やルーシィの味方のはずだ。
レティシアは歴戦の冒険者で、彼女がいればルーシィを救出して脱出することも可能かもしれない。
だが、これは俺の希望的観測だった。
レティシアが細剣を振ると、急に俺は身動きがとれなくなった。
事態が把握できず、俺は呆然とした。
「何の真似です、レティシアさん?」
「君に魔法をかけた。行動を制約する強力な術式だ」
「なぜ?」
「この状況ではたとえ私がいたとしても、ルーシィを助けられない。今は君だけでも脱出を優先するべきだ」
しまった。
レティシアもルーシィを助けに来たのだろうが、状況を見ていったん脱出することにしたらしい。
「生きて戻れば、ふたたびルーシィを助ける手もある」
俺は自分の意思に反して、体が動くのを感じた。
クレアを抱きかかえ、俺は足早にその場を立ち去ろうとしていた。
レティシアの魔法で操られているのだ。
俺はなんとかルーシィを振り返ると、「必ず助けに行きます」と伝えた。
ルーシィは安心したようにうなずいた。
その次の瞬間には、さらに石が降ってきて、俺とルーシィのあいだを完全に隔てる。
俺は自分の意志に反して、逃げるために走り出した。
ルーシィが崩落に巻き込まれたかと思い、気が気でなかった。
「ルーシィの周囲には簡単な魔法障壁をかけているから、大理石に圧死させられることはないさ」
レティシアは短く言う。
「それに、ルーシィは魔王の依代とされる予定だから、すぐに殺されたりはしない」
そう。
レティシアの言うことは正論だ。
こうなった以上は、一度脱出して、再度ルーシィを助け出す手を考えないといけない。
行く手には警備兵が現れ、俺たちを静止しようとしたが無駄だった。
兵の相手はバシレウス冒険者団団長と聖ソフィア騎士団副団長だ。客観的に見ても、互角に戦える兵などほとんどいないと思う。
とはいえ、兵の数が多ければ、容易な戦いでなくなることも確かだ。
俺たちは陸海軍省の建物の入口付近までたどりついたが、そこには十二、三人の兵がいた。
「侵入者たちを捕らえろ!」
警備兵たちは極めて平凡な掛け声とともに、俺たちに襲いかかった。
レティシアがにやりと笑い、その剣を一閃させると、血しぶきが上がり、何人かの兵が絶命した。
俺も魔法剣を振るい、兵士たちを峰打ちにして倒していく。
レティシアは帝国兵たちを殺すことにためらいはないようだが、俺は違う。
彼らは職務に忠実なだけで、何の罪もないはずだ。
軍の剣術というのは、良くも悪くも常道に則ったものだ。
集団で戦うために訓練しているのだから当然だが、逆に言えば剣筋が読みやすい。
俺の父が執事をしていた公爵家には、軍人上がりの家庭教師もいた。
主人を守れる執事となるため、俺は彼から剣の教えを受けたこともある。
だから、ある程度は軍の剣術の事もわかるのだ。
そういうわけで、俺は兵たちの剣の動きを予想して動けた。
左右から二人の兵が襲いかかるが、俺はさっと身を引く。
彼らは狙いが狂い、そのまま互いに斬りかかりそうになって慌てて剣を引こうとした。
体勢を崩した彼らに対し、俺は片手で剣を振るって一人を倒し、もうひとりには腹部に蹴りを入れて悶絶させた。
クレアもふらふらとした足取りではあったけれど、なんとか自分の身を守ることには成功していた。
瞬く間に俺とレティシアは兵を片付け、退路を切り開くことに成功した。
そして、追手を振り切り、帝都の薄暗い路地裏まで逃げ延びた。
「さて、と。これで君も晴れて反逆者だな」
レティシアは面白がるように言う。
俺は自分の顔が苦い表情になるのを自覚した。
やがて俺の屋敷にも、皇帝官房第三部の秘密警察が踏み込んでいるだろう。
フィリアが皇女である以上、屋敷の住人にすぐに危害が加えられたりしないとは思うけれど……。
「ま、ともかく、君はしばらくは屋敷には戻れないさ。私達の隠れ家に来るといい」
俺は仕方なく、レティシアの後をついていった。
クレアの手当もしないといけない。
やがて陰気な路地裏は行き止まりになった。
こんこんと、レンガの建物の壁を叩くと、そこに扉が現れた。
魔法で隠していたのだろう。
レティシアは扉を開け、俺は自由同盟の隠れ家に踏み込んだ。
「おかえりなさい、ソロン」
綺麗な澄んだ声がした。
それは、俺のよく知っている少女の声だった。
「ふぃ、フィリア様!?」
動転する俺に、フィリアはにっこりと微笑んだ。






