155話 魔王の力と真紅の魔法
ガポン神父はたった一人、俺たちの前に立ちはだかっていた。
他に兵はいない。
クレアが軍刀を構え、怒りの表情でガポンを睨みつける。
「さっきはよくもひどい目にあわせてくれましたね」
「反逆者には当然の処遇だ」
「軍情報局が黙っていません。それに……たった一人で、わたしたち三人を相手にできるとでも?」
俺も魔法剣を抜き、そして、ルーシィに杖を渡した。
ルーシィはうなずいて、それを受け取った。
軍人と魔法剣士と大魔術師を相手に、普通の神父が一人で対抗できるわけがない。
だが――。
ガポンは胸の十字架を天に向けてかざした。
すると、陸海軍省の広間の大理石が隆起し、一つの形を作り始めた。
大理石でできた巨大な神像。
それが目の前に現れ、ゆっくりと歩み始めた。
「見よ。これが魔王の力だ」
なるほど。
ガポンは魔王復活の計画に関与していて、ルーシィを依代にしようとした。
そうであれば、魔王の力を使用していてもおかしくはない。
クレアも言っていたが、完全に復活した魔王の力を利用すれば、ただの兵士でも強力な魔力を持つ存在に強化できる。
魔王はまだすべての力を取り戻してはいないものの、それでもガポン一人に特別な力を分け与えることは簡単なことなのだろう。
俺は目の前の神像を見て笑った。
おそらく、これがガポンの代わりとなって戦うに違いない。
が、それはどう見ても、古代王国で信じられていた多神教の神だった。
厳かな男性神の像であり、月桂冠を被り、杖を持っているという特徴からして、太陽神だと信じられていた神だ。
一方で、もともと帝国教会は偶像崇拝を禁じている。つまり、現在の教会の神は、その似姿の像など存在しないのだ。
「帝国教会の神父殿が、異教の神像を呼び出すなんて許されるのかな。しかも、魔王の力を使っている」
「神は正しき道を行く者をお守りになる。たとえどんな手段を使おうとも」
ガポンの声とともに神像の数はまたたく間に十体まで増え、俺たちを取り囲むように展開した。
そのうちの一体が杖を振り下ろした。
大理石製の杖だから、もちろん直撃すればただでは済まない。
俺は宝剣テトラコルドに魔力を込め、一閃させた。
大理石の杖は粉々になり、その場に散った。
俺はルーシィを振り返る。
「俺とクレアが攻撃を防げきます」
「了解」
ルーシィはにやりと笑うと、杖を高く掲げた。
敵の二撃目、三撃目が繰り出されたが、俺はルーシィをかばいながら、難なくかわした。
ただ、クレアの剣筋が怪しくなってきた。
クレアは魔法が使えないし、大理石の攻撃を防ぐことしかできず、反撃ができない。
大理石の神像がクレアめがけてふたたび杖を振り下ろし、クレアはなんとかそれを受け止めたが、次ついによろめき体勢を崩した。
次の瞬間、別の神像が拳を振り下ろした。
「クレア!」
俺はとっさにクレアを抱き寄せ、もう一方の手で宝剣を振るい、拳を破壊した。
「す、すみません」
「気にしないでよ」
クレアは顔を赤くして俺を見上げていた。
もともとクレアは拷問の影響で弱っているし、これ以上の戦闘は無理だろう。
そろそろ決着をつけないといけない。
とはいえ、俺一人では事態を打開できない。
頼みの綱はルーシィだ。
「偽物の神様たちには消えてもらいましょうか!」
ルーシィの言葉とともに杖から灼熱の炎が巻き上がった。
かなりの広さの空間のすべてが熱気を帯び、俺は自分も火傷をするのではないかと一瞬思った。
それぐらい、ルーシィの炎魔法の火力は高いのだ。
ルーシィが杖を振ると、炎は神像へと燃え広がり、そして青白く色を変えた。
一瞬のうちに十体の神像すべてが溶け、跡形もなく消え去った。
「大理石は火に弱いもの。簡単に溶けてしまうわ。相手が悪かったわね」
「さすが真紅のルーシィということか」
ガポンは動じた様子もなく、指をパチンと鳴らした。
ふたたび大理石が変形して、神像が生み出される。
「何度やっても同じことよ」
ルーシィは自信たっぷりに言い放った。
そう。
そのはずだ。
もう一度神像を生み出そうが、ルーシィの炎に焼き払われて終わりだ。
だが、ガポンがまったく意味のない行動をするだろうか?
俺ははっとして天井を見上げた。
「上です! ルーシィ先生!」
魔王の力で生み出された神像。
その原料となった大理石は、この広間の一部だ。
そして、あまりに多数の神像を生み出せば、当然、建物自体にもひびが入る。
欠けた天井から、ルーシィめがけて無数の石が降ってきた。
ルーシィは素早く炎魔法を展開させ、上から降ってくる岩の一部を焼き払った。
俺も神像の攻撃を弾き返し、ルーシィをかばう。
だが、同時に神像の一体がクレアの間近まで迫っていた。
俺は返す刀でクレアを襲う神像を両断したが、その瞬間にはルーシィは上から降ってくる石と、神像の手の両方に襲われていた。
防ぎきれず、ルーシィは神像の攻撃を直に受けて、杖を取り落した。そこにさらに追撃を受ける。
「きゃあああああ!」
甲高い悲鳴を上げて、ルーシィは壁際まで弾き飛ばされ、そして落ちてきた石の下敷きになった。
俺は自分の血の気が引くのを感じた。
慌てて俺はクレアをかばいながら、ルーシィに駆け寄った。
ルーシィは命に別状こそなさそうだったが、うつ伏せで倒れていて、下半身が石の下敷きになっている。
これでは身動きがとれない。
「ごめんなさい、ソロン。師匠としてカッコいいところを見せるつもりだったのに……」
「先生は十分、活躍しましたよ。あの神像をすべて焼き払うなんて俺には決してできませんでした。今、石をどかしますから」
ルーシィは首を横に振った。
「あなたとクレアの二人で逃げて」
「そんなことはできません!」
「さっきの攻撃で、私は足の骨も折れてるわ。一緒に行っても、足手まといになるだけ」
「でも……」
「最後のお願い。いますぐ、あなたの魔法剣を貸して」
言われて、俺はルーシィに魔法剣を渡した。
ルーシィの真紅の瞳が明るく輝いた。
次の瞬間、魔法剣から凄まじい勢いの炎が放たれた。
さっき、神像を倒したときの何倍もの火力だ。
それらの炎はまっすぐガポンへと向かっていく。
神像を消し飛ばし、ガポンも炎に包まれた。
ガポンは直前に魔法障壁を展開していた。
魔王の力を使ったものだろうから、ガポン自身の身を守ることはできるだろうが、しばらく身動きはできないだろう。
炎は激しく広がり続け、建物に穴を穿ちすらした。
だが、魔法を使い終えたルーシィは、糸の切れた人形のようにぐったりとしていた。
「いまので全部、魔力は使っちゃった。あの炎が消えたら、ガポンはあなたたちを襲おうとするでしょうし、他の兵士も来るかもしれない。だから逃げて」
「ですが……」
「助けに来てれて嬉しかった。本当にありがとう。魔王の依代にされても、きっと私はソロンのことを忘れない」
ルーシィはそう言って、綺麗な微笑みを浮かべた。
俺は諦めてはだめだと言おうとして、しかし、現在の状況を考えた。
ただでさえクレアは負傷していて、すでに戦闘能力を失っている。
ルーシィは身動きがとれず、石を除去するのにも時間がかかるし、たとえ助け出せても歩くことすらままならない。
今の俺ではルーシィを助け出せない。
「ソロン、早く行きなさい! これは師匠としての命令なんだから」
「……っ!」
俺はルーシィから魔法剣を受け取り、そして考えた。
ここからクレアを連れて逃げ出すか、それとも踏みとどまってルーシィを助けるか。
俺は決断を迫られていた。
【後書き】
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