150話 アルテの部屋
クレオンが立ち去った後、俺は考えた。
ルーシィが捕らわれているのは、陸海軍省の地下二階。
クレオンはそう言った。
ただ、クレオンの言うことを信じられるかどうか。
そもそも軍の中枢とも呼べる建物のなかに牢があるんだろうか?
クレオンによれば、三日後にはルーシィは魔王の依代とされる。
そうなれば、ルーシィの体は魔王に支配され、廃人同然になってしまうという。
ルーシィは俺のたった一人の師匠だ。
もしルーシィのことを助け出せなければ、俺は自分のことを許せなくなるだろう。
だが、クレオンは違う。
クレオンにとって、ルーシィは魔法学校時代の教師の一人にすぎない。
そして、ルーシィを依代にして、魔王の完全な復活を行わなければ、シアの蘇生というクレオンの究極の目的は果たせない。
俺とクレオンの意思は真っ向から対立している。
クレオンは俺を罠にかけるために、ルーシィの居場所を告げたと考えていい。
その場所に、本当にルーシィがいるかもわからない。
だが、だからといって、このままルーシィを助けに行かなければ、ルーシィは魔王復活の犠牲となってしまう。
賢者アルテと占星術師フローラと同様に、だ。
魔王復活の最初の段階で犠牲とされたアルテたちは、再起不能なほどの重傷を負った。
「……そうか。アルテがいた」
陸海軍省の建物には救国騎士団の本部があり、そしてアルテは救国騎士団の元副団長だ。
ある程度、建物の構造がわかっているだろう。
俺は屋敷の中に戻ると、メイド服姿のクラリスが廊下で出迎えてくれた。
ずっと廊下で待っていてくれたみたいだった。。
「救国騎士団の人たち、もう帰りましたか?」
「うん。二人とも用は終わったみたいだよ」
槍術士のレンに襲われたことは、クラリスには黙っておくことにした。
わざわざ不安にさせるようなことを言わなくてもいい。
けれど、クラリスはじっと俺を見つめた。
「ソロン様……無理をしないでくださいね?」
「俺が無理をしているように見える?」
「だって、ルーシィ教授を助けるなら、敵は帝国政府です。あたしは……ソロン様のことを信じていますけど、でも、もし……」
「俺がルーシィ先生を助けようとして、失敗して死んでしまう。そんなことを想像した?」
クラリスはうなずかなかったけれど、目を伏せた。
俺の言ったとおりのことを心配していたんだろう。
珍しくクラリスが気弱そうな表情をしている。
「ソロン様がルーシィ先生を助けたいのはわかります。でも、フィリア様やあたしにとって、一番に大事なのはソロン様なんです。だから……無理をしないでください」
俺は微笑んだ。
「大丈夫。死んでしまうようなヘマはしないよ。フィリア様にこれからも魔法を教えてあげるのが俺の役目だし」
「……そうですよね」
「そうそう。俺はこの屋敷のみんなを守らないといけないから、だから死んだりなんてできないよ」
「はい! でも………」
「みんなを守る、じゃなくて、あたしを守るって言ってほしかったな、と思いまして」
クラリスは俺を上目遣いに見つめ、くすっと笑った。
いつもみたいな明るい表情に戻っているのを見て、俺はほっとした。
クラリスにまで心配をかけて、暗い顔をさせたりなんてしたくなかったからだ。
俺は笑って答えた。
「もちろん、クラリスさんのことも、ね。約束したから」
もともと、この屋敷に引っ越したのは、フィリアとソフィア、そしてクラリスの三人が危険にさらされないようにするためだった。
あれから住人はかなり増えたけれど、俺にとってクラリスが大事な存在であることに変わりはない。
クラリスは嬉しそうにうなずいた。
「そうだ。クラリスさんにちょっと一緒に来てほしくて」
「お安い御用ですけれど、どこでへですか? もしかしてデートとかですか?」
「残念だけど、屋敷のなかだよ」
「大丈夫です! お屋敷のなかでもデートだと思えばデートになりますから!」
「ええと……実は来て欲しいところは他の子の部屋なんだよ」
「他の女の子の部屋にあたしを連れて行くんですか? ソロン様、意地悪ですね」
クラリスはそう言ってわざとらしく頬を膨らませてみせた。
けれど、俺がアルテの部屋に行くと言うと、クラリスは表情をがらりと変え、驚いたように目を見開いた。
俺は情報を得るためという事情を説明した。
「アルテは話せる状態かな」
「一応、大丈夫だとは思います」
アルテは昏睡状態から回復したのもつい昨日のことで、俺は目を覚ましたアルテにはまだ会っていない。
アルテとフローラの様子を見ているのは、医者を除けば、ソフィアとクラリスの二人だ。
俺は男だし、アルテたちの看病はソフィアたちに任せたほうが良いだろうという考えからだ。
いまでこそ、アルテは奴隷になってしまって、俺が彼女の形式上の主人として庇護する立場にある。
けど、もともと俺とアルテは宿敵みたいなものだ。
俺のことを全面的に信用できるわけもないし、話を聞くにしても、クラリスのような第三者がいたほうが良いと思ったのだ。
クラリスはちょっと緊張した顔でうなずいた。
俺たちは屋敷の隅にある部屋の扉をノックした。
返事がないので、クラリスがそっと扉を開けた。
窓から夕日が差しているが、薄暗い部屋だった。
荷物もほとんどない殺風景な中に、二つのベッドが隣に並んでいる。
窓側のベッドに寝ているのは、占星術師フローラだ。
フローラは穏やかな表情で目を閉じていた。
ただ眠っているようにしか見えない。
けれど、フローラはクレオンの手で魔王復活の犠牲とされ、脳にまで深刻なダメージを負ってしまった。
ネクロポリス攻略作戦以後、一度も目を覚ましていない。
そして、手前側のベッドに、すべてを失ったアルテがいた。
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