139話 囚われのルーシィ
水滴の音がする。
天井から雨漏りがしているみたいだった。
狭い地下室は、無機質な石造りで殺風景だった。
燭台が一つ置かれているだけで、薄暗い。
「きゃっ!」
天井から落ちてきた水のしずくが体にあたり、その冷たさに私は思わず悲鳴を上げた。
赤いローブが濡れていく。
ここは軍の施設の地下で、そして私は監禁されていた。
両手は縄で縛り上げられていて、足にも鎖をつけられている。
身動きはまったくとれないし、魔法を使うこともできない。
真紅のルーシィなんて呼ばれていても、天才だなんて言われても、今の私には何もできない。
「気分はどうですか、ルーシィ教授?」
くすっという笑い声とともに、地下室の扉が開き、一人の少女が入ってきた。
灰色の髪を短く切りそろえ、軍服をまとった少女は、クレア少尉だった。
クレオンの妹で、ソロンと幼い頃から知り合いだった少女だ。
クレアは座り込む私を見下ろしていた。
私もクレアを睨み返す。
「気分は最悪ね」
私の言葉に、クレアはますます愉快そうに笑った。
「惨めですね。あの魔法の天才ルーシィが、わたしみたいな魔法の使えない欠落者なんかに拘束されているなんて」
「べつにわたしはあなたに負けたわけじゃないわ」
「へえ」
「わたしはソロンとフィリアを守るために捕まったの。軍の力がなければ何もできないあなたなんかに負けたわけじゃない!」
私がきっぱりと言うと、クレアは端正な顔を歪め、怒りの表情を浮かべた。
そして、私に向かって手を振り上げる。
殴られる、と思って、私は怖くなった。
私は大貴族の家に生まれて、魔法学校で教育を受けて、そのまま教師になった。
だから、暴力を振るわれたことなんて、全然なかった。
理屈では殴られるぐらい大したことがないとわかっていても、身体は震えてしまう。
ソロンと違って、私はぜんぜん強くない。
ソロンは冒険者だ。危険な目に合うことだって何度もあっただろう。
彼なら理不尽な暴力にも耐えられるかもしれないけれど、私は違う。
次の瞬間の衝撃を予想して、私は目を閉じた。
けれど、何も起きなかった。
目を開くと、クレアは私の頬の直前で拳を止め、そしてため息をついた。
「ソロンさんに嫌われてしまいますから、やめておきます」
「ソロンのこと、気にするのね」
「気にしますよ。だって、わたしはソロンさんのことが好きなんですから」
ためらいも照れもなく、クレアはそう言い切った。
予想のついていたことだから、意外ではないけれど。
「だからこそ、わたしはソロンさんが反逆者にならないように、先回りしてルーシィ教授を逮捕したんです。クレオンお兄様やガポン神父の手にルーシィ教授が落ちれば、ソロンさんも処刑の対象になりかねないですから」
「それはわかるけど、でも、あなたは魔王の復活にも賛成なのよね? ネクロポリスではソロンと戦ってでも、魔王復活を行おうとしたって聞いたわ」
「わたしのソロンさんへの感情と、魔王の復活とは別問題です。魔王の復活とその軍事利用は軍の悲願ですから。いえ、考えてみると同じ問題ですね」
「同じ問題?」
「はい。わたしは軍人ですから、当然、軍の目的に忠実である必要があります。でも、わたしが魔王の復活に協力しているのは、別の理由もあるんです」
「もしかしてクレオンのため? クレオンは魔王の力で、死んでしまった女の子を蘇らせようとしているんでしょう?」
「まあ、お兄様の目的には協力してあげてもいいですけど、わたしにとってはどうでもいいことですね」
「なら……」
「魔王が復活すれば、魔王そのものも強力な兵器になりますが、その臣下として契約を結べば、軍の兵士個々人が魔王の力を利用することができます。そうなれば、わたしにも魔力が手に入るんです。聖人サウルの持っていた水晶剣。あれよりももっと強力な力が」
「力を手に入れてどうするの? それがあなたとソロンの関係と同じ問題だとは思えないけれど」
クレアは灰色の瞳で鋭く私を睨んだ。
その瞳には憎悪の色があった。
私の発言がクレアを怒らせた。
けれど、私にはその理由がわからなかった。
「ルーシィ教授には力があるから、そんなことが言えるんです。……十二歳のわたしは、自分が魔法の使えない欠落者だとわかって、絶望していました。クレオンお兄様には魔法の才能があるのに、わたしにはなかった。ソフィアさんと一緒の学校に行きたかったのに、行けなかった。そして、ソロンさんと一緒に冒険者になることができない」
クレアは苦しげに、声を振り絞るようにそう言った。
たしかにわたしには、たぶんクレアの感情は理解できない。
私は幼い頃から魔法の天才として扱われてきた。
称賛と引き換えに、飛び級で入学した魔法学校では、周囲から距離を置かれ、孤独に過ごしたけれど。
「思いつめていたわたしに、ソロンさんは『魔法が使えなくても、クレアはクレアだよ』と言って、慰めてくれました。優しく髪を撫でてくれたソロンさんの手は温かくて、わたしは嬉しかったんです。だからこそ、わたしは力を手に入れるために士官学校に行きました」
「全寮制の士官学校に行けば、ソロンと会えなくなるって思わなかったの?」
「思いましたよ。でも、どっちにしても、魔法が使えないわたしのことなんて、ソロンさんは必要としていなかったんです」
「ソロンはそんなこと、きっと言わないわ」
「はい。ソロンさんはそんなこと言いませんし、思いもしないでしょう。ソロンさんは優しいですから。でも、客観的に見れば、ソロンさんに必要だったのは、優秀な仲間と力ある教師だったはずです。クレオンお兄様やソフィアさん、それにルーシィ教授がいたら、そこにわたしが入り込む余地なんて、ないじゃないですか」
私は絶句した。
残酷だけれど、クレアの言うとおりだと思う。
ソロンがかつて思い描いていた目標は、帝国最強の冒険者集団を作ることだった。
その目標のためにクレアができることがない以上、ソロンやソフィアの隣に、クレアが立つことはありえなかった。
そして、それは私も同じだった。
私もソロンに必要とされなくなったのだ。
「ルーシィ教授こそ、どうして自由同盟の計画に加担なんかしたんですか? ソロンさんたちを危険にさらすことがわかったはずです。本当に正義感だけで、政府転覆の陰謀に参加しようとしたんですか?」
そう。
私が自由同盟に加わったのには、誰にも言っていない理由があった。
特にソロンにだけは、その理由を話すことはできなかった。
けれど、ここにはソロンたちはいない。
クレアの問いかけに、私は重い口を開いて、真相を話すことにした。
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