122話 クレア
俺は慌てて部屋の入り口に駆け寄った。
ソフィアたちの追及から逃げるためでもあるけれど、それ以上にライレンレミリアが部屋の外に出ていることにびっくしりたのだ。
ライレンレミリアは元賢者アルテに凄惨な暴行を加えられ、俺の屋敷で療養中だった。
心を病んでなかば廃人のような状態になり、部屋から出ることさえかなわなかったのだ。
「えっと……その……いつまでも部屋に閉じこもっているわけにもいかないから。ソロンのおかげで少しはよくなったし」
そうは言っても、ライレンレミリアは杖をついていたし、まだ全然回復したとは言えない。
ルーシィたち大勢の視線にさらされて、ライレンレミリアはちょっと怯えたようだった。
「ソロンにお客さんが来ているみたいなんだけど……」
本来なら客の応対は俺かクラリスがするところだけれど、屋敷のほぼ全員がこの部屋に集まっていて来客に気づかなかったみたいだ。
ライレンレミリアの部屋は玄関近くだから、呼び鈴がなったのを聞いて知らせに来てくれたんだろう。
「ごめん、ライレンレミリア。ありがとう」
「ううん。玄関から出て誰が来たか確認できればよかったんだけど……」
それはまだ怖くてできないということだろう。
ライレンレミリアは優秀な魔術師だったが、身を守るための魔法の力を以前どおりには発揮できなくなってしまっている。
皮肉なことに、今のアルテはライレンレミリア以上に酷い重傷を負い、そしてまったく魔法を使うことができなくなっているわけだけれど。
「無理をしなくていいよ」
と俺がゆっくりとライレンレミリアに言うと、ライレンレミリアは小さくうなずいた。
俺とクラリスは部屋を出て玄関に向かおうとしたが、ライレンレミリアがついてこようとし、その瞬間にふらついた。
慌てて俺が支える。
「大丈夫?」
「ごめん……」
たぶんライレンレミリアはここまで一人でくるのもかなり大変だったはずだ。
クラリスにライレンレミリアを部屋まで送ってもらい、俺が玄関で応対に出ることにしよう。
俺はそう考えたが、ライレンレミリアが上目遣いに俺を見つめた。
「ソロンの肩を借りてもいい?」
肩を貸すぐらいお安いご用だ。
ここでクラリスに送ってもらうのも変なので、俺がライレンレミリアを部屋に戻して、クラリスに客の出迎えに行ってもらうことにした。
ライレンレミリアは俺の肩に手を回し、寄りかかる。
クラリスは「あたしもソロン様の肩を借りたい……」とつぶやいていたけれど、すぐに玄関へと向かってくれた。
二人になった後、ライレンレミリアは片足を引きずりながら歩き、小さくつぶやいた。
「あたし……惨めだ。一人じゃ何もできなくなって、魔法だってちゃんと使えなくなって、騎士団の団員でもなくなって、ソロンに迷惑をかけて……」
「そんなふうに考えたらダメだよ。……きっと回復するなんて無責任なことは言えないし、俺の力なんて限られているけど、でも、できるかぎりのことはするから」
「ありがと」
そういうとライレンレミリアは少しだけ安心したように微笑んだ。
同じことは、アルテとフローラの姉妹にも言える。
俺は二人を助けたい。
けれど、二人は医者に見せてはみたものの有効な治療法はなく、この屋敷に引き取った後もずっと眠り続けている。
アルテはそのうち目を覚ますだろうけれど、フローラのほうは二度と目覚めないかもしれない。
まだライレンレミリアには、アルテを俺の奴隷にしたことを話してはいない。
ライレンレミリアはアルテの名前を聞くだけでも取り乱し、暴行されたときのことを思い出してしまうからだ。
俺はライレンレミリアを部屋に帰してベッドに寝かせると、大慌てで玄関へと向かった。
屋敷の玄関はそれなりの広さがあり、木製の重厚な扉が開け放たれて、外から夕日が差し込んでいた。
クラリスと向かい合っているのが来客なんだろうけれど、離れた位置からだと逆光でよく見えない。
近づくと、それは軍服を着た少女だった。
腰に大剣を下げている。
「ごきげんよう、ソロンさん」
少女はいたずらっぽく灰色の瞳を輝かせた。
同じく灰色の髪は前髪が綺麗に揃えて切られていて、活発な印象を与えた。
「君は……こないだネクロポリスにいた?」
「はい。ついでに言えば、七月党処刑の際にあなたと戦って負けてもいますね」
そうだった。
七月党処刑の際は皇女イリスの配下の一人として、ネクロポリス攻略の際はガレルス隊の一人として俺の敵だった子だ。
不覚にも両者が同一人物だと気づいたのは今だけれど。
ただ、それよりもっと以前にどこかで会ったことがある気がする。
俺がそう言うと、横にいたクラリスが「女性の口説き方としては古典的すぎますよ」と茶々を入れる。
そんなつもりはないんだけれど。
少女はうなずいた。
「そうですね。私はクレアと言います。階級は少尉。こう見えて、公爵家の娘なんですよ」
名前はクレア。公爵家の娘。
俺ははっとした。
そうだ。
俺はこの子を間違いなく知っている。
「そうか。クレアか。思い出せなくてごめん」
「本当にそうですよ。どうして思い出してくれないんですか。ひどいですね。私はあなたの親友の妹なのに」
言葉とは裏腹に、クレアの声には面白がるような響きがあった。
そして、クレアは灰色の瞳で俺をまっすぐに見つめた。
「私はクレア。聖騎士クレオンの妹にして、なんの魔法も使えないただの軍人です」






