115話 真紅のルーシィと大事な話
ネクロポリス攻略作戦を終えて、俺たちはへとへとになりながら屋敷に戻った。
地上は深夜だったけれど、メイドのクラリスはまだ起きていて、俺たちを温かく迎えてくれた。
「心配で眠れなかったんですからね。困っちゃいました」
クラリスはくすっと笑ったが、指先で目もとを拭っていた。
そして、目を伏せて言う。
「あたし……悔しいんです。あたしは戦う力がないから、ぜんぜんフィリア様のお役にも立てなければ、ソロン様の力にもなれないですし……」
「そんなことないよ。戦いなんてしなくても、フィリア様にとってはクラリスさんのいない生活なんて考えられないだろうし」
フィリアが隣で「そうそう」と言ってこくこくとうなずいている。
クラリスは嬉しそうに頬を緩めたが、次の瞬間、心配そうに俺を見つめた。
「えっと……」
クラリスが口ごもった理由に思い当たり、俺は微笑んだ。
「もちろん、俺にとってもクラリスさんは必要不可欠な存在だよ」
俺がはっきりとそう言うと、クラリスは「そうですか」とつぶやき、えへへと微笑んだ。
以前と違い、クラリスの雇い主は帝室ではなく俺だった。
住人の多い俺の屋敷を切り盛りするには、クラリスの力が欠かせない。
俺はこの屋敷に新たな住人が増えることをクラリスに告げた。
いまは医者に見せているけれど、アルテとフローラの二人がこの屋敷に住むことは確定していた。
二人はどちらも深刻な傷を負っているけれど、ともかく形式的には俺の奴隷ということになっている。
加えて、白魔道士のリサも、この屋敷に滞在することを強く希望していた。
リサはネクロポリスで一貫して俺たちの味方についてくれていたから、俺にとってもリサが客としてやってくるのは大歓迎だった。
クラリスは目を白黒させて、「このお屋敷、どんどん女の人が増えていきますね!」と言ったあと、「しかもきれいな人ばかり……」とつぶやき、少し頬を膨らませた。
男は俺だけで、短期の滞在客のノタラスも近々屋敷を離れるだろう。
あとはフィリア、ソフィア、クラリス、ルーシィ、ライレンレミリア、エステル、それにリサ、アルテ、フローラの女性陣九人だった。
貴族用の広大な屋敷を購入しておいて正解だったと思う。
「ソロン様……本当にハーレムでも作れちゃいますね」
「前も言ったけど、そんなつもりはまったくないよ……。だいたい、みんなは俺のことを好きってわけでもないだろうし」
「そこはソロン様の頑張りしだいですよ!」
「いや、だから、ハーレム作るために頑張るつもりなんてないんだけど……」
それに、例えばアルテは俺のことをすごく嫌っていたし、俺のことを好きになるなんて考えられないだろう。
俺はあくびをした。
「ともかく眠たいな。早く寝てしまおう」
「準備はばっちりです。さあ、あたしたちの部屋へと行きましょうか」
リサが「あれ、『あたしたちの』ってどういうこと?」とつぶやいて首をかしげていたので、俺は仕方なく、俺とフィリアとソフィア、それにクラリスが一緒の部屋で寝ていることを説明した。
リサは目を大きく見開き、「そ、それって……もしかして四人で」と顔を赤くしていたので、「想像するようなことは何もないよ」と俺は説明するのに一苦労した。
暗躍するクレオンのことや、重傷を負ったアルテやフローラたちのことを考えると、明るい気持ちばかりにはなれない。
でも、ともかく無事に帰ってこれたからみんなの表情は軽やかで、それなりににぎやかだった。
ただ、部屋につくと、みんなばたっとベッドに倒れて、こんこんと眠り始めてしまった。
疲労の限界に達しているのだ。
特にフィリアは初めての遺跡攻略への参加だったし、平気そうな顔をしていてもかなり疲れていたに違いない。
ソフィアも俺の隣のベッドで、無防備に毛布を抱きしめながら「ソロンくん……」とつぶやき、寝返りをうっている。
いったいどんな夢を見ているのか気になるけれど、俺も早く寝てしまおう。
そう思って俺も毛布を引き寄せたが、なぜだか目が冴えてしまった。
アルテ、フローラ、クレオン、そしてシア。
それぞれの顔が交互に思い浮かぶ。
こんこんと控えめなノックがしたのは、しばらく経ってからだった。
フィリアもソフィアもクラリスも起き上がる気配はなかったので、俺が部屋の扉まで行く。
こんな夜更けに誰だろう?
俺が扉を開けると、真っ暗な部屋に廊下の明かりが差し込んでくる。
「えっと……ソロン。いま……いい?」
扉の向こうに立っていたのは、ルーシィだった。
風呂上がりなのか、真紅の髪はつややかに光っている。
ルーシィは可愛らしい雰囲気の寝間着を着ていて、頬をほんのりと赤く染めている。
俺はまじまじとルーシィを見つめた。
「そんなにじっと見ないでほしいんだけど……」
「ああ……すみません。こんな時間にどうしたんですか?」
「私の部屋に来てくれない? 大事な話があるの」
俺はちょっと驚いた。
同じ屋敷に住んでいるとはいえ、こんな深夜に女性一人の部屋に俺が行くというのはまずい気もする。
といっても、皇宮ではフィリアと二人きりの部屋に住んでいたし、今も三人の少女と同じ部屋で寝起きしているわけで、そんなことを言えた義理ではないかもしれないけれど。
俺が返事をできずに固まっていると、ルーシィは「いいから来て」と言って、俺の手を引っ張った。
ルーシィは俺の師匠だけど、三つしか歳は離れていない。
その手は小さかった。
「ソロンの手……ごつごつしてる」
「それはまあ、俺も男ですから」
「そう……よね」
やがて屋敷内のルーシィの部屋の前についた。
ルーシィにはけっこう広くて豪華な部屋を用意している。
なんといっても、ルーシィは俺の師匠だからだ。
ちょっと入るのをためらったけれど、師匠が大事な話があるというのだから、断るのも気が引ける。
俺はルーシィに勧められるままに部屋の椅子に座ると、ルーシィ自信は真向かいのベッドに腰掛けた。
ふわりと真紅の髪が揺れる。
「あのね……どうして私がソロンと一緒の部屋に住むって言わなかったか、わかる?」
「それが常識的な判断だからでは?」
「だったらあなたがフィリアたちと一緒の部屋なのはどうなるわけ? ……私だって、本当はソロンと同じ部屋にいたいの」
「へ?」
「な、なによ? 悪い?」
「悪くはありませんが、それならそう言ってくれればよかったのに」
「でも、別の部屋をもらえば、ソロンとこうして二人きりになれるでしょう?」
そう言ってルーシィはちょっと恥ずかしそうに、くすくすっと笑った。
そして、立ち上がると、部屋の棚にある透明な瓶を手にとった。
瓶に貼られた朱と白のラベルは、帝国でも有名な火酒のものだった。
かなり強い酒だ。
「一緒にお酒を飲みましょう。昔みたいに」
ルーシィは大の酒好きだ。
俺が十六歳の魔法学校の生徒で、ルーシィが十九歳の少女教師だった頃から、よく研究室で一緒にお酒を飲んでいた。
帝国では十六歳から飲酒が許されているので、年齢的には問題がないのだけれど、ただ一つ、別の問題があった。
ルーシィはお酒が好きなのにも関わらず、大して強くはないということだった。






