112話 新たな味方
ガレルスの大剣が振り下ろされた。
俺が宝剣でそれを受け止めると、互いの刃が激しい火花を散らす。
「こうして剣を交えるのも久しぶりじゃねえか、ソロン」
「ああ。そうだね」
かつての騎士団時代の仲間であるガレルスは、俺の目をまっすぐに見た。
守護戦士ガレルスという人物に俺は良い印象を持っていない。
ガレルスもまた、俺のことを嫌っているようだった。
ガレルスは伯爵家の三男として生まれ、魔法学校を優秀な成績で卒業した。その後、名のしれた冒険者パーティーを渡り歩き、そして聖ソフィア騎士団の幹部になった。
名門の血を引き、魔術と剣術の才能にも恵まれ、おまけに人望もあったのだ。
後輩たちの面倒見が良く、弱者には優しく、正義感も強い、というのが魔法学校時代のガレルスの評判だった。
そして、最初は俺もそれを信じていたし、ガレルスが聖ソフィア騎士団に参加することには大賛成だった。
当時は騎士団の拡大路線が軌道に乗った頃でもあり、またシアの死への反省から実力の高い冒険者のみを仲間に加えていた。
これは副団長だった俺の方針であり、アルテが加わったのもほぼ同じ頃だ。
加入当初こそガレルスは穏やかで、騎士団の決定におとなしく従っていた。が、それはたぶん様子を見ていたのだろう。
半年ぐらい経ってから、ガレルスは騎士団の運営に口を出し始め、事あるごとに騎士団のやり方に異を唱えるようになった。
もちろん反対意見を言ってくれるのは悪いことじゃない。
適切な指摘なら俺はそれに従って意見を修正しただろうし、騎士団の風通しを良くするという意味でも、反対意見が出ること自体は望ましかった。
けれど、ガレルスはどうも反対のための反対意見を述べているような、無理のある意見を言い出すことが多かった。
加えて、ガレルスが突っかかる相手は常に俺なのだ。
しかも俺のことを見下したような物言いが目立った。
その頃には、俺もガレルスがどんなやつか気づき始めていた。
ガレルスは、自分より下の立場の人間にはたしかに親切な面もあった。
だけど、それは自分の取り巻きや追従者に対してだけで、自分の気に入らない相手にはどんな冷酷な仕打ちでもした。
さらに、貴族の三男という立場がガレルスの性格を複雑なものにしたのだと思う。
名門の生まれであっても三男であれば、家督は継げず、財産もさして与えられず、子孫はやがて平民と同じ立場へと落ちていくことになる。
そのことが、かえってガレルスに強烈な貴族意識を植え付けたのかもしれない。
平民にもかかわらず副団長だった俺は、ガレルスの格好の攻撃対象になった。
ガレルスは俺を無能だとけなすと同時に、ソフィアやクレオンの優秀さを事あるごとに強調した。
そうすることで俺を追い落とそうとしたのかもしれないが、ソフィアもクレオンもガレルスの主張に賛同せず、俺が副団長で良いと言ってくれていた。
しだいに俺とガレルスの対立は深まっていき、やがて俺はほとんどガレルスの意見に取り合わなくなった。
それでもガレルスは騎士団に必要な存在だった。
熟練の盾役冒険者と比べても、遥かに高い防御の力量をもつ守護戦士だったからだ。
騎士団の防御の要を外すわけにもいかず、俺はガレルスを騎士団から追い出すことをしなかった。
そうこうしているうちに、クレオンが考えを変え、アルテと組んで俺のほうを追放してしまったわけだ。
ガレルスの大剣が俺の宝剣を弾き、俺は体勢を立て直すために飛び退った。
薄くガレルスは嗤った。
「もともとおまえのことは気に食わなかったんだぜ、ソロン」
「べつにガレルスに気に入られたいと思ったことはないね」
「そりゃそうだろうな」
ガレルスの大剣が振り下ろされ、俺を襲う。
なんとか俺はそれをかわし、右から宝剣テトラコルドを一閃させる。
綺麗にガレルスの鎧にあたったはずだが、ほとんどガレルスにダメージは与えられていなかった。
次の瞬間、ふたたびガレルスの剣がこちらに向かってくる。
俺は宝剣を素早く構えて、それを受けたが、大剣の斬撃はかなり重たく響いた。
ガレルスの攻撃を宝剣テトラコルドで受けることも何度かはできると思う。
が、逆にこちらからガレルスの守りを崩す決定打を見つけなければ、ジリ貧だ。
遺跡で得られた古代の重厚な鎧、それに高度な防御系魔法が、ガレルスを守っている。
なんとかしないといけない。
ガレルスは、俺の攻撃では自分の防御を抜けないとタカを括っている。
その油断に付け入る隙がある。
俺は宝剣テトラコルドをやや下げて、「燃えよ」とつぶやき、そこそこの威力の炎魔法を放った。
それがガレルスの鎧に当たるが、もちろん、こんなものではガレルスを倒せない。
「なんだ? 剣で戦うのは諦めたのか? だがそんなろうそくの火みたいな攻撃じゃあ、なんにもならんぜ」
ガレルスは声を上げながらこちらに近づいてくる。
炎魔法を受けても何のダメージもないから、気にもとめずにまっすぐにガレルスは歩いてきた。
俺はそのまま炎魔法を撃ち続けた。
ガレルスの鎧の真ん中を、ぐるりと円を描くように炎魔法を当てていく。
わずかとはいえ、鎧に加熱による跡が残る。
俺の攻撃はさらに続き、炎の跡はさらに広がっていき、円のなかに星形を描いた。
そこで俺は叫んだ。
「フィリア様!」
「了解!」
フィリアが綺麗に通る声で、俺に応じた。
その瞬間、身体に激しく熱いものが流れてくるのを感じる。
魔王の子孫であるフィリアの膨大な魔力。
それを俺は利用し、ガレルスの鎧に描いた魔法陣に流し込んだ。
「なっ……」
ガレルスは慌てて対応しようとしたが、遅い。
魔法陣は発動し、明るく緑に輝き始めた。ガレルスの鎧の防御魔法は消え去ったのだ。
次の瞬間、俺はフィリアの魔力を宝剣テトラコルドにも通し、ガレルスの鎧をめがけて素早く一閃させた。
ガレルスの鎧はあっさりと崩れ去り、ガレルスはがくっと膝をついた。
俺の勝利だ。
フィリアが「やった」と弾んだ声で言うのが聞こえる。
けど、まだ安心できない。
ガレルスの背後にある、魔力吸収装置を奪わないといけない。
これさえなんとかすれば、フローラたちは助かるはずだ。
が、俺の前に突如として一人の少女が立ちはだかり、軍刀を振りかざした。
俺はやむなく宝剣でそれを受け、立ち止まった。
「させませんよ」
少女はにやりと笑った。
軍服を着ていて、灰色の髪を短く切り揃えている。
ガレルス隊の一員のようだ。たしかにガレルスの分隊には軍人出身者も含まれていたと思う。
「ガレルスは一人で戦うと言っていたんだけど、君は俺と戦うつもりなのかな」
「あなたとガレルス殿の戦いに興味はありませんが、しかしあの装置を奪われるのは困りますからね。魔王の復活は軍の悲願ですから」
俺が少女に足止めされているあいだに、ガレルスは立ち上がり、また戦意を回復させたようだった。
そして、ガレルスは憎しみに燃えた瞳で俺を睨んだ。
「つまらない小細工でオレをはめやがったな」
「小細工だろうがなんだろうが、ガレルスは負けたんだよ。さあ、約束を守ってもらおうか」
「約束? ああ、フローラとアルテを解放するって話か。そんなバカげた話、オレが本気で言うわけがないだろうが?」
それはそうだろう。
魔王復活という大きな目的を、俺との賭けに負けたぐらいでやめられるはずがない。
だから、ガレルスを倒した直後に、力づくで魔力吸収装置を奪いたかったのだが、それも無理になった。
ガレルスが声を張り上げた。
「この男ソロンは、逆賊の賢者アルテと占星術師フローラに手を貸す不届き者! 皇女殿下をたぶらかす佞人である! 捕らえろ!」
ガレルスは約束を守らないばかりか、数にものを言わせて俺を捕縛するつもりらしい。
冒険者たちは戸惑った様子だった。
彼らがあまり乗り気でなさそうなのは、目の前の事態が飲み込めていないせいだ。
それに、皇女であるフィリアも明らかに俺の味方をしている。
しかし、それでもガレルス隊の冒険者たちはいち早く俺に剣を向け、杖を構えようとした。
数十人の一流の冒険者相手にこの場を切り抜けることは不可能に思えた。
俺一人ではもちろん、フィリアとリサの力を借りても、どう見ても負けが見えている。
ラスカロスやナーシャたちはどうすればよいか迷っているようだったが、少なくとも積極的に俺の味方をしてはくれなさそうだった。
俺は覚悟を決めた。
もしかしたらガレルスを再起不能に陥らせれば、なんとかなるかもしれない。
包囲された状況では、非現実的だけれど、それでも可能性のある手段にかけるしかない。
それに、たとえ俺が捕らえられても、フィリアにはすぐに危害は及ばないはずだ。
ところが、広間に通じる道の一つから、薄い明かりが輝いた。
なにごとかと冒険者たちは全員そちらを振り返る。
やがて明かりは強くなっていき、冒険者たちがまばゆい光を放つ杖を持ちながら現れた。
先頭に立つのは、バシレウス冒険者団元団長のレティシアだった。
クレオン、ガレルスと並ぶ攻略隊の分隊長で、別の道から遺跡の攻略を進めていたはずだけれど、やっとここまでたどり着いたみたいだった。
レティシアは長身のすらりとした美人で、自慢の茶色の髪をかきあげて周りを見回した。
のんびりとした声で彼女は言う。
「遺跡の最後の敵と戦うのには間に合ったかな? いやはや、遅くなってすまない。代わりと言ってはなんだか、とても頼りになる味方を連れてきたから許してくれ」
レティシアの言葉と同時に、道の暗がりから二人の魔術師が現れた。
一人は朱色の髪に真紅の瞳が美しい若い女性だった。
俺は驚いた。
俺の師匠の「真紅のルーシィ」がどうしてレティシアと一緒にいるんだろう。
ルーシィは俺の目を見ると、くすっと笑った。
そして、もうひとりは金色の髪と翡翠色の瞳を持つ少女だった。
「ソロンくん。……無事で良かったよ」
純白の修道服のソフィアは胸に手を当てて、ほっと息をついていた。






