11話 友達は土下座で作るもの
「ザストから聞いたけどレイン、君も戦闘訓練に出るみたいだね」
アリシエールをチームへ引き入れると決めた翌朝、レインとザストはいつもより早く食堂で朝食を取っていた。
それに付き合っているグレイから、嬉々とした様子でレインは尋ねられた。
「みたいだね。昨日寮で誘った時には既にザスト君のチームだって言われちゃったし」
「へへ、こういうのは早い者勝ちなんだぜ」
同じくレインたちに付き合ってくれているテータが落胆した姿を見せるが、レインは最初に声を掛けてくれたのがザストで心底ホッとしている。
先にテータに誘われていたら、レインはその理由を聞いて丁寧に断っていただろう。そうなれば、ザストの誘いも受け入れることはできなかった。仮にザストを受け入れていたとしても、テータとの軋轢は避けられないだろう。
だがそれも過ぎた話である。今はザストが言った早い者勝ちという言葉に乗っかることにする。
「しかし不思議なものだ。Bクラスの成績最下位である君に二人からアプローチが来るなんてね」
優雅にカップの紅茶を嗜みながら、微笑みを見せるグレイ。その姿は、容姿も相まって一枚の絵として完成されていた。
「レイン君がただの最下位ならね。あの模擬戦を見て何も気付けないんじゃ、そこまでの人間ってことなんだろうけど」
珍しく辛辣な言い回しをするテータ。その言動の原因は、おそらくBクラスの生徒たちだろう。
昨日、テータに断りを入れてから聞いた話だが、戦闘訓練の説明を受けてから教室に戻ったテータは、待機していた生徒たちに自分をチームに入れるよう言い寄られていたらしい。
友人の多いテータだからこその悩みとも言えるが、意外と淡白な性格のテータは、その騒々しさをうんざりそうにレインに語っていた。
一旦人選は保留にしているようなので、学院に行って再度囲まれることを考えれば、テータが愚痴気味に話すのは十分に納得できた。
そうであるなら、テータの人選が終わる前にレインたちもやることをやらなくてはならない。
「カスティール君、行こう」
「だな」
「もう行くのか。そういえば君たちが朝食を早めた理由をまだ聞いていなかったな」
レインの合図で立ち上がった二人を見て、その理由を尋ねるグレイ。
その問いに、レインが答える前に満面の笑みでザストが言った。
「お姫様を勧誘しに行くのさ」
―*―
「いやあめっちゃ緊張するな、断られたらどうしよう」
「その時はしょうがないにせよ、さっき言ったこと本当にやるのか?」
教室へ向かう廊下を歩きながら、不安を募らせるザストと不穏を募らせるレイン。
特にレインは、先程ザストに言われた交渉手段に全く共感できず、ある意味ザストより不安がっていた。
「当たり前だろ、俺たちのような犯罪者同然の生き物にはこれしかねえ」
「友達がいないって犯罪なのか……」
しかしザストの真剣な表情を見て、やらないという選択肢がないことを悟るレイン。
せめてアリシエールがいなければという淡い期待に賭けてみたが、朝礼から一時間近くあるにも関わらず、目的の人物は読書に勤しんでいた。
「アリシエールさんおはよう、今日も早いね!」
「あっ、カスティールさんにクレストさん、おはようございます!」
ザストが声をかけると、嬉しそうに挨拶を返してくれるアリシエール。初めて教室で会った時のことを考えると、大きな進歩である。
「アリシエールさん、実はお願いがあるんだけどさ」
「お願い、ですか?」
一呼吸さえ置くことなく本題へ入るザスト。
教室に他の生徒がいないことが不幸中の幸いだが、ここまで後に引き返すことはできないだろう。
レインも覚悟を決め、キョトンとしているアリシエールの前にザストと一緒に並ぶ。
――そして、腰を落として膝をつき、頭を床に擦り付けた。
「俺たちと一緒に戦闘訓練に出てくれませんか!」
レインとザストは、アリシエールに向けて土下座を行った。ザストが決めた、最上級の頼み方である。
「えっ、あの、えっ?」
言わずもがな、アリシエールは混乱していた。無理もない、目の前の同級生が唐突に土下座を始めて冷静でいられる方が異常である。
とはいえ二人も、一度下げた頭を容易く上げることはできない。この行動を選択した以上、何かしら返答をもらうことは大前提なのである。
卑怯とレッテルを貼られようとも、この体勢を崩さずにいようと決めていたレインとザストだったが、
「あの、その、謝りますので、顔を上げてください……」
――――アリシエールの涙混じりの声が響き、あっさりと信念を潰されてしまうのであった。
―*―
「すみません、お見苦しいところをお見せして」
「こちらこそ、本当に見苦しいものを見せて申し訳ない」
「右に同じです……」
目元を拭いながら何故か謝罪するアリシエールと、それ以上に気持ちを込めて謝罪する馬鹿二人。交互に頭を下げる姿は、端から見れば滑稽な光景だろう。
「えっと、それで、本題についてなんですが」
完全に泣き止んだアリシエールが、言葉を選ぶように話し始める。
一方レインとザストは、すでに断られるつもりで話を聞いていた。とてもじゃないが、あの状況から了承を得られる展開を全く想定できなかった。
「……その、私に務まるでしょうか、正直全然自信がなくて……」
――――だからこそ、戦闘訓練に肯定的なアリシエールの言葉に、二人は反応が遅れてしまった。
「私、クレストさんから助言をいただく前は、本当にダメダメだったんです。今だって回数をこなすのに必死で。そんな私が、お二人のお役に立てる気がしないんです」
前向きの検討したいからこそ、隠しきれない弱気な本音。アリシエールは、正直な思いをレインとザストにぶつけていた。
「大丈夫」
それに答えたのは、実技の授業でずっとペアを組んできたレインだった。
「自信がないのは仕方ないんだ。俺だってそうだし、カスティール君だってそうだと思う。Aクラスの生徒と戦うんだ、空回り気味に自信を振りかざす方がよっぽど信用できない。だからさ、俺たちはこれから自信をつけていけばいいんだ。協力して、チームプレイ磨いて、そうしてできた自信なら、俺は何よりそれを信頼できる」
「クレストさん……」
「へへ、だな」
レインの主張に続くように、ザストもまた思いを口にする。
「正直俺は、今回のルールなら勝てるかもって思ってやる気出した現金人間だけど、それでもチーム作りの方針は変わってない。強い人と組むんじゃなくて、組みたい人と組む。俺もレインも、アリシエールさんとチームになりたいんだ」
二人の気持ちを耳にして、再度涙ぐんでしまうアリシエール。弱気な自分を支えてくれる温かい言葉に、堪えることができなかった。
ここまで言ってもらえて、アリシエールも前向きに決意する。レインとザストには特にお世話になっているし、断る理由など一つもない。
自信はまだ芽生えないが、レインの言葉通り、これからゆっくり培っていけばいい。
「はい、分かりました。私でよければ、ぜひ!」
アリシエールの返事を聞き、レインとザストは顔を見合わせ、互いに微笑んだ。当初の土下座計画からは大きく逸れたが、結果はオーライである。ザストのチームが、今ここに完成した。
「終礼後、早速作戦会議な。参謀の意見も聞きたいところだし」
「参謀って俺か?」
「レイン以外にいるわけないだろ、ねえアリシエールさん?」
「クレストさんは博識ですので、お似合いだと思います」
「……」
二人の同調を受け、言葉に詰まってしまうレイン。ザストだけならいかようにも対応出来るが、アリシエールに肯定されると強く言えなくなってしまう。
「……分かった。その時までに何か考えとく」
「さすが、もちろん俺も考えるから、良い案あったら拾ってくれ!」
「あっ、私も考えます! チームの一員ですから!」
楽しそうに自分に続く二人を見て、微笑ましくなるレイン。
参謀は大袈裟だが、元々戦い方は考えるつもりだったので、正直ザストの振りは助かっていた。
勝利よりチームを優先するザストとアリシエールには伝えられないが、今回も模擬戦と何ら変わりはない。
個人戦だろうがチーム戦だろうが――――レイン・クレストは決して負ける訳にはいかない。




