1話 幕開け
今回はプロローグ・1話を合わせて投稿しています。先にプロローグをどうぞ。
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アテネはグリフィンを振るう。
風が巻き起こり、鎌鼬という形を伴って向かいにいる魔法少女へ解き放たれる。空気を切り裂き亜音速で襲い掛かる鎌鼬をその黄衣の魔法少女は手をかざして消滅させた。
「あははははは、そんな程度でわたしを止められると思ったのかなぁ!?」
どこか箍の外れ理性をかなぐり捨てたような声を聞いて、アテネは唇を噛み締める。
煌めかしく美しいプラチナブロンドの髪を靡かせてホワイトオニキスのような瞳でアテネのことを見つめてくる、ボロボロの黄色い布を張り合わせたような服と呼べるかわからない歪な布きれを纏った魔法少女:神崎神影。
「逃げ回ることは短絡的な行動だってことを教えてあげよう! きみには簡素で質素な死亡通告を送ろうじゃないか、『放射』! 『放射』!! 『放射』『放射』『放射』『放射』ォ!!!」
神影の手の先から無色の魔力が放たれアテネの体に殺到する。アテネは加速魔法を後方に向かって発動させ緊急回避を行うと、アテネがいた場所の空間が歪みそこにあったものを消し去る魔法が発動する。それは一か所にとどまらず7か所にわたって同時に行われた。
「あはははあ! やぱりだねぇ! 楽しいねぇ!」
「くっ! 南方の風よ、吹き荒れろ。『灼熱の烈風』!」
アテネはグリフィンを持たない左手を開き、そこから灼熱の風を吹き出す。その風は渦巻きながら神影へ襲い掛かる。
「あまいあまいあまい!! そんな魔法じゃあ私を傷つけるなんてまだまだなんだよ! 慈悲たる心にて、我を守れ! 『全方位放射』ォ!!」
神影の体から無色の光が全方位へ伸びて灼熱の竜巻を一瞬にして蹴散らしてしまう。
「なんで、こんなことになっているんだか……!」
アテネはぎゅっとグリフィンを握り締めながらこうなった経緯を思い出した。
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9月。夏休みが終わったもののまだ夏の暑さを残している時期。
アテネ達はへばりつくような暑さに体に怠さを残しながら、学校に通う。
学園は夏休みの間に改修工事が行われ、以前の校舎へ綺麗に直された。まるであの事件がなかったかのようにすっぱりと。しかし生徒たちの心にはあの日の出来事がこびりついていた。異形の姿をした鬼が襲い掛かってくる光景がいくら記憶を改ざんされたとはいえ生徒たちの心を蝕む。桐陵学園では専門のカウンセラーを何人も配置し生徒のメンタルケアに努めている。
そんな中で始まった夏休み明けの登校日。
うだるような暑さを残しながらも太陽は燦々と輝き、夏休み呆けの生徒たちを容赦なく照らす。
アテネと真理はそんな中でも気丈に学園にたどり着いた。
アテネと真理は夏休みの間、休みを謳歌しながらも鬼狩りに精を出していた。『鬼狩り』の称号を持つ竜崎アテネ、その特殊な力を扱う真理の前では鬼はただ狩りの対象だった。例え、強力な鬼でも真理が攻撃を受け止めその間にアテネが強化をし終え突撃すれば大概は終わりだった。さすが七つの大罪と戦っただけあって、街をうろつく鬼程度ではアテネ達の敵ではなかった。何体も鬼を狩る内にアテネ達は有名になっていった。まさしく『鬼狩り』として。
「暑いわね」
「そうだね」
二人はまだ始業のベルが鳴らない教室で窓辺に腰かけながら教室の様子を見ていた。何人かは肌を小麦色にしてそれを自慢していた。彼氏ができた彼女ができただの話を講じる者もいる。ただ暑さにうだり体を机に横たえて先生が来るのをただ待ち続けている生徒もいた。
そんな中、アテネと真理は自分の椅子には座らず窓辺にいた。その隣には安部大輔と柴早苗が同じように窓辺に寄りかかっていた。二人の関係はこの夏休みの間に少し変化を見せた。今までただの幼馴染で、安部からするとお節介な世話焼きな幼馴染で鬼を前にすれば支援しなければならない対象という位置づけでしかなかった。それが今では……
「なぁ、頼むよ」
「だーめ」
「そこのところをなんとか!」
「ダメよ、大輔が何と言ってもダメはダメよ」
「この通りだ、頼む!」
「土下座したって……ん、わかったわ、私の言うことを聞いてくれたら考えてあげるわ」
「それはホントか! ありがたやーありがたやー」
「……ふぅ、仕方ないわね。今回だけなんだからね、もう今月使えるお金少ないんだから」
「よっしゃー! これで『紳士と幼女の七日間』が買える! 早苗、いや早苗様だな、本当にありがとうございます」
二人の関係はたしかに変わった。秘密を共有するちょっと変わった幼馴染という関係から、財布を握られた夫と財布管理をする妻のような熟年夫婦の関係になっていた。大輔は早苗の協力者として武器である霊符を消費する。この霊符は自作できるものだが、その材料費にお金が取られる。その上、自分の趣味にまでお金を使っているのだからあっという間に財布が空になってしまう。早苗と共に鬼を倒しているためバイトをする時間もない。そんな大輔は早苗にちょくちょくお金を借りていたのだった。今ではすっかり早苗は大輔の親から直々に財布管理を頼まれているのだった。早苗はそれをため息混じりに受け入れた。何はともあれ幼馴染という立場から少しは前進したと思いながら。
「大輔、夏休み明けでも相変わらずだな」
そんな大輔に話しかける真理。
「いやいや、それほどでも。こればっかりは譲れないものだからな。『紳士と幼女の七日間』は神ゲーの予感がしているんだ。真理は……ってもうやらないか」
「最近は、な。アテネがいるし」
「へっ、彼女な。まったく羨ましくもないね」
大輔は手を横に振りながらポケットから一枚のハンカチを取り出す。白地にハンカチ一面にロリロリとした少女がSDキャラとして描かれたハンカチだ。まさしく大輔らしいといえるハンカチだ。そのハンカチを4面に折りたたんだ状態で汗ばんだ額を拭った。
「まったく、暑いな」
「あぁ、そうだな。うだるような暑さだ」
大輔は一頻りハンカチで汗を拭うと、懐から手帳を取り出し早苗から許可してもらったお金を算段に入れてスケジュールとメモを見始めた。大輔の頭の中では趣味と鬼退治と早苗の用事がぐるぐると回っているのだった。
真理がふと早苗を見れば、窓辺に腰かけ学級委員としてクラスの様子を眺めながら、頭の中は大輔に何を頼もうかとあれこれ考えを巡らせていた。ある意味で大輔と早苗はお似合いだった、妄想を膨らませるという意味で。
真理は早苗から目を離し、再びアテネを見た。すると同時にアテネが真理を見た。二人はふふと顔を綻ばせ、何気ないことだったが笑いあった。見ている人がいればほとんどが恋人同士だとすぐにわかるこの仕草。幸いなことに誰も邪魔する人はいなかった。
小林レオや三条詩織は、そんな二人をそっと見守るように遠巻きに見ているだけだった。鏡袷魅羅にしても近くにいる詩織と共に遠巻きに眺めているだけだった。
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そんな風にして幾日も過ぎていった。
アテネと真理は学園では学生として勉学に勤しみ、放課後には鬼狩りを行う。
そんな毎日を過ごしていたある日、ホームルームの時間に担任である福井先生がこんなことを言った。
「あぁ、今月末には体育祭があるな。それに従って体育祭までの期間は体育の授業はその準備となる。高校生活最後の体育祭となるのだから頑張れよ」
そう、この桐陵学園では進学校であるため、体育祭は1年生・2年生が参加する。3年生は大学受験のために体育祭はない。そのため2年生が主役となるのだ。
「それと、最近妙な事件が増えているらしいな。なんでも突然物が爆発したり地面がえぐられたり、な。そういったものを見つけたらすぐに警察か学園に連絡するように。けしてそれを探ったりしないようにな。変な事件に巻き込まれないように。以上」
どんと足を踏み出し、ホームルームの終了を告げる福井先生。
その最後の言葉にアテネは疑問を持った。
“突然物が爆発したり地面がえぐられたり……? どういったことかしら”
その答えはすぐに明かされることになるのだった。
放課後、アテネはいつものように真理と連れ立って帰途に着く。周りに同じような帰宅途中の生徒たちがいるからこそさすがに手を繋いだりはしないが、肩を寄せ合うようにして歩く。その様子を見て中には舌打ちをする生徒もいるが、アテネは気にしない。安心して真理の隣にいられるこの時間が大事だったからだ。
二人はそのまま道を進み、家の近くの公園を抜けようと足を進めた。
そんな中、影が蠢く。
二人の前に突如一人の少女が姿を現す。
腰辺りまで自由乱雑に伸ばした艶やかで美しい烏の濡れ羽色の髪。あどけなさを残しつつもどこか狂気を隠し持つ表情。混じり気の無い黒色で、オニキスのような瞳。雪のように真っ白でどこか病的にまで見える純白の肌。素材そのものとは対照的に服装はいたって地味だった。簡素な水色のブラウスに少し色を濃くしたスカートが無造作に体に纏わりつき、足元には真っ黒いスニーカーが履かれていた。年齢はアテネ達と同じぐらいだろうか。もしかしたら下かもしれない。
そんな少女の目は爛々と輝き、両手が開かれた。
「君たちが、りゅうさきあてねとじんないしんりだね? 合ってるよね?」
その透き通った言葉に二人はどこか危機感を感じながら、こくんと頷いた。
「よかったよかった。それならさ」
少女はそう言い、指をぱちんと打ち鳴らした。
「戦おうよ」
少女の姿は一瞬にして変わり、煌めかしく美しいプラチナブロンドの髪を靡かせ同色の瞳をこちらに向ける姿へ変貌した。瞳は先ほどのと違い秘められた狂気が前面に押し出され、どこか退廃的な色を持っていた。服はボロボロの黄色い布を張り合わせたような歪なものになっており、素肌が容易に露出するものだった。
「さぁ、君たちは私を楽しませてくれる?」
少女は歪んだ笑みを張り付けてそう言った。
今回はちょうど100話目でした。ここまで来たか、という感じですね。読んでいただいている方々に楽しんでもらえるような作品を目指して頑張ります。この作品と合わせて、新たに書き直している『鬼狩りの魔法少女』もお楽しみください。
次回は5月11日0時を予定しています。
次回は水深無限風呂さんより頂いた小話を掲載するので、2話同時更新となります。ご了承ください。




