29話 イグニッション
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高校3年の教室にて。
ほむらとあかりは走っていた。
1年前と同じように鬼達を倒しながら前へ前へ突き進んでいく。
教室を飛び出した時にはどこからか現れた餓鬼の集団に属する鬼達がちらりほらりと徘徊していた。
餓鬼は『聖域』を発動すると同時にいくつか転移門を開き配下の者を招き入れた。それは餓鬼にとって自らの戦力を上げるためではなく、ただの戯れ。気まぐれでしかないその行動は、確実に桐陵学園にいる生徒たちを恐怖に陥れた。見るからに異形の者、圧倒的な破壊力、そして自らに忍び寄る死の影。それらは生徒たちに恐怖と怯えを与えるには十分だった。恐怖しない者たちは、魔法少女か、能力者、そしてそれ以外でその両方をよく知る者のみに限られた。
「お主は魔法少女だな」
ほむら達の前を遮るのは、着物を着崩した一人の侍姿の男だった。藍染の白くかすれ柄を入れてある羽織に鼠色の袴を鬱陶しそうに身に着けたその男は、腰に下げてある一振りの黒光りする刀に手をやったまま高圧な物言いでほむら達へ話しかけてきたのだった。
「我が名は羅刹。その命貰い受けたもう」
「あぁ、もう。めんどくさい。あかり、下がってて」
「うん、気を付けてね」
あかりがほむらの後ろへ下がったのを確認して、ほむらは羅刹に目をやりながら拳に火を灯した。
「我に力を貸せ、『蒼炎』」
「ほほぅ、武器はそれか。いざ参る」
羅刹は面白そうなものをみた表情を浮かべ、姿を消した。刹那、ほむらを斬撃が襲い掛かった!
「はぁ!」
ガキーン、と甲高い音を立てて蒼い炎を纏う拳と銀色に光る刃がぶつかり合った。互いに押し合い拮抗状態を生み出した。
「ほぅ、我が刃を凌ぐか」
「『爆ぜろ』」
ほむらは自らの拳でつばぜり合いする羅刹目掛けて至近距離で魔法を放った、自らも巻き込む爆発魔法を。
「おおぅ」
「ちっ」
爆発魔法が炸裂する直前に羅刹は回避行動に移し、直撃を免れた。表皮を焦がしただけの羅刹は笑いながら刀を振るった。
それをほむらは蒼炎を纏わせた両手で防ぐ。
「ふむ、それだけか? つまらん」
そう羅悦は呟くと、一歩下がり近くに現れた哀れな犬の鬼を一刀両断した。見事頭から尻尾まで一直線に切られたその鬼は何が起きたか理解することなく地面に倒れた。羅刹は今しがた他の鬼を切った刀を口元に寄せてぺろりと舐め上げた。
「我は血に飢えているのでな」
羅刹はそう言い、瞬時にほむらの前に現れた。
「汝の血を早く見たくて堪らない」
「私はそんなことさせるつもりは全くないわよ」
ほむらは拳打を羅刹へ浴びせるが、全て刀によって防がれた。
(このままではジリ貧か……)
ほむらは斬撃と拳打の応酬の中、どうやって羅刹を倒すか思考を重ねる。ほむらは法具を持たない。魔法少女の中で法具を持たない理由は大きく2つある。一つは魔法少女初心者であるが故に法具を手に入れたことがない場合。もう一つは魔力を流すことにより形を成す法具よりも強力な攻撃手段を持っていて、法具と相性が悪い場合。ほむらは後者であった。ほむらの魔力はどうも安定せず、法具を使えば一回で壊してしまうのだった。法具を扱うには安定した魔力を送り込むことが重要で、より強い法具であるほどその魔力制御の難度は上がる。ほむらはどんなに簡単な法具でさえも適合しなかった。それが故にほむらは法具を持たない。ほむらの武器は炎だ。直接的な武器としては、炎を纏わせた拳と作り出した炎剣と『火炎処女』だ。
「ほむらちゃん、頑張って!」
「……うん」
あかりの声援を受け、ほむらは思考を纏め上げにやりと笑みを浮かべた。
「なかなか頑丈だな」
「それはどうも」
ほむらは振りかぶられた刀の刃を受け止めるのではなく、握りしめた。
刃が手に刺さり、血がにじむ。刃物を掴むことによる痛みがあるが、それでもほむらは手を離さなかった。
「それで我が攻撃を止めたと思っているのか?」
「えぇ、そうよ。これで終わりにしましょう」
ほむらはそのまま刃を握りしめ、魔力を流し込む!
「過剰稼働。燃え上がれっ!」
ほむらの手に纏わりつく蒼炎は魔力に反応してその勢いを増していく。それと同時に羅刹の握る刀は炎の勢いに負けその形状を歪ませていく。いくら魔力で構成されている刀だとはいえ、鉄の性質を表すが故に燃え盛る炎の前では溶けていくことを止めることはできなかった。
「なっ、なんだと」
ほむらの蒼炎は刀だけで飽き足らず、羅刹の体までも燃やし始めた。
「くそっ!」
羅刹は舌打ちをして後ろへ飛び下がるものの一度ついた蒼炎は羅刹の体を舐めるように纏わりついた。
「燃え尽きなさい」
「な、なんだこれは……!」
羅刹が纏わりつく炎を払おうと全力で魔力でガードしても、まったく効果がないことに驚愕の声を漏らした。
「その炎は私の意志。あなたなんかが消せるものじゃないわ」
「くぅっそったれがあああ!」
羅刹は火に身を焼かれ熱さと痛みを身に感じながら、死に物狂いで新たな刀を作り出しほむらへ振るう。
しかし、先ほどまでの攻撃と違い冷静さを失った羅刹の攻撃は容易く躱された。
「これでお終い」
「がああああああああああああああ!」
蒼い炎に包まれて羅刹の体は焼き焦がされる。羅刹はその場から動くことができずにただその身に炎を受けるしかできなかった。
やがて、羅刹の体は焼き尽くされ、炎と共に消滅した。
「ふぅ」
「お疲れ、ほむらちゃん。怪我はない?」
「うん、大丈夫よ」
ほむらは傷一つない手であかりの手を包んだ。
ほむらの『蒼炎』は小さな怪我であれば瞬時に回復させる効果がある。羅刹の刃を掴んだときにできた傷も蒼炎が瞬時に元通りにしたのだった。
攻防優れた能力、それが『蒼炎』の特徴だった。
「それじゃ、先に進もっ! 向こうから何か嫌な感じがするの」
「えぇ、そうね。おそらく先にいるはずの餓鬼を倒さなければ……」
ほむらとあかりは先へ進んだ。
先に潜む闇をものともせずに、ただ少女達は希望と想いを胸に前へ進む。
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麗奈は教室を飛び出し鬼が屯する中へ分け入った。
突如現れた結界に、頭の中に鳴り響いた学園長の声。それに加え宝玉にいくつも反応を現れ、麗奈は途轍もない危機感を感じていた。
異形な存在である鬼達が突如として現れ生徒たちがそれに怯える中、麗奈は教室を飛び出した。
教室を飛び出した麗奈は魔法少女のコスチュームである紫色のメイド服に変身し、両手にずっしりと確かな重みを感じた。
麗奈は右左と辺りを見渡し、確実に鬼が増えていくのを目の当たりにした。麗奈から見て右の奥から鬼達がわらわらと現れてくるのが確認できた。麗奈はその方向へ足を向けた。
「『装填』『魔法の弾丸』!」
麗奈は2丁の拳銃を胸の前でクロスさせて銃口がぶれないように構えながらトリガーを引いた。
ダンダン、と破裂音を鳴り響かせて2つの弾丸が、無防備に壁を蹴りつけていた馬と鹿の姿をした2体の鬼の頭を撃ち抜いた。それを麗奈は何も感じることなく次の標的を探した。
「あらっ」
麗奈の視線の先には2人の魔法少女がいた。
一人は陰陽師のような姿をしており、もう一人はチャイナドレスを着ていた。千光士十音と八塚二葉だった。
その少女達の前には、大きな樹木の鬼が枝を振るいながら暴れていた。中にある本体を包むようにしていくつかの樹木が重なり合ってその形を成していた。その鬼の名前は樹中住といった。体からはいくつもの枝を張り出し、それを器用に手のように動かしていた。
「うぅーめんどくさい」
「仕方ないよ、私たちじゃ相性良くないし……」
「とりあえず鎖で縛ってるけど、どのくらい持つかわからないよ」
「殴っても殴っても、殴った先から再生するから埒が明かないんだよね……どうしよう」
二人は樹中住を前にして攻めあぐねていた。十音は鎖を、二葉はモーニングスターを主武器としていたが、どちらも樹中住には有効打を与えられずにいた。
「……」
麗奈はその二人に近づいていった。
「う? 君は……?」
「君も魔法少女?」
「えぇ、あなたたちも魔法少女、だよね」
麗奈はその場に十音の鎖で縛り付けられている樹中住を警戒しながら二人の近くへ寄った。
「私の名前は八塚二葉だよ、1年2組なんだ」
「私は千光士十音です、二葉ちゃんと同じく2組です」
「そう、二葉ちゃんと十音ちゃんね。私は錦城麗奈。私は3組よ」
一通り自己紹介したところで、麗奈は樹中住へ2丁の拳銃を向けた。
「さて、一先ずこいつを倒してしまいしょ」
麗奈がそう言うと二葉が手振り身振りで樹中住に有効打が与えられないことを説明した。
それを聞き麗奈はこくんと頷いた。
「わかった、それなら私が突破口開くからその後に続いてくれるかな」
「うん、いいよ」
そんな中、樹中住がくぐもった悲鳴を上げながら体から伸びる枯れ細った枝を振り回して暴れた。
「行くよ、『イグニッション』!」
麗奈はそのキーワードを呟き、麗奈の手にある2丁の拳銃はがしゃがしゃんと形を変形させ一つの大砲へ姿を変えた。
「セーフティ解除」
拳銃が姿を変えた大砲はがごんと音を立てて熱を発し始め、それに合わせて大砲が薄赤く色づき始めた。その大きな銃口は樹中住へ狙いを定めたまま魔力を集中させていく。
「おおおーん」
樹中住はその魔力の動きに反応し体に巻きつく鎖を引き剥がして攻めに移ろうとする。
「出力120%。……150%!」
樹中住が暴れ出そうとするのを十音が鎖を走らせ、二葉はモーニングスターを振るい枝へ打ち付けて動きを阻害した。
「臨界突破、200%! 二人とも離れて! 『イグニションブラスト』!」
麗奈の大砲は集めた魔力をビームとして樹中住へ吐き出した。真っ白の光の帯はまっすぐ樹中住へ伸びてその樹皮を焼き切った。
「おおおおおおおおおおおおおおおおぁん!」
樹中住は苦悶の叫びをあげる。体のど真ん中を撃ち抜かれた樹中住は再生しようとするがあまりに焼き切られた部分がそこへ二葉がモーニングスターを振りかぶった。
「喰らえ! 『流星弾』!」
二葉のモーニングスターの先端についている棘々の鉄球がモーニングスターから分離して樹中住の弱った体を穿った。
「『縛鎖縛陣』!」
十音が鎖を投げつけ樹中住の体を締め上げ、抵抗を物ともせずに細かい枝をへし折った。
3人の魔法少女から攻撃を喰らい、やがて樹中住は力尽きた。
「ふぅ、なんとか勝ったわね」
「うん、ありがと。麗奈ちゃん」
「助かったよ」
「どういたしまして、二人とも。さぁ、まだまだ鬼はいるから頑張らなきゃね」
3人は新たな鬼を探して先へ進んだ。




