閑話:初恋
昨日は記念投稿で二話投稿しています。
打って変わって軽い閑話です。
もちろん読まなくても本編には関係ありません。
「はぁ・・・」
「どうしたんだよチャム、またいつものか。」
「なんだよ、いつものって。ちょっと考え事をしていただけだ。」
ギルドの朝の配達を終えて休憩場所でゆっくりしていると、同じ準会員のバルに声をかけられた。
「最近気づくとため息ついてんぞ。なんか悩みがあったら先生に相談したらどうだ?」
「先生にかー。」
先生というのはこの朝の仕事を教えてくれたタイチという冒険者だ。15歳らしいがもっと若く見え、しかし考え方が妙に大人びている不思議な人だ。
いろいろなことを知っているので困ったら相談に乗ってもらっている。最近は文字の読み書きを習っているので本当に先生みたいだ。
「先生にも相談しにくいんだよな。」
「まあ何なのかよくわからんが、あんまりため息ついてると幸せが逃げるぞ。」
「なんかバル、おばあちゃんみたいだな。」
「うるせえ、心配してやってんだからありがたく思え。」
「おう。」
そろそろギルドの忙しくなる時間なので別れる。準会員の俺達にはあまりいて好ましい時間帯ではない。冒険者がたくさんいてピリピリしているからだ。
準会員と言っても俺も先ほどのバルもあと数か月で会員になれる。しかもギルドからの信頼も厚い。日ごろ真面目に依頼をこなしている成果だ。
冒険者として今のところ悩んでいることはない。今悩んでいるのはそう、恋の話だ。
彼女とは商店街で出会った。ホビーホースに乗っていた彼女が倒れた時に俺が助けてあげたのだ。
立つのを手を取って手伝ってやり「ありがとう」と微笑まれたとき俺は恋に落ちた。一目ぼれだった。ちょっとずんぐりとした体型であったが、大人びた顔だち、そして恥ずかし気な笑顔すべてが最高だった。
彼女と話したいがためにホビーホースに乗り、そこから会話を広げようとした。緊張して無理だったが。
彼女は道具屋にホビーホースを置くと帰ってしまった。
そして彼女を見送ってから気づいた。名前さえ聞けていなかったことに。
「はぁ・・・」
家に帰る道を歩きながら大きなため息をつく。
あれから彼女のことを一度も見ていない。どこかのお屋敷にでも勤めているのかもしれない。
会えないと思うから余計に苦しくなり、余計に会いたくなる。
どうしたらいいんだろう、ここ数日こんな堂々巡りを続けている。
「ねえ、何か悩みがあるんだって?」
今日の文字の読み書きの勉強は俺だけだ。週に1回1時間くらいしかないし、用事があるときは来なくてもいい。あくまで先生が図書室にいるときについでに見てもらっているだけだからだ。
「えっと、どこでその話を。」
「昨日バルとばったり会ってね。そのときに悩んでるって聞いた。」
なんとなくバルがグッと親指を立てたポーズで笑っている映像が流れたので後で殴っておこう。
仕方がない。恥ずかしいが相談してみよう。先生なら何かいいアドバイスがもらえるかもしれない。
「そんな感じで名前もわからないんですが、一目ぼれしちゃったんです。こういう場合はどうしたらいいんですか?」
出会いから今までを簡単に先生に教えた。先生は難しい顔をしてぶつぶつ何か言っている。
「・・・年齢的にはいいのか。しかし数年たつと・・・うーん。」
すごく真剣な表情だ。俺のためにここまで親身になってくれるなんてやっぱり先生はいい人だ。
「それで、チャムはもし会えるとしたらどうしたい?」
「会って、今度こそ名前を聞いて、もし恋人がいないなら付き合ってって告白したい。」
「もしかしたら思ったような人ではないかもしれないよ。それでもいいのかい?」
「ああ、このままうじうじと悩むよりは告白でもして玉砕した方がましだ。」
俺の言葉を聞いてまた先生が考え始める。しばらくして先生は爆弾を落とした。
「たぶん、チャムの好きな人は私の知り合いだと思う。」
心臓が止まるかと思った。
「本当か!!それで会うことはできるのか!?恋人はいるのか!?」
「落ち着いて・・・。会う約束は出来ると思うけど一度彼女に聞いてみる。恋人は聞いたことが無いからいないんじゃないかな。」
よっしゃー。やっぱり先生に相談してよかった。バルを殴るときは手加減してやろう。
「いつ会える?」
「とりあえず聞いてみるから来週に結果を報告するよ。」
それからの1週間は長かった。早く時間がすぎないかとずっとワクワクしていた。朝の依頼でバルに会った時に手加減して左手で全力で殴った。バルはうずくまって喜んでいた。
そして1週間後、先生が彼女を連れてきた。再開した彼女はやはりかわいく、そして美しかった。
「チャム連れてきたよ。」
「・・・」
話したいことをこの1週間考えてきたはずだったのに頭が真っ白になって何も話せない。
「おーい、チャムー。」
「はっ、久しぶり。この前は自己紹介出来なかったけどチャムです。今準ギルド会員で先生にいろいろ教えてもらっています。」
挨拶は大事だ。先生との関係も説明したし不審には思われないだろう。
「ご紹介どうも。ワクコーリアルよ。最初に言っておくけれど私は23歳よ。」
「ちょっと、ワクコ。もうちょっとソフトに伝えてよ。」
「いいのよ。こういうのは最初からはっきりしておかないと面倒なの。」
えっ、23歳ってあの23歳だよな。12も年上なのか。でも見た目大人には見えないぞ。
「あー、チャム。ワクコの言っていることは本当だ。ワクコはドワーフなんだ。」
「ドワーフって・・・あのドワーフですか?」
「チャムがどんなドワーフを想像したかはわからないが、鍛冶をしている人が多いドワーフだな。」
想像したドワーフはたまに依頼で掃除に行くドワーフの夫妻だ。背は低いがちゃんと年相応に見えた。
「ドワーフは30くらいまではこんな感じらしいぞ。」
「なによ、こんな感じって!!」
「はぁ。」
驚きで言葉も出ない。
「というわけだから付き合うなんて無理でしょ。まあ次のいい恋でも探しなさい。」
ワクコーリアルさんが用は終わったとばかりに帰ろうとする。その後姿を見て猛烈に悲しくなる。このままでいい訳がない。
「ちょっと待ってください。俺は年齢とか関係なくワクコーリアルさんに一目ぼれしたんです。絶対にワクコーリアルさんと釣り合う男になって見せますから付き合ってください。」
言った。言ってしまった。でも後悔はない。この思いだけは本当だ。
先生はちょっと驚いた顔をしている。ワクコーリアルさんはちょっと微笑んで嬉しそうだ。
「ありがとう。でもチャム君はこれからいろいろな人に会っていくわ。その中であなたも成長すると思うし、好みも変わるかもしれない。新しい出会いがあるかもしれないしね。そうね、5年後あなたがまだ私のことを好きだと思ったならもう一度告白してみなさい。その時はちゃんと正面からあなたの言葉を受け止めるわ。」
「ありがとうございます、ワクコーリアルさん」
「ワクコでいいわよ。じゃあね、チャム君。」
そう言い残しワクコさんは帰っていった。
これから冒険者として頑張っていっぱい成長しよう。5年後、ワクコさんに受け入れてもらえるように。この思いが叶うように。
というわけで本編では名前も出なかったチャム君の話でした。
タイチは意外と先生をちゃんとやっていました。書きませんでしたが。
読んでくださりありがとうございます。




