イーリスの異変(2)
昨日は記念投稿で二話投稿しました。
ご注意ください。
辺りを見渡す。そして気づく。あるべきものが無いことに。そして久しく働いていなかった元冒険者としての勘がうずきだす。
「どうかしましたか?おやっさん。」
動きを止めたケイルに若いきこりが尋ねる。
「カイ、気づかねえか?」
「何にですか?」
「森が静かすぎる。」
冬とは言え森には多くの生き物がいる。虫や鳥やネズミ、草食動物から肉食動物、はては魔物まで。その音がしない。まるで何かに怯えるように。
「嫌な予感がしやがる。カイ、全員を集めろ。準備ができ次第イーリスへ戻る!」
「はい!」
カイが駆け出して行ったのを見ながらケイルがつぶやく。
「当たらなければいいんだがな。」
自身の胸の内で広がっていく嫌な予感がそうはならないと告げているようで、ケイルはいらだちまぎれに斧を振るい、それを受けた1本の木がメリメリという音をたて倒れた。
「準備は出来ているな。急ぐぞ!」
「「「はい、おやっさん。」」」
ケイルのいつもとは違う張りつめた表情にカイを含めた若いきこり3人の顔が強張る。フォレストウルフでさえ軽々と葬るケイルのそんな表情を見るのは初めてだった。今回はベテランのきこりに長期の休みを取らせる間に新人へ仕事を教えるために連れ出しただけだ。カイは新人の兄貴分として手伝いを申し出たので連れてきた。荷物は最低限だし若いから体力もある。
カイを先頭に、ケイルをしんがりにして進んでいく。ケイルの嫌な予感は膨れ上がるばかりだ。
1時間ほど進み、森が小さく見えるぐらいになったころ後方を警戒していたケイルの目に映ったのは森が動く様子だった。いや、正しくは森から出た魔物たちの進行してくる様子だった。
「カイ、警戒しつつ先を急げ!」
カイに指示を飛ばしつつケイルは歯噛みした。平原を埋め尽くさんばかりのこれだけの魔物の気配を感知できなかった自分の衰えに、そしてこのまま進めば街に着く前に追いつかれるとわかってしまったために。
打開策を探しつつ逃げるが状況は良くない。カイの体力は大丈夫そうだが新人2人は厳しそうだ。魔物に追われるプレッシャーが体力を奪っていくのだろう。自分が残り足止めする方法も考えたがあの大群相手ではほぼ意味などないだろう。
打開策を思いつかないまま逃げ続ける。その間にも彼我の距離は短くなっていき、終わりは近づいて来る。
30分ほど逃げ、新人2人の息が上がり始めたころに違和感に気づく。
「なんであいつらは真っ直ぐこちらに向かって来るんだ?」
魔物の大発生は冒険者時代に緊急依頼として受けたことがあった。その時の魔物は放射状にばらばらに散らばり今回のようにまとまったまま一直線にこちらへ向かって来るというような組織だった動きはしていなかったはずだ。それにだんだん見えてきた魔物の集団はいろいろな魔物が混ざっている。それが争いもせずに進むなど今までの経験上ありえない。
「これは、なんとかなるかもしれんな。カイ!街道を外れるぞ。全速力だ!」
「えっ、いいんです・・・、いえ、わかりました。おやっさん。」
カイが街道を外れ草原を突っ切っていく。予想が正しければこれで逃げ切れる可能性がある。どちらにしろこのまま逃げていたのでは無駄に死なせるだけだ。こいつらは死なせられねえ。
しばらく走り、カイの息もあがってきた頃、背後の街道を魔物の集団が走り去っていく。何千もの大群が土煙を上げながら進んでいく。森に居るフォレストウルフやフォレストベアーもいるがその上位種や森ではほとんど見たことのないゴブリン達もいる。
「なんだ、こいつらは?」
冒険者としての勘が告げる。異常だ。ただただ異常な状況だ。魔物はこちらを見向きもせず一直線に街の方向へ進んでいく。しかしそのおかげで助かったのも事実だ。自分の後ろで倒れ込んでいる新人2人を見て思う。
「そう話はうまくいかんな。」
ドス、ドスと振動と音を響かせながらそれはこちらに近づいてきた。
「一つ目か・・・」
5メートルを越える身長、筋肉しかないと言わんかのような肉体、頭から飛び出た一本角、長大な棍棒、そしてその名のとおり巨大な一つ目。そいつはこちらを見て歯をむきだしにして舌なめずりする。
この森にいるはずのない魔物。サイクロプス。
ケイル自身も討伐した経験はある。迷宮のボスとして出てきたのだ。しかしそのときはまだ若く、フルパーティが揃っていた。
「おやっさん・・・」
「カイ、よく聞け。」
「はい。」
「新人2人を守りつつ逃げろ。今の儂ではあいつを倒せるかわからん。」
カイの息を呑む音が聞こえる。
「幸いあいつは動きがのろい。逃げ切れるはずだ。」
「ならおやっさんも。」
「儂が足止めせんかったら、お前はともかく2人が追いつかれる。儂も死ぬつもりはない。」
サイクロプスの攻撃範囲まであと数十秒といったところだ。
「カイ、お前の仕事は新人2人を生かして街へ連れ帰ることだ。わかったな。」
「おやっさん。」
「わかったな。」
しばらく悩んだようだがカイが頷いたのを見て満足する。
「カイ、お前はいいきこりになる。こんなところで死ぬなよ。」
カイの目から涙がぼろぼろとこぼれていく。
「じゃあ、いってくらぁ。儂の家族には・・・、いやこれは自分で言うからいい。それじゃあさっさと逃げやがれ!」
カイと2人が走り去っていく音を聞きながらサイクロプスを見る。あと10メートルほどだ。
サイクロプスはその棍棒で獲物を叩き潰しそして食らう。弱点はその一つ目だが高さ故に攻撃を当てることは難しく、サイクロプス自身の防御も硬い。
「さあて、久しぶりにやるか。本気の命のやり取りをな!!」
斧を構える。冒険者時代に使っていた魔物を攻撃するための斧ではなく、木を切るための斧だ。それなりのものではあるが耐久性、攻撃力は比べるべくもない。
「グガォー!!」
棍棒が振り下ろされる。それを走って遠くまで逃げる。打ち下ろされた棍棒によって地面がえぐれ、土のかけらが弾のように周囲に飛ぶ。それだけでもかなりの威力だ。
「相変わらずの馬鹿力か。」
打ち下ろした棍棒を持ち上げようとする隙にサイクロプスの足元へ駆け寄り斧を振り上げる。
「せいっ!!」
木を切るかのように斧を振るう。斧は刀身の半分程度埋まったところで止まる。
「グギガー!!」
素早く斧を抜き、足の踏みつけをかわすためにバックステップする。ドスドスと踏みつけられ周囲の草がぺちゃんこになっていく。
斧を抜いた足からは血が流れていた。
「やはり回復力もそのままか。」
ため息をつく。
先ほどまで流れていた血は既に止まり、傷口はうっすらと後が残るくらいであった。
サイクロプスが恐ろしいのはその体から繰り出される力でも何時間戦い続けても変わらない持久力でもその強靭な肉体による防御力でもないと思っている。何より恐ろしいのはその生命力。どんな傷をつけようとも致命傷でない限りすぐに治癒してしまうその生存能力。
自分の生き残る可能性を考える。一番確実なのはある程度時間稼ぎしたら逃げること。しかし・・・
「それはできねぇよな。」
弟子たちの顔が浮かぶ。こいつは完全に儂らを狙ってきた。逃げた時に次に誰を狙うかはわかりきっている。イーリスに逃げようとしても今の状況では無理だろう。ならば・・・
「致命傷を与えて殺しきる!!」
ドラゴンスレイヤーの本領発揮です。
読んでくださってありがとうございます。




