西大陸編06『戦列艦隊の行く末』
ライランス王国の首都コレィから南に50kmのミゼルナの港には、王国の誇る大型戦列艦が停泊していた。
ゼシュフォン号とジレイアン号。両艦はライランス王国が保有する唯二つの100門級艦である。
数多くの軍艦を保有するライランス王国の中でも、100門以上の大砲を装備した艦船はこれだけだ。
今はまだ100門級艦は西大陸にも合計7隻しかおらず、それらは西大陸の7大戦列艦と呼ばれている。
その7大戦列艦のうちの2隻が、行動を開始しようとしていた。
錨を上げ、帆を張り、万全の態勢で出航する。
その後ろからは、90門級戦列艦であるミッフォーズ号など6隻と、80門級戦列艦バックリー号など5隻、その他70門級艦12隻、60門級艦8隻の合計31隻がお供に付く。
合計33隻の戦列艦は、威風堂々と出航していった。
戦列艦隊の後からはフリゲートに護衛された陸兵2万と大砲100門を輸送する輸送船団も出発する。
目的はイルフェス王国東街道の制圧とイルフェスの王都シュフへの攻撃。
思うように事が進まないライランスの、一発逆転を狙った艦隊派遣であった。
イルフェス王国海軍が誇る100門級艦ライジェアン号は、7大戦列艦の中でも最も強力と言われる艦だ。
全長も排水量もどの軍艦より大きく、12バルツ砲2門、8バルツ砲6門、5バルツ砲30門、2バルツ砲36門、1バルツ砲32門の計106門を備える重武装艦。ライジェアン号に敵う船は無いだろうと言われている。
大型艦としては運動性も良く、順風時の速力も10kt以上と高水準に安定した性能を誇る。西大陸随一の国力を誇るイルフェスの護りは伊達ではない。そのライジェアン号が、2隻の100門級戦列艦を従えて港を後にする。
哨戒していたフリゲートから、敵艦隊発見の報があったのが前日。報告から2日が経っているから、現在のライランス艦隊の位置はイルフェスの南東200km程度であろう。最悪、明日までにはイルフェスの領海に入ってしまう計算である。
港に停泊している所を奇襲されれば大損害が危ぶまれる。それを阻止するため、イルフェス海軍の主力が向かうのだ。
編成は100門級艦が3隻、90門級艦が4隻、80門級艦が4隻、70門級艦が12隻、60門級艦が10隻の合計33隻である。
天気晴朗、風もほどほどで浪は穏やか。絶好の砲戦日和である。
イルフェス艦隊とライランス艦隊は、ほぼ同時に敵艦隊のマストを認めた。
艦隊司令官の命令から、最初に砲撃を開始したのはライランスの戦列艦マッリー号である。
距離は500m。必中距離とは言えないが、それなりの命中率は出る距離だ。
マッリー号の砲撃を皮切りに、ライランス側の戦列艦が次々と発砲する。
「全艦、取り舵一杯! 敵と同航戦に入るぞ」
それまでライランス艦隊に突撃するように横陣で進んでいたイルフェス艦隊は、全艦が敵と接近砲戦に入るべく、一斉に左に舵を切った。
その間にも、イルフェス艦隊とライランス艦隊、お互いの距離は300mまで接近する。
「右舷、砲戦準備!」
「大砲を押し出せー!」
砲窓が開けられ、弾丸の装填された大砲が次々と発射態勢に移行する。
回頭が終わり、舵を戻したライジェアン号から命令が発せられた。
「右舷、砲戦始め!」
ライジェアン号のマストに砲撃開始の信号旗が掲げられると、各所で壮絶な叩き合いが始まる。
各艦が装備する数十門の中口径砲から、様々な砲弾が発射される。
見事に命中した弾丸は船体を傷付け、船員を殺傷する。砲弾の直撃を受けた船員は即死し、砲弾によって砕かれた木片が突き刺さって怪我を負う船員もいる。
敵のマストや索具を目掛けて撃たれる大砲も多い。船体に命中した砲弾は、その運動エネルギーで少しずつ船の強度を奪っていく。
ライランス艦隊の旗艦ゼシュフォン号は、同じく旗艦であり、大型の戦列艦であるライジェアン号を敵と定めた。
大型戦列艦が撃ち合い、お互いを傷つけあいながら戦いは続く。距離は少しずつ詰まってきている。接近戦へ持ち込みたいのだ。
砲戦開始から十数分、敵艦の船員の顔が判別出来ないほどに白煙を上げながらも決定打を欠いていた両艦だが、ライジェアン号から放たれた必殺の大口径カロネード砲が、見事にゼシュフォン号の艦橋部に命中。
艦尾楼の艦橋で指揮を取っていた艦隊司令官や艦長を初めとする幹部将校の多くが負傷する。さらに、別の砲が無防備なメインマストを撃ち抜き、ゼシュフォン号の機動力を封じ込めた。
「詰めの攻撃使うぞ。海兵隊前へ! 敵艦に斬り込みを行う!」
ゼシュフォン号が弱ってきた事を確認した艦長は、止めを刺すべく突撃を敢行する。
至近距離からの一斉射撃。そして斬り込み。ライジェアン号の意図を読み取ったゼシュフォン号だったが、時既に遅し。近距離から大口径砲や中口径砲を浴び、ゼシュフォン号の大型の船体も耐え切れなくなる。
ライジェアン号もゼシュフォン号からの攻撃で損傷はしていたが、手数と技量の差によって比較的被害は少なかった。
「乗り込めー!」
艦長の命令によってライジェアン号の海兵隊がゼシュフォン号に斬り込む。大砲とマスケットの支援の下で切り込んだ海兵隊は、サーベル(カトラス)を片手に白兵戦を挑んでいく。
ゼシュフォン号の海兵隊も、防御戦にサーベルを抜刀し、各所で金属の叩き付けられる音が響く。
大打撃を受けていたゼシュフォン号に、応戦可能な兵は少ない。最初から形勢が悪かったのが、徐々にその差が大きくなっていく。
最上甲板で暴れ回っているのはイルフェスの海兵隊。逃げ回っているのがライランスの水兵。
そして横になって動かないのは、死んだか意識を失ったライランス海兵。
この旗艦の状況は、艦隊全体にも当て嵌まった。
既に、切り込みを行うイルフェス艦隊によってライランスの陣形は切り裂かれ、個々の船が目ぼしい相手を見つけて一騎打ちを行う、白兵戦のような状況である。
船体をボロボロにされたりマストが折れて海面に漂うしかない船、火災が発生して手が付けられなくなった船、ライランス王国の艦隊は、33隻中2隻が沈没し、9隻が航行不能な程に大破、4隻を拿捕され、残りの艦も少なからぬ損害を受け、這々の体で遁走した。
対するイルフェス軍の損害は、沈没なし、大破5隻、中破8隻、小破10隻であったが、ライランス艦隊を追撃する余力は無く、海での勝負も完勝とは言い辛かった。
ライランスの陸兵輸送艦隊は、前衛の戦列艦隊からの通報艦の知らせによって進路を変更し、ミゼルナへの帰路に着いた。
「ん、何の音だ?」
羽虫のような低い音。
その正体は、皇国海軍の艦上機。
零式艦戦16機、九九式艦爆16機、九七式艦攻16機の合計48機の編隊が、ライランス艦隊の上空に到達したのだ。
「空飛ぶ機械……皇国海軍とやらか!」
泣きっ面に蜂である。
ジレイアン号の提督は、これでさらに沈没艦が増えるかもしれないという不安を覚えた。
この世界の航空兵力、つまり飛竜による攻撃は、しばしば一方的なものになる。船を撃沈するほどの火力こそ無いものの、船体に損害を与え、航行を阻害し、乗員を殺傷することはお手の物だ。しかも対抗手段は無いに等しい。
しかし、だからといって生還する努力を放棄するわけには行かない。
対空用のロケット弾を用意し、仰角の大きな大砲に散弾を装填させ、海兵や水兵にもマスケットを持たせる。飛竜に対してもそれ程効果がある対処法ではないが、果たして皇国の空飛ぶ機械に効果はあるだろうか?
皇国艦隊は、本来であればイルフェスとライランスの戦いが始まる前に襲撃したかったのだが、ようやく見つけたときには既に海戦は終わっていて、目標のライランス海軍は逃げ帰る途中であった。
ライランス艦隊に飛竜母艦は無いし、陸上からの援護も無い。というより、ここはまだイルフェスの勢力圏である。だから、イルフェス領から飛竜が飛んで来ないように沖を航行しているのだ。
まったく直掩の居ない艦隊に対し、皇国海軍の艦載機が攻撃態勢に入る。
ライランス艦隊は出来うる限りの対策をした。
まずは対空用ロケット弾の攻撃。発射と共に内部の導火線に火が付き、数秒後に破片を撒き散らして爆発する炸裂弾である。
これは時限信管だが、時間調整の仕方がかなりアバウトで、殆ど目測で発射する(照準器は付いているが、精度は決して高くない)ものだから、低速で飛ぶ飛竜にさえ命中は難しく、飛竜を驚かす程度にしか役に立たない。
散弾やマスケットを撃っても、皇国軍機は何事も無かったかのように攻撃を続ける。
まったく命中しないのだ。相手が飛竜でさえもなかなか命中しないのに、その3倍以上の速度で飛ぶ飛行機に当たるわけがなかった。
ろくな対空砲が存在しないライランス艦隊に対して、戦闘機は機銃で、艦爆は急降下爆撃で、艦攻は水兵爆撃で好き放題攻撃する。
250kg爆弾や500kg爆弾にかかれば、どんな大型船だろうと関係無い。全て等しく炎上し、沈み行く。
爆弾を落とし終えた九九式艦爆も、さらには爆撃を終えた九七式艦攻すらまだ沈んでいない艦に対して機銃による攻撃を加えていた。
木造船にとっては、7.62mm機銃といえど馬鹿にならない火力を発揮する。
「皇国海軍め、こそこそと行動しおって。姿を見せろ!」
ライランスは、イルフェスのスパイからの情報によって皇国海軍が部隊を出している事は掴んでいた。そして、艦隊には先日国内を大空襲した空飛ぶ機械があるという事も、予測していた。
しかし、陸軍の上陸援護をしていた支援部隊も、打撃力の中核である機動部隊も、皇国軍艦は一度もライランス海軍の前には姿を見せていない。
ライランス軍にとっては、皇国艦隊はどこに居るかわからないし、どこから来るかわからない存在なのだ。来るといっても船ではなく、飛行機を使って一方的に攻撃する。
砲戦に持ち込めればライランスも一矢報いれるのに、こんな形では手も足も出ない。
あまりにも卑怯である。
泣きたくなるほどの無力さを抱えながら、ジレイアン号の艦長は艦と運命を共にした。
この空襲によって、出撃したライランス戦列艦隊は海上から消滅した。




