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皇国召喚 ~壬午の大転移~(己亥の大移行)  作者: 303 ◆CFYEo93rhU
番外編
112/116

番外編40『シャーナ。母になる』

 リンド王国、ノールベルグ城。

 王都は平和と落ち着きを取り戻したとは言え、まだ国内には状勢不安な地域が残る。


 皇国から婿入りした王配の陽博が、女王の侍従から

「殿下。重要な話があるので、至急に御部屋へと、陛下からの言伝です」

 と言われたのは、まだ朝食の前。着替えが終わったばかりの時。

 至急という事なので、すぐにシャーナの私室へ向かった。


「何か御用ですか、シャーナ?」

「先程、私事で典医を呼びました」

「……体の具合でも、悪いのですか?」

 シャーナは、暗い表情で沈黙する。

「私は、あと数ヶ月で……」

「まさか、何か重い病にでも?」

 余命数ヶ月とか、そんな話は聞きたくない。

 せっかく異界異国の地にも慣れ、これから幸せな生活が待っていると思っていたのに!


 陽博の顔が蒼褪めると、突然笑顔になるシャーナ。

「あと数ヶ月で、子を産みます。私は、身篭ったようですよ」

「……!?」

「貴方と、私の子です。お互い、あんなに緊張していたのが嘘のようですね。こんなにすんなりと――」

「はっ! 栄養のあるものを食べて、体調に気をつけて、公務は無理をせずにしないと。あとはあとは……」

 陽博はシャーナの言葉も耳に入らないのか、おろおろしながら部屋をうろうろ。

 普段の、冷静で落ち着いた振る舞いとは別人のようだ。


「そんなに驚かれなくても……ちょっとした悪戯のつもりで……。ごめんなさい(´・ω・`)」

 シャーナが落ち込んでしまった。

「何も謝らなくても。嬉しくてつい取り乱した……ごめんよ」



 普段からゆったりとした服装の多いシャーナだが、乳房や腹部を触ってみると、確かに僅かに張りが出て来ているようだ。母になる準備は、もう始まっているのだ。

 その他の体調の変化も自覚していたらしいが、確信が持てなかったので黙っていたという。


「え、栄養のある物を食べないと……」

 あまり肉食を好まない陽博が、ハムやらソーセージやらをいつにも増して食べる食べる。

(身篭ったのは女王陛下で、夫のあんたが余計に食べたら太るだけですよ……)

 料理を運ぶ従僕の冷たい視線にも気付かず、気合を入れて食べる食べる。

「殿下、朝餉からあまり大量に御食事になりますと、御身体に差し障ります。何事も程々が肝心です」

 そういう遠まわしの注意で、漸く陽博の朝食は終了した。



 新暦1544年(昭和19年)の春先の事。

 典医や助産婦の介助の下、シャーナ女王は待望の子を産んだ。

 産まれたのは女子であり、母子共に健康であった。


 男子ならばリンド風の、女子ならばリンド人の語感的に然程違和感の無い程度に皇国風の名前にしようと、女王夫妻で事前に取り決めが行われていたため、命名の儀によって幼い王女には『ハルカ(春香)』という名が付けられた。

 新緑の香り爽やかな春の産まれである事から、シャーナも気に入ったようだ。


 リンド王国に限らず、この世界の多くの王家では男女に関係無く長子に王位継承権が優先される(貴族では男子にしか相続権を認めない家系もある)のだが、リンド王国の場合――


 ・王と正妃または王と側室の場合

 一、王と正妃の間に授かった子(王太子または王太女)

 二、王と側室の間に授かった子(王子または王女)


 ・女王と王配または女王と王配以外の男性の場合

 三、女王と王配の間に授かった子(王太子または王太女)

 四、女王と男性の間に授かった子(王子または王女)


 ※どれにも該当する子が出産されない場合、過去に遡って最も近い傍系から王が起てられる。


 ――という優先順位になっている。


 このうち(一、三)と(二、四)ではそれぞれ長子が優先されるが、(一、二)のような場合では“二”が先に産まれていても嫡子優先で“一”が繰り上がる形になる。

 シャーナの場合は“二”から“法定推定相続人”となり、そこから“一”が産まれなかったので女王となった。

 王妃から子が産まれていれば、腹違いの弟か妹が次代の王(女王)となっていたかも知れない訳だ。


 これが同じ庶子でも男子なら、将来的に王妃から子が生まれても分家の創立などで新設公爵あるいは侯爵の初代となる可能性が高いのだが、女子の場合は他国の王か国内外の有力貴族に嫁ぐ事になり、自身の紋章は相手の紋章に吸収されて残らない。


 それくらい、男子か女子かで扱いが変わる。


 ハルカ王女の場合は“三”の嫡子優先原則に該当するので、産まれた時から“法定相続人”である次代の女王として遇される。

 「今は王位継承権第一位の王女だが、もしかしたら次の王の腹違いの妹になるかも知れない」というふらふらした立場で育って来たシャーナにとって、正式な夫との間に産まれた子は安心に繋がる。


 政治的には女王として重要な仕事の一つを行ったというだけだが、心の内ではハルカが大人になるまでに、リンド王国を復興させる決意を再確認していた。

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