第115話 わかたれ
ぐらぐらと揺れる。それは地面が揺れているのか、私の感覚によるものなのか、それともその両方なのかわからない。吐き気がひどい。急激にしんどくなっていく。
「ぅっ」
何かが戻ってきそうになる。けれど、焼けるような痛みがのどに広がるだけで、なにもでない。朝食べたものはもう魔力に変わっているからかな。すごくぼぉっとする。呼吸音が鋭く聞こえる。
「みなさん、あまり時間がありません。残り約600秒で百三十五式が到着します。それまでにこの施設をでることを推奨します」
「う、うん……イニア。行かなきゃ……イニア?」
メドリの声が聞こえる。けれど、ほとんど頭に入ってこない。メドリの綺麗な声が思考の中に入ってこない。私をいつも落ち着かせてくれたあの声が、音がうまく私の中に入ってこない。
「イニア!? 大丈夫!?」
「う、ぅん……だいじょ……」
声がでない。歩くことがしんどい。立つことも。身体を動かすというところまで感覚が向かない。すごく気持ち悪い。今にも意識が飛びそう。
体が倒れそう。地面が近い気がする。
「イニア……!」
「うぅ……メドリ……」
倒れそうになる私の身体をメドリが支えてくれる。メドリが触れてくれると少し楽になったような気がするけれど、一度決壊した感覚は暴走を続けて、不快感や嘔吐感に苛まれ続ける。
「お姉ちゃん! 早く乗って!」
「うん! イニア……いくよ」
もう返事する気力もなかった。頭が痛い。
メドリに支えられながら、昇降機内に入る。
「では、無事を祈っています。上がってからは魔導兵器に注意してください。映像ではまだ魔導兵器はいませんが、今の魔導兵器はすべて統合意思の下で動いています。一つに見つかれば、周囲の魔導兵器はすべて近づいてくるでしょう」
「わかった。ありがとう……エスさんもいつか」
「……はい」
動き始めた昇降機はすごく揺れる。行きはこんなに揺れていなかった。やっぱり、施設自体が揺れている。多分そこまで大きな揺れではないと思うけれど、その小さな揺れだけでも、すごくつらい。
けれど、どうしてこんな……いきなり。いままで大丈夫だったのに。こんな時に何で? せめて、ゲバニルの人たちのところまではいかないと。
「ゲバニルへの救援要請を出しておいたでしょう? そのおかげで、すぐ近くまで救援部隊が来てるみたい。それに乗って帰りましょう。イニアちゃんは大丈夫かしら」
「はぁ……はぁ……大丈夫です……」
大丈夫。私は大丈夫。
視界も安定してきた。まだ少し揺れているし、吐き気もひどいけれど、大丈夫。魔法も使えるはず。私がいないと、魔導兵器に遭遇した時に前衛で戦える人がいない。だから、こんな風になってる場合じゃない。
「私も前衛に入るわ」
大丈夫ですと言おうとしたけれど、声が出ない。声を出すのもつらい。それに助かることは事実だし、頼るしかない。
「メドリちゃん、ナナちゃん、支援は任せたわよ」
「うん!」
「はい……でも、イニアは」
「メドリ……私は」
大丈夫。そういう言おうとしたけれど、そうじゃない。メドリはもっと私を頼ってほしいって言ってた。だから今は。
「ちょっと……しんどい、よ。でも、私が……やらな、いと……私もみんなも危ない……ね?」
「うん……わかってる……」
苦しい身体を動かして、メドリの目を見つめて訴える。メドリは少し不満そうだったけれど、メドリだってわかっているはず。無事に帰るためには、私がしんどいからなにもしないなんてことは言ってられないってことぐらい。
「いなくならないでね。死ぬときは一緒だからね」
そういって、メドリが私を抱きしめてくれる。じゃあまだ死ねない。まだメドリに死んでほしくない。一緒にもっと生きていたい。そうしたら、この苦しみなんて気にしないぐらい心地よくなれる。だからまずは、ここを生きて出ないと。
「走って!」
昇降機が止まり、走り出すセルシアさんの背を負う。第二層は警報音に加えてそこら中から爆発音が聞こえていた。ところどころから火の手が上がっているように見える。
今の状態で走るのは想像以上につらくて、魔法を起動せざる負えなかった。極々弱いものだけれど、魔力は確実に消えていく。それは少し怖いけれど、魔力が消えるたびに少し楽になれる……この感覚も久しぶり。もう二度と感じたくなかった感覚だけれど。
「ピィイイッ!」
「な、なに?」
またうるさい音。しんどい。けれど、さっきの警報音とは違う。さっきより近い。
そう思うと同時に、通路の陰から魔導兵器が現れ、道をふさぐように立ちふさがる。さっきの甲高い音はこいつから出ていたみたい。赤い光が私たちを照らす。
「見つかった……!」
見つかったら、他の魔導兵器も来る。
エスさんの言葉がよみがえる。
戦っても意味はないかもしれない。けれど、あそこを通るのが一番早い。それに知らない道に行くのは怖い。ここで突破しなきゃいけない。
「無理やり抜けるわ!」
「……ぅ」
魔法の出力を上げる。うごめく魔力はいつもより少し重く、普段より魔法の出力が弱い。けれど、これでもなんとかなる。
地面を蹴って、魔導兵器へと肉薄しようとする。けれど、そう簡単にはいかず魔導兵器から複数の小さな金属片が守るように展開される。とっさに魔導剣をぶつけて破壊しようとするけれど、傷ひとつつかずにはじかれる。
それと同時に、別の金属片が私を襲う。
距離が近い。姿勢が悪い。躱せない。金属片を視界に入れた瞬間そう確信し、痛みを覚悟する。
けれど、痛みはこず、魔法障壁が金属片を受け止める。
「私も前に出るって言ったでしょう?」
「セル、シアさん……」
セルシアさんは自分に向上魔法をかけることで、前衛にでてきていた。助かった。セルシアさんがいなければ、まともに攻撃を喰らっていた。
「くるわよ」
魔導兵器は続々と体内から金属片を出してくる。無数の金属片は、空中に浮く金属の鞭のようになっていた。それが枝分かれと分離を繰り返しながら、不規則な動きで私達を狙う。
全部に対処するのは難しかったかもしれないけれど、今はセルシアさんもいる。右からくる金属片を私が叩き切り、左からくる攻撃はセルシアさんが多種多様な魔法を行使し破壊する。
さらに電撃が空中を走り、魔導兵器へと命中する。メドリのはなった電撃。それで、魔導壁の動きが鈍り、攻撃の手が弱まる。
「今よ!」
そういわれる前に私はもう踏み込んでいた。魔導兵器は焦ったように、金属片を操作し始めるけれど、セルシアさんとメドリがすべて除去してくれる。
体内でうごめき、苦しみを生み出す魔力を魔導剣に注ぎ込む。限界値ぎりぎりの出力。これで斬れなかったことはない。確実に、魔導兵器の中心部を破壊する。
「ピキィ……」
魔導兵器は断末魔のように甲高い音を最後に溢し、完全に機能を停止する。
「今のうちよ。はやく……」
セルシアさんの言葉はそれ以上きこえなかった。新たな音が空間を支配したから。爆音が頭の中に響き、砂ぼこりで視界を奪われる。
「なにがっ……!」
そこには地面を割り、魔導兵器が出現していた。
きりきりという駆動音を鳴らしながら、私達とメドリ達を分かつように。




