足りないものを補って
「ナツ起きて。学校に遅れちゃうよ?」
「うーん……あと五分……」
「起きないと……キ、キスしちゃうよ?」
「うん……いいよ……」
「えっ!? えっと……その……」
「……ん、よく寝た。ハナ、おはよ」
「あっ、もう起きちゃうの……?」
「ハナが起こしたんでしょ?」
「でも……だって……」
寝ぼけ眼に映る青く潤んだ瞳。
次第に覚めていき、現実に追いつく脳。そういう事か……
ぎこちなくも、ハナのおでこに軽くキスをする。
「おはよう、ハナ」
「うん♪ おはよ、ナツ」
二人で朝食を食べ、二人で歯を磨き、二人で着替えて。何をするにも、二人一緒に。
「私、誰かと登校するの初めて。相手がナツだから嬉しさ倍増だね♪」
「良かった。記憶がないから私もハナが初めてだよ」
「〜♪」
鼻歌を歌いご機嫌なハナ。
今だけは……独り占めしても……いいよね。
【いいねぇ! いいよ!! こう、グッと来るね!!!】
……無視しよ。
【もうお主がなぜこうなったとかどうでもいいんじゃない? この子といられればそれで良し】
……
【二回目の人生、満喫していこうぜ? Viva! JC!!】
……
【さあ学校についたぞ! 行くのだ!! JCナツよ!!!】
うるせぇ!!
「ナツ……離れたくない」
「休み時間は会えるから、ね?」
「うん……」
俺の服の端を掴んで俯く姿が可愛すぎて……何か出来ることはないかと考え、答えを出す。
「……今日もお泊りしていいかな? そしたら頑張れる?」
「うん!! 頑張る♪」
【尊いのぉ……神々しいのぉ……】
お前も神だろ。
「ナツ、また後でね」
「うん、後でね」
名残惜しくも、絡まる指先が離れていく。
このままでもいいのかもしれないけれど……でも、知らなきゃ始まらないこともあると思う。
先ずは担任に夏ちゃんの家庭事情を聞いてみないと。
【いいんじゃないの? どうだって】
いや、よくないだろ。
この身体でいる限り、最低限知らないといけないことだってある。
【つまりお主はJCであると認める訳ですな?】
いや、そんなんじゃないけど……ん?なんかフラフラするな……そういえば朝から腹が痛いっけ……
相変わらず余所余所しい教室内も慣れたもの。
何食わぬ顔で教壇の前へ行く。
「すみません、ちょっとお手洗いに……」
なんだか貧血みたいだな……
俯きながらトイレに向かっていると、廊下の奥からハナが走ってきた。
「ハナ? どうしたの?」
「ナツが具合悪そうにしてたの見えたから……大丈夫?」
「えっと……なんか貧血っぽくて。あとお腹が痛い」
「……ちょっと待ってて」
駆け足でハナは教室に戻り、直ぐに戻って来た。その十数秒すらも寂しく感じてしまう。
なんだろう……いつもより気が沈むな……
「ナツ、おいで」
◇ ◇ ◇ ◇
女性とは大変な生き物である。
来月があるかどうかは分からないが、こんな事が毎月来るのかと思うと憂鬱になる。
改めて……自分が女なんだと思い知らされた。
「ナツ、大丈夫?」
「うん……ごめんね色々と……」
「……よしよし、大丈夫だからね」
まだ授業中なのに……ハナは優しく背中を擦りもう片方の手で安心させるように手を繋いでくれた。
情けないし恥ずかしいし……今、顔真っ赤なんだろうな。
「これ痛かったら飲んでね。二組は二時間目体育でしょ? 私先生に言っておくから保健室で休んで。ね?」
「うん……そうしよっかな。ごめんねハナ」
知らない身体、見えぬ明日。
不意に訪れる孤独感に押し潰されてしまいそうで、今はハナに縋っていたかった。
「……今授業中だしここなら誰も見てないよね? ナツ、手繋ご?」
「……うん」
この子がいないとダメな人間になってしまいそう。でも……それが許されるなら、いいのかな……
「じゃあまた後で来るからね。待っててねナツ」
「うん、待ってる」
なんて言ってしまう辺り、身も心も乙女である。
◇ ◇ ◇ ◇
大人になっても……保健室へ入る時はどこか緊張してしまう。扉を開けると若い女性の教師が事務仕事をしていた。
「すみません、ちょっとアレなんで休ませて貰いたいんですけど……」
「いいよ。あんまり見たことない顔だけど何年生?」
「三年です」
「三年!? 私一回も見たことないよ?」
……どういう事だ?
新任で来たとしても三ヶ月は経っているし……況してこの言い方だと生徒の顔は把握しているっぽいし……
「あなた、クラスと名前は?」
「二組、葉月夏です。」
「葉月…………え!?」
なになに、この反応は。
「あの、何か?」
「いやっ、別に……そこのベッドで休んでなさい」
余程な事情があるみたいだな……
夏ちゃんは毎朝制服来て学校であった出来事を楽しそうに話してくれていたけれど……何が違うのだろう。この世界と俺がいた世界は……別の…………薬のせいか眠くなってきた。少し……目を瞑ろう…………
◇ ◇ ◇ ◇
……!?ヤバい寝過ぎ──
「おはよ、ナツ」
「…………ハナ?」
「さっきホームルームが終わったよ。ナツ、大丈夫?」
「私、そんなに寝ちゃった……?」
「ふふっ、今日は防災訓練で授業午前中だけなんだって」
「そうなんだ……」
なんだか……疲れたな。
俺は一体何をしているんだろう。
こんな所で、こんな身体で。
俺は誰だ……
俺は……
「ナツ……」
気がつくと涙が唇へと伝っていた。
訳がわからない。どうしたらいいのかもわからない。本当に……何にも……
「何にも……わかんないよ、ハナ……」
ハナは何も言わず、抱きしめてくれた。
耳元で鼻をすする音が聞こえハナを見ると……俺の頬はハナの両の手で優しく包みこまれ、おでこ同士が重なり合った。
「ナツ、私がそばにいるからね。ずっと一緒にいるから…………ナツ……」
ハナがキスをしてくれると、この身体が……この人生が自分のことなのだとハッキリと理解出来た。
駄目だ……言葉が……声が止まらない。
「ハナ、好きだよ……」
涙を流すハナは小さく頷くと、優しく微笑んでキスをしてくれた。
……わからなくていいや。
身を委ねるように目を瞑ると、優しく……優しく、抱きしめられた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ナツ、手繋いで帰ろ♪」
「うん、帰ろ」
「……ふふっ♪」
「どうしたの?」
「ニコイチだなって思ったの。ずっと一緒だよ、ナツ」
「……うん」
足りないものを補って。
二人で一つ、ニコイチ。




