尊くて
カーテンの向こうから差す光が薄っすらと見え始める土曜日の朝。それは、この身体になって三回目の朝。目が覚めると、向かい合って寝転がるハナと目が合った。
その微笑んだ顔を見ると、今抱えている不安など全てが吹き飛んでしまう。
「おはよ、ナツ」
「……おはよう、ハナ」
昨夜の出来事を思い出してしまい……恥ずかしくも顔が熱くなる。でもそれは、ハナも同じらしい。
「私の事、キライになってない……?」
「えっ?」
「その……私……昨日……」
美しく大きな青い瞳から浮かぶ大粒の涙。
溢れる前に、指で優しく拭った。
「……嬉しかったよ? ありがとう、ハナ」
「うん……よかった」
「なんか照れくさいね」
「ふふっ、そうだね」
相変わらずの距離感だけど……きっとハナにとってこの距離が一番落ち着くのだろう。
「駅前の喫茶店でモーニングやってるの。一緒に行こ?」
「行きたいけど……その、お金とか持ってないし……」
「私出すよ?」
「でも……」
中学生にお金を借りるとかどうなの?
倫理とかそれ以前の問題だよね。
【お主も又JC】
神よ、しかし……
【つまらんプライドは捨てよ! タカれるものはタカれよ!】
相変わらずの屑だな。
【それ即ちヒモの極意なり】
そんなつもりないから。
【素直になるのだ】
……素直ね。
「じゃあ……今度返すから今日は……いいかな?」
「うん♪ 着替えて行こ。私の服着ていいからね」
服もお金も借りてプライドも何も無いけれど、ハナが嬉しそうな顔をしているからそれでよしとした。
◇ ◇ ◇ ◇
「へぇ、飲み物頼むとパンと卵がついてくるんだ」
「私アイスティー。ナツは?」
「うーん……ブラックのアイスかな」
朝飲むブラック珈琲、そして夏ちゃんに会うことが毎朝の日課だった。
……この世界の俺が存在しているのなら、この世界の夏ちゃんはどこへ行ってしまったのだろうか。
痛っ!!!!?
引き裂くような痛みが、目まぐるしく身体の中を蠢く。まるで、心と身体が乖離していくような感覚。息が……上手く吸えない……
「はぁ美味し……ナツ!? 大丈夫!!?」
「う、うん……ちょっと……ヤバいかな……」
なにコレ?死ぬの?
【早く珈琲を飲んで落ち着くのだ。お主はお主、ろくでもない会社員であり可憐なJC。どちらもお主だ】
震える手でコーヒーを啜ると、懐かしい匂いに包まれる。そう……毎朝飲んでいた……
すると嘘のように痛みは消え去り、背中を擦るハナの温かな手の感覚だけが残っていた。
「もう大丈夫だよ。ありがと、ハナ」
「本当に……? 帰ったほうが……」
「せっかく来たんだし、もうちょっと一緒に楽しみたいな。ね?」
「うん……」
身体に心が馴染んでいないせいなのか……俺は俺であり、それは葉月夏でもなければいけない……
えっ、毎回こんな痛みに耐えなきゃならんの?
【お主にはJC成分が足りんのだ。心まで可愛くなりなさい】
そうすれば平気なの?
【知らん】
このクソ神め……
◇ ◇ ◇ ◇
「美味しかったね。ハナ、ご馳走さま」
「うん、ナツと来れて良かった。身体……大丈夫?」
しきりに心配し、背中を優しく擦ってくれるハナ。まぁ……眼の前で苦しんだらそうなるか。
ハナに心配はさせたくないし、心のバランス……とでも呼べばいいのか、それを大切にしないと。
暫く歩いていると、男性二人の声が俺達を呼び止めてきた。
「ねぇお姉ちゃん達、どこか行く予定ある? 車出すからさ、一緒に遊ばない?」
ナンパかい。
ハナは……俯いて俺の服の端を掴んで怯えている。大丈夫、絶対に守るから。
「……私達暇じゃないから。悪いけど他当たってもらえる?」
「いいじゃん遊ぼうよ、ね?」
馴れ馴れしく肩を組もうとしてきたので、へし折る覚悟で腕固めをした。ハナに触れたら折ってやる。
「痛っ!!? 離せよ!! なにすんだ!!」
「……しつこいからでしょ? 帰ってよ」
「チッ、この女……いい気になるなよっ!!」
「うるせぇ!!」
一切の手加減をせずにキン○マを思い切り蹴り上げた。
【Oh, Jesus!!】
お前も神だろ。
「二度と近づくんじゃねぇぞ? いくよ、ハナ」
「う、うん……」
◇ ◇ ◇ ◇
「あー怖かった。ハナ、大丈夫?」
「……」
「ハナ?」
足を止めたハナ。合わせるように立ち止まると、勢い良く抱きついてきた。
速まっていく鼓動。でも……ハナの心臓も、同じくらい速くなっている。
頬は赤く……青い瞳に吸い込まれてしまいそうな程見つめてくれている。
「ナツ、凄くカッコよかった」
「あ、ありがと……」
少し肩を強張らせて目を閉じるハナ。
これって昨日の夜の……
【行け!! 行くのだ!!】
倫理もクソもないな。
【女の子にここまでさせておいて何もしないのはけしからん!!】
俺も一応女の子なんだけど?
【尊いじゃん!? JC同士のKissとか……尊いじゃん!!】
なんでこんな奴が頭の中に住み着いてるんだろう……
【お主を待っておるぞ? 軽くでいいからしてやれ】
軽く唇に触れようとした時、しびれを切らしたのかハナが目を開けた。
互いを見つめたまま、触れ合う唇。
一段と頬を赤く染めたハナは、そのまま目を閉じた。
【Oh……Jesus……】
うん……尊くておかしくなってしまいそう。




