本物には敵わない
日曜日の朝、網戸に張り付いた喧しい蝉の鳴き声で目を覚ます。時折当たるエアコンの涼し気な風が心地良い。
「ナツ、おはよ」
ハナの笑顔は今日も眩しい。
上手く受け答えが出来ず。頭の中はまだ寝ぼけているらしい。
「ハナ……」
「ふふっ、寝ぼけてるの?」
おでこにキスを貰い、少しずつ現実を感じる。
夢よりも幸せな現実が目を覚ます。
【とうとうその身体を受け入れたか!! 神様感激!!】
朝から頭にハエが湧く。
殺虫剤でも撒きたいくらいだ。
「ナツ、ご飯出来てるよ。顔洗って一緒に食べよ?」
ホント、良くできた子。俺も一人暮らしをしていたけれど、毎日家事を続けるなんて中々出来なかった。コンビニ弁当、積み重なっていく衣類に食器達。
「ナツ、今日は何しよっか」
「んー、ハナは何したい?」
「あのね、プ……」
「プ?」
「プール、いかない?」
◇ ◇ ◇ ◇
という訳でプールにやってきた。
県外からも訪れる人が多いここは若者のメッカ(死語)である。
【ムハンマドの生地ですな】
いや、知らないし。
「ナツ、どうしたの? 早く行こ?」
「うん……でも……」
「……恥ずかしいの?」
「……うん」
恥ずかしくてもじもじしてしまう。
仕方ないよね?男だったんだし。
こんなに露出してどうなの?いや、男の時の方が露出度は高かったけど……
【お主は女! お主は女!! お主は女!!!】
……そうだな、よし。
俺は女、俺は女、私は女……
「ナツ、これ羽織って」
ハナが優しく包み込むようにラッシュガードをかけてくれた。
俺の肩に手を置き、“大丈夫だよ”と安心させてくれる。
「ごめん……」
「ううん、その……照れてるナツは他の人に見せたくないっていうか……」
「ハナ……」
【イイヨイイヨ114!!! 酸いも甘いもアオハルよ!!!】
「それにナツの身体も……見せたくないな……」
【今日は可愛いJCナツちゃんだ。今宵のおかず、頼んだぞ】
言ってる意味はよくわかんないけど。
可愛い女の子ね……よし、なってみますか。
「うん……私も、ハナ以外の人に……見せたくない……」
【キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!】
「ナツ── 」
強く強く抱きしめられる。
それに応えるように、女の子らしく優しく手を回す。
「ナツ、可愛すぎだよ……気持ちが抑えられない……」
「……うん、いいよ」
可愛らしく甘えた声はハナに効果バツグン。
でもここは更衣室。次第に顔が熱くなっていく。
「ハナ……人に見られちゃってるよ……?」
「あっ……」
お互い真っ赤な顔を隠すよう俯きながら手を繋ぎ、更衣室から出ていった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ナツ、ごめんね……その……イヤじゃなかった?」
……今日は女の子らしく。
「ハナになら……何されてもいいよ」
【堪んね】
「もう……今日はどうしたの? 嬉しいけど……」
「あははっ、やっぱり変かな?」
「……ううん、変じゃない。でもドキドキしちゃうからそういうのはお家で……ね?」
やっぱり、本物には敵わないや。
「ごめんごめん、たまには女の子らしくしよっかなって思って」
「……ナツは誰よりも可愛い女の子だよ? 私の中で誰よりも」
男じゃないから、俺じゃないから、そう思うことは多いけど……でも、今この瞬間の“私”は良いなって思う。
プール開きの始まり始まり。




