ずっとずっと
「ナツ、テストどうだった?」
「うん。まぁまぁかな」
中学三年生のテスト。余裕である。
【必死に教科書丸かじりしていたのは誰だっけ?】
うっさいな。
「進路決めないとだよね。ナツはどうするの?」
「進路……」
そうか、もしこのままだと高校に行かないといけないのか……JKね。
【うんうん、イイよイイよ!! JK!!】
まぁ楽しそうではあるな。
【お主も随分と受け身になってきたな!! 神様嬉しい】
頭の中に湧いてくるハエ程度にしか思ってないからね?
「ハナはどうするの?」
「私は……その……」
「ん?」
「ナツと同じ高校に行きたいな……なんて」
ハナと同じ……高校……
◇ ◇ ◇ ◇
「ムリだろ。お前出席日数全然足りないし」
「なっ!?」
無精髭に無愛想なこのおっさんは進路相談の教師だ。他の教師と違って余所余所しくしてこない良い奴である。
「当たり前だろ。最近のテストは学年で一番みたいだけどそんなの意味ないからな。っつーかまだイジメられてるのか?」
「虐め?」
「えっ?」
「えっ?」
「……」
「……」
虐めって言ってたよな……夏ちゃん、虐められてたのか?そんなふうには見えなかったけど……余所余所しい理由もそれか?でも実家がアレな夏ちゃんを普通虐めるか?いや、考えるのは後にして今は……
「実は記憶を無くしてまして……」
「えっ、マジで?」
「マジです」
「…………ちょっと煙草吸っていいか?」
いや、駄目だろ。
うわ、ホントに吸ってるよ……
「フゥ…………マジで?」
コイツ、本当に教師か……?
「マジです」
「……まぁその方がいいのか。お前、高校に行きたいのか?」
「行きたいです」
「……俺みたいな凡人には縁のない話なんだがな、この世は理不尽な世界だ。大人になれば嫌というほど分かる」
分かるよヤニカス。毎日毎日辛くて……でもどんなに辛くても次の日になって、スーツ着てたんだ。
「で、この国では昔から血筋ってのがアドバンテージなんだ。それこそ、どんなに悪い事をしても許される程にな。まぁ、それは選ばれた人間だけなんだが……お前もそちら側だ。俺が言えるのはここまで。あとは頑張れ」
「えっ、それだけ?」
「充分だろ。何かあったら俺に言え。記憶がないなら何かと不自由だろ。他の教師には適当に言っといてやるから」
「おっさん……」
「先生だ、先生。谷先生だ。覚えたか?」
「ありがとう、ヤニ先生」
「ございます、だからな。あとタニだ」
◇ ◇ ◇ ◇
「ナッチー、いかがお過ごしかな?」
という訳でハナと共に組長葉月源龍ことおじいちゃんの家に来た。初めは緊張を通り越して死にかけたけど……なんだろう……落ち着くな、ここは。
「実は……」
◇ ◇ ◇ ◇
「高校に行きたいけど出席日数が足りない……なるほど……」
「ナツ可哀想……」
「おじいちゃんの力でなんとかならないかな、とか……」
「……ちょっと待ってなさい」
ダイヤル式の黒電話。ゆっくりと回るダイヤルの音に少し恐怖を感じてしまう。
そんなこともお見通しなのか、ハナが膝の上に手を置いてくれて……上から手を重ねると、優しく握ってくれた。
「……おう、俺だ。あぁ……でな、俺の孫の事なんだが…………そう、あの時生き残った子だ。それが高校に行きたいって……そう、そう、だからアイツの所ならなんとかなるだろう?……いやいいって事よ、お互い様だろ…………おう、頼んだぞ」
おじいちゃんは茶目っ気たっぷりないい笑顔でこちらを向き、親指を立てていた。
流石は日本屈指の組長。ありがとう、ヤニ先生。
「一ついいかい? ナッチは高校に行って何をしたい?」
「えっ? なんだろう……ハナと二人で普通に……普通に……」
ふとハナの方を見ると、ハナは優しく微笑んでくれた。自然と背筋が伸びる。
「ハナといられれば、それでいいかな。一緒に色々な想い出を作って……」
「ふっふっ、いい答えだ。ナッチ、その子となら楽しく暮らせそうかな?」
「うん、ハナとなら……ね?」
「ふふっ、ね♪」
明日どうなるのかさえ分からないけれど……ハナと一緒にその明日を迎えたい。
その為には夏ちゃんに何があったのか……知らなきゃいけない。虐めのことも……多分……あの夢のことも……
屋敷を守る堅牢な鉄の門を出ると吹き抜ける風。頬に柔らかな感触がして、ハナの匂い包まれた。
「ナツ、ずっと……ずっと一緒にいようね」
「うん……ずっと、ね」




