第九十一話 一人
「……静かだな」
暗闇の中、森に佇むシロは空を見上げつつ小さく呟いた。深夜の空には煌めく星々が点々として柄ではないが見惚れてしまう。だが、無音なその場の空気にどこか寂しさも覚えてしまっていた。
「はっ、俺も感傷的になったもんだな」
誰もいない空間に向かって独り言を放ってしまう。おかしなものだ、つい最近まで一人が当たり前だったのがたった数ヶ月だけ一緒にゲームしただけで、いないと心細いと考えるなんて。自分自身の心境の変化に自嘲気味に笑う。
しかし、それは一時のもの。
勘違いしてはいけない。
最後には別れる時が来るのだから。
そう自分に言い聞かせていると【索敵】スキルに見知った人物が映り込んだ。
「まぁ、悲傷的になるのは置いといて……何の用ですか、エルさん」
「ありゃりゃ、気づいていたの?」
後ろを振り返ることなく告げると大木の陰から悪戯がバレた子供のようにそろりとエルが姿を現した。
「索敵系のスキルでも持ってるのかな?」
「さあ? それは想像にお任せします」
おどけつつ推測を口にするが何の抑揚もない声でとぼけて見せるシロ。自らの手の内を明かすほど馬鹿ではない。シロの対応に「まぁ、いいけど」と特に気にしていない様子のエル。だが、シロとしてはどうしてこんな所にエルがいるのか不思議であった。
「なら、そちらは【追跡】でも持ってんじゃないですか?」
「……ふぅ~ん?」
シロの発言にエルは少しばかり目を細めた。その目が相手の力量を見定めるようであるがその目は昔よく向けられていたので慣れている。
【追跡】スキルは、自分のパーティメンバーやギルドメンバーなど仲間の居場所が分からない時に利用されるスキルである。熟練度が上がると追跡する相手を任意で決められる。さすがはトップギルドのリーダー、並大抵の腕ではないということだろう。
シロの変わらない態度にエルはこれ以上は不毛と考えたのか、元の人懐っこい目に戻った。
「それで? ガールズトークは良かったんですか?」
「そうそれ、もうお開きにして寝ようとしていたからシロ君を呼びに来たわけ」
「あぁ、それはどうも……ってそれならチャットでも送ればよかったのに」
「確かにそうだけどね、無理言って私が呼びに行かせてもらったの」
「……何の為に」
普通に考えれば他の、それもたいして話してもいない男を無駄な労力を使って呼びに来るなんてことはありえない。時間の無駄だ。
シロは密かにエルに対して警戒体勢を取ると何やら察したエルが慌てて両手をぶんぶんと振った。
「あっ、違う違う。別にシロ君に何かしようなんて考えていないから。ただ単にちょっとシロ君とお話がしたいと思っただけだから!」
「……そうですか」
「ていうか、シロ君があの場から離れなかったら問題なかったんだよ」
「無理言わないでくださいよ」
ただでさえ、女子ばかりの空間で居心地が悪い状態なのにその上ミルフィーという爆弾が傍にいる状況でどうくつろいでガールズトークに参加しろというのだろうか。どう考えても無理ゲーである。
「まぁ、君はミルフィーが嫌いみたいだけど」
「嫌いなわけないでしょ」
「え?」
「あっ、いや……」
エルの言葉に間髪入れずに、否定の意を伝えた。その静かだが強い口調にエルは目を丸くし、シロは自身の行動を後悔した。
いくらきつい眼差しで見られようが、ひどい言葉を投げつけられようが、かつて一緒にいた仲間を嫌いになることなどありえない。だから、反射的にきつい言い方になってしまった。
「……ほほ~ん?」
「な、なんですか、そのあからさまなにやけた顔は」
「いや~、まぁ、確かにあの子見た目は可愛いからねぇ」
シロの言動を何か勘違いしている様子のエル。その笑みが和樹をからかう時の絵里によく似ていた。
碌でもないことを考えている気がする。
これ以上、話がややこしくなる前にシロはエルの勘違いを正そうと動いた。
「変なこと考えているみたいですが、違いますから」
「違うって、何がかな~? シロ君があの子を見る目が少しばかり周りと違うのは分かっていたけどね」
「変な所で観察力がありますね。けど、あなたの想像しているような甘酸っぱい展開はないですよ」
「ほんとに? ミルフィーみたいのはタイプじゃないの? あ、ユキちゃんとフィーちゃんという線も……」
どうやらトップギルドのリーダーは恋愛脳みたいでどうシロが口にしても恋愛絡みから離れる様子はないみたいである。嘆息つきたいのを我慢してシロは外面を被って対応する。
「ユキとフィーリアはただのパーティメンバーだし、ミルフィーさんはまぁ、外見はいいと思いますけどそういう風には見れませんね」
「へぇ、あんなに可愛い子たちと一緒にいてそういう雰囲気にならないなんてね」
「皆が皆、色恋沙汰に発展するなんてことないでしょ」
「まっ、そうかもね。ハハ、ごめんね、ウチ女子校だからそういう話に飢えてる所あるから……でも、珍しいな」
「? 何がですか?」
「あっ、いやさ、うちのじゃじゃ馬と出会った男は大半は下心満載の視線を送るんだ。本人は気づいていないけどね、元【六芒星】ならいざ知れず全く面識のない男があの子をそういう風に見られないっていうのが結構レアだから」
確かにミルフィーは顔だけみれば可愛いし、言い寄る男も大勢いるだろう。しかし、シロとしてはミルフィーはどう頑張っても昔から親戚の子みたいなキャラであったので、一人の女性としてそういう風に見たことがなかった。
「じゃじゃ馬の世話は大変っぽいですね」
「そうそう、めちゃくちゃ大変なのよ」
皮肉めいた言い方にも関わらずエルは特に気にした風も見せずに楽しそうに頷いた。
「そんなじゃじゃ馬をどうして、いや、どうやって引き入れたのでしょうか?」
「……」
シロはもとより聞きたいと思っていたことを口にした。それは、自分が消えた後の彼らの動向。ファングはソロプレイに勤しんでいるみたいだが、他のメンバーは自分のギルドを持っているみたいだし、ミルフィーだけは他に加入している。どうやって引き入れたのかシロは気になっていたのだ。
シロのその質問にエルは少しばかり表情を強張らせた。それは、思い出したくなかったからなのか、話したくないからなのか。
「……秘密だよ」
静かに、だがしっかりとシロの聞こえる声でエルは言った。それは拒絶というよりかは拒否という風に見えた。エルの声にシロはこれ以上聞いてもダメだと判断し、口を閉ざした。そもそも、自分は知る権利すらないのだから。
「そうですか、残念です」
「ふふふ、秘密は乙女の特権だよ」
「人類の必需品だと思いますけど……」
どうでもよさそうにシロが告げるとエルも柔らかい笑顔に戻った。そして、今度はエルの方から口を開いた。
「それはそうとさ、シロ君」
「なんですか?」
「ちょっと訊ねたいことがあるんだけど」
「まぁ、答えられる範囲なら」
「そっか、なら遠慮なく」
エルは深呼吸をして真っ正面に立つシロを見つめて言い放った。
「シロ君、ウチに来ない?」




