第八十八話 ハク
真っ白な肌に金色に煌めく毛が特徴的な、その美しい馬にフィーリアは思わず見惚れてしまった。馬はフィーリアの腰くらいの大きさでそのつぶらな瞳にはしっかりとフィーリアが写し込まれていた。
だが、違和感を感じた。ここはモンスターが立ち入ることは少ない、というかほとんど皆無な場所のはずだ。それなのにこの馬は今フィーリアの目の前にしっかりといる。
おかしいと判断したフィーリアであるがそんな彼女を他所に馬はしっかりとした足取りで近づいて来た。
「えっ、あ、ちょっと……」
どう対処していいのか分からず戸惑うフィーリア。しかし、馬は軽快な足音を鳴らしながらゆっくりとした足取りだ。その様子から敵意や害意をまるで感じさせなかった。
あっという間にフィーリアとの距離を一メートルまで近づいた馬は動かしていた足を止めた。足を止めた馬はジッとそのままフィーリアを見つめる。くりくりとした可愛らしいその目に当てられ、フィーリアも警戒体勢を緩め、興味本位に手を伸ばした。
「……触っても、いいですか?」
「……」
手が馬の頭のほうに近づいた所でフィーリアは馬に訊ねる。変わらずフィーリアの目を見続ける馬は、次には頭を少しだけ下げ、フィーリアが触りやすいようにしてきた。
その馬の反応に一瞬驚いたフィーリアであるが、許可が出されたということなので空中で止めていた手を静かに馬の頭に乗せた。そして、左右にゆっくりと動かし始める。
「わぁ……」
触った感触は柔らかく、そしてふさふさとした毛がたまらない。癖になる感覚であった。
フィーリアが夢中で頭を撫でている最中でも馬はジッと動かず、フィーリアの気の済むまで触らせてくれているようであった。
「あっ、そうだ」
すっかり馬に対する警戒心が解けたフィーリアは、アイテムボックスから一本の人参を取り出した。湖に来る前にモンスターからドロップした食材の残りである。
フィーリアは人参を馬のほうへ差し出しながら優しい声色を出す。
「さあ、どうぞ」
「……」
馬と言ったら人参、なんて安直な考えかもしれないがその慈愛に満ちた表情に馬も安心したのか差し出された人参をパクッ、と何の躊躇いもなく口にした。モグモグ、と咀嚼しているその姿がまた可愛らしくて思わず微笑んでしまった。
「……」
「まだ欲しいんですか?」
「……コク」
「ふふ、はい、どうぞ」
あっという間にフィーリアの手元から消された人参を飲み込んだ馬は、ねだるような視線をぶつける。
フィーリアはまるで抵抗することなく二本目を差し出した。また、パクリ、と口にした人参を食べているのを眺めつつフィーリアはやはりこの馬の存在が気になった。
(この子は、一体何なんだろう?)
一見してモンスターと思えないその容姿に、この場へ現れた馬。しかし、この世界のルールや傾向がまだよく分からないフィーリアには考えるのが難しいものであった。
(とりあえず、シロ君に相談してみよう)
やはり、こういう事はシロに相談した方が早いと判断したフィーリアは頷く。何かのクエストとかなのかもしれないため自分一人では判断が出来ないというのが大きい。取り敢えずの方針を決めたフィーリア。すると、何やら自分のお腹辺りをさすられているような感触がした。
見ると二本目の人参を食べ終えた馬が頭をこすっていた。三本目の催促だろうか。
「まだ食べたいんですか?」
フィーリアがそう訊ねると馬は頭を離し、首を振った。どうやら違うようだ。
すると、フィーリアの視界にまた文字が浮かび上がった。
『好感度が一定値まで上がりました。テイムしますか? YES/NO』
「えっ?」
その表示を見た瞬間、フィーリアは戸惑いの声を上げた。
一般的にBGOではモンスターをテイムする、つまりペットにすることが可能だ。最初はスキルを使わずとも出来る親切設定である。一体目はスキルが必要がないが一度テイムすると二体目からは【調教】スキルがなければテイム出来ない仕組みである。
モンスターをテイムする条件として挙げられるのは、好感度の一定値上昇と【調教】スキル熟練度の高さである。簡単に言ってしまえばプレイヤーに懐いたらペットと出来るのだ。しかし、モンスターによって好感度を上げる方法はバラバラなので中々難しい。ステータスのCHRが高ければテイムの成功率も上がるがそうする人は滅多にいない。
だが、フィーリアは今まさにそのチャンスを目の前にしていた。フィーリアは文字と馬を交互に見る。しかし、馬は先ほど同様真っすぐな瞳で見つめているだけだ。
少しの時間、フィーリアは考える。これからシロに相談するにしてもこの子は連れて行かないといけない。しかし、この子が言う事を聞くとも限らない。今は懐いているようだが他に人がいたら逃げてしまうかもしれない。馬は大きい体とは裏腹に臆病な性格だとどこかで聞いたこともある。となると、ここは一時的にもテイムしておくべきだろうか。個人的にペットとかシロから聞いていたので興味はあった。
「よしっ!」
考えが纏まったフィーリアは目の前に表示されている画面を見て、それからまた馬を見た。相変わらず可愛らしい瞳でフィーリアを見ている。その姿にフィーリアは迷いが消えた。
YESのボタンを押すと一瞬、光が馬を包んだがすぐに消え去り馬のほうにも特に変化はなかった。そして、フィーリアの視界に出ている内容が変わっていた。
『テイムが完了しました。名前を指定してください』
『【調教】スキルが取得可能になりました』
ログに出てきた内容を見たフィーリアはメニュー画面を閉じ、馬と対峙した。テイムされてどこか馬は嬉しそうである。
「名前、ですか。どうしよう……」
「……BUU」
フィーリアの呟きに返事をするかのように馬は鳴いた。それにフィーリアは微笑みを浮かべる。
腕を組んで、馬の名前を考えるフィーリア。どうせなら可愛らしい名前にしたい……ってあれ?
「そういえば、あなたは男の子なの? それとも女の子?」
当然のように湧いた疑問に首を傾げるフィーリア。というか、モンスターに性別なんてあるのだろか。増えてしまった考え事に頭を悩ましていると、フィーリアはとあることに気が付く。
「メニューに説明があるかも」
名前を決めろと言われてすぐに閉じたから気づかなかったが、スキルやクエストの説明などは大抵メニューに表示されるとシロが言っていた。
フィーリアはすぐにメニューを開いて、あれこれと操作する。すると、先ほど所得可能となった【調教】スキルの説明で目的が達成された。
スキル【調教】:モンスターのテイムを可能とし、テイムしたモンスターのステータスなどが見ることができる。テイムしたモンスターは、召喚石に入れることで休ませ呼ぶことで召喚出来る。
「なるほど、まずは【調教】スキルを……」
フィーリアはスキルポイントを使って【調教】スキルを取得。スキルの数もそこまでないフィーリアにはスキルポイントは結構あるので問題なかった。
「よしっ、これでこの子の詳細が分かる」
満足げな顔をするフィーリアに馬も鳴き声で合わせてきた。目的のものが手に入った所でフィーリアはさっそく馬のステータスなどを見てみる。性別は重要なのだ、雌にタロウなどつけるわけにもいかないし。慣れた手付きでフィーリアはメニューを操作して馬の詳細を開く。
「ふんふん、なるほど。へぇ~、そうなんだ」
食い入るように画面を覗くフィーリアは、目をキラキラとさせていた。そこに表示していた内容がよほど興味深いものだったのだ。
詳細を調べ終えたフィーリアは、目線を馬と同じにし語り掛けた。
「決めた。あなたの名前はハクです」
「……BUU」
「気に入った?」
「BUUU!!」
「良かった! これからよろしくね、ハク!」
フィーリアが付けた名前が気に入ったようでハクは嬉しそうに何度も鳴き声を上げ、そして頭を突き出した。視線を同じにしていたフィーリアは顔と顔がくっついてどこかくすぐったが気持ちのよい感触に小さな笑い声を上げた。
☆☆☆☆☆☆
それから、フィーリアがハクを連れてシロたちの所に帰ったら既にフィーリア以外の全員が揃っていた。どうやら夕食の用意が出来ているようである。
「あっ、フィーリア。ちょうどよかった今呼びに行こうか……と」
フィーリアの存在に真っ先に気が付いたユキが傍まで駆け寄るとフィーリアの隣でくっついている美しい白馬が目に入った。
次の瞬間、これでもかというほど目を輝かせたユキはフィーリアに詰め寄った。
「えぇ!? 何、どうしたのこの子? モンスター、というかテイムしたのフィーリア!?」
「ユ、ユキちゃん、お、落ち着いて……」
「え、何々どうしたの?」
「フィーリアがなんかテイムしてきたみたいです!」
「それは……」
「気になる……」
「あら、可愛らしい子馬さん」
「へぇ、毛並みも綺麗ね、どうしたの?」
ユキの発した言葉にあっという間に囲まれたフィーリア。ユキの他に【向日葵の輪】の面々からも質問攻めにあい、てんやわんやとなってしまう。
「おい、どうしたんだ一体?」
「わぁ~、馬だ~」
すると、そこへ料理対決の最中であったシロとミルフィーも現れた。
取り敢えず、戸惑った表情を浮かべていたのでシロとミルフィーでフィーリアを救出。他の面々に落ち着くように説得をした。シロとミルフィーの冷静な対処のおかげか全員冷静になりフィーリアとの距離を取った。
「……で? その馬はどうしたんだ?」
全員が落ち着いたのを機にシロが代表として訊ねる。フィーリアはハクと出逢った経緯を出来るだけ鮮明に説明した。説明を聞いたシロは腕を組んだ状態のまま沈黙していた。その様子にフィーリアはどこか緊張してしまう。
「あ、あのシロ君。や、やっぱりまずかったですか?」
「えっ? いや、全然、フィーリアがテイムしたんだ。俺がとやかく言うことじゃないだろ」
「そ、そうですか……ホッ」
シロの言葉で安堵を漏らすフィーリア。もしこれで「元いた場所に戻してこい」などと言われた日には泣く自信があったのだが、どうやら杞憂だったようだ。
シロとしてはフィーリアがやっと自分で考えてこのゲームをやり始めたことに何ら問題などなかった。逆にそうして欲しかったという所だ。フィーリアは始めた頃からずっと自分たちと一緒に行動してきた。それが悪いわけではないが、それがかえって彼女のゲームに対する考えを狭めているように感じていたのだ。
しかし、今回彼女は自分の判断で二つもスキルを習得し、かつペットまで持ち出した。それは単純に喜ばしいことである。さらにテイムしたモンスターは基本的に戦いに参加となるので、これで戦力が強化されたと言っても過言ではない。
気なるのはやはり、ペットの能力だろう。
「それでそれで、名前は?」
と、シロが考えに更けているとシロの横からユキがたいそう楽しそうな声で訊いた。
名前を聞かれたフィーリアは、待ってましたとばかりに横にいるハクを優しく撫でながらその名前を口にした
「この子の名前は、ハク。ペガサスのハクです」
『えっ?』
「え?」
『ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』




