第八十七話 静かで小さな決意
「あっ、おかえりなさい、ユキちゃん」
「ただいまー」
ユキたちが戻ってきたのに気づいたフィーリアが反応するとユキも嬉しそうに返事をした。シロも鍋をかき混ぜながら横目でそれを確認する。
「おっ、いい匂い」
「カレーですか?」
「そうだよ~、おいしく出来てるよ~」
ユキと共に帰ってきたエルとミカは鍋から漂う香りに顔を綻ばせる。
味付けなどで特に衝突することがなかったために予想よりも早く出来上がっていた。しかし、米も炊いていないしララたちが帰ってきた様子もない。
「う~ん、もう一品作るか」
やる事がなくなってしまったシロはちょっと考える素振りを見せると食材の在庫を確かめる。まだまだ山のように積み重ねられているのでもう一、二品程度なら問題ないだろう。
「シロ君、何かお手伝いすることありますか?」
「ん? いや、一人で大丈夫だ。フィーリアは少し休んでくれて構わないぞ」
「何を作る予定なんですか?」
「ん~、出来てからお楽しみって所かな。まぁ、大したもんじゃないから期待しないで待っててくれ」
シロはそう言うとカレーに蓋をすると、くるり、と方向転換させその場から離れた。まな板と包丁を取り出し、腕まくりをして気合を入れる。
「「さて、それじゃぁもう一品と……」」
「ん?」
「えっ?」
何故かハモッた声に気づき横を見るとそこにはシロと同じように包丁を握っているミルフィーの姿があった。何で彼女がここにいるのだろうか。
「何で……」
「いや、あたしは材料余っているみたいだからもう一品加えようかなと思って……」
シロの呟きに毅然とした態度で答えるミルフィー。どうやら考えていることは一緒のようだ。
「俺もなんですけど」
「そう、なんだ。……ならば勝負だ~」
「は?」
「どちらがよりおいしい料理が作れるのか~、審査員はあたしたち以外のメンバー~」
「いや、ちょっと待ってくださいよ。どうしていきなり勝負なんて?」
ミルフィーの唐突な申し出に戸惑うシロ。シロもカレーを作っているミルフィーの手際の良さから実力が分かっているつもりだ。しかし、そこでシロと勝負なんてのは意味が分からなかった。
「う、うるさい~! するの勝負するの~!!」
シロの指摘に言葉を詰まらわせるミルフィーだったがまるで駄々っ子のような言い分で勝負を申し込む。その姿はまるでユキみたいである。
「何々どうしたの?」
「あっ、エルさん。いやちょっと困ったことに」
シロは二人の様子を見に来たエルに事情を話した。話を聞きながらエルは時折頷き、目を閉じて何かを考える素振りを見せると合点がいったように目を開いた。
「あ~、なるほど。おおかた、シロ君が案外料理上手だと気づいて対抗心燃やしたみたいだね」
「何故、俺なんかに……」
「言ってしまえば、君の第一印象が最悪だからかな?」
ちょこんと首を傾げつつ言う内容にシロは納得せざるを得なかった。嫌いな相手が意外な実力を示したから気になったという所だろう。こうなると、ミルフィーを止める事は難しいとエルに言われてしまった。
「はぁ、しょうがないですね。分かりました、やりますよ」
「よし、それじゃあ~、皆が揃うまでに自分が考えた料理を一品作ること~。いい~?」
「はいはい、そうしましょうか」
「面白くなってきたわね」
シロが渋々ミルフィーとの勝負を承諾すると、明らかにやる気を表すミルフィー。嘆息した気分になるシロであるがミルフィーが食材を選び始めているのを見て、自分も重い足を動かして始めたのであった。
☆☆☆☆☆☆
暇になってしまった。
シロとミルフィーが料理対決を始めた頃、フィーリアは一人湖を沿うようにぼんやりと歩いていた。空には夕日が周りをオレンジ色に染め、森からは時々風が吹いていた。
ユキも誘おうかと思ったのだが、フィーリアはそれを止めた。理由はシロが釣りへ行った時に話されたエルのギルドへの勧誘である。
(どうしようかな?)
頭の中で呟いてみるが、実際フィーリアの答えは最初から出ているみたいなものだ。
ユキやシロが入れば入る。
フィーリアの答えはそれだけである。このゲームを始めたのだってユキに誘われたからだし、二人以外とこのゲームで遊ぶことは今までにもなかった。例外はユキと二人で他のパーティと組んだ時だけだ。その時以外にフィーリアが他の誰かと一緒に行動したことはない。シロとユキがいればいいとさえ思っている節もあった。
しかし、それは自分でもどうかと思う。もちろん、二人と一緒にいて楽しい、だが自分は二人だけしか知らないのだ。
自分はあまりにも二人に頼り切りだ。それは頼っているというより依存に近い。依存は怖い、それ以外の事や物が目に入らなくなるからだ。
フィーリアはその依存が悪化した例を身をもって体験している。
「ん~、でもなぁ……」
しかし、フィーリアは自分がシロやユキと離れるというのも想像できなかった。それが当たり前となっているからだ。
(二人ともどうするんだろ?)
ぼんやりとそんなことを考えるフィーリア。ユキはこのゲームが好きだから意外と応じるかもしれない。
しかしシロは――
「はぁ、考えても仕方ないよね」
フィーリアは考えることを放棄した。どうせ、エルがシロにギルドへの勧誘をしたら相談するつもりだったし、そこで自分の考えを決めるのも遅くはないはずだ。
フィーリアはそう結論付けると何となく、その場で腰を下ろし光に反射する水面を眺めた。静かに流れる時間がフィーリアを包み込む。
「こうしていると、歌いたくなるなぁ」
仕事柄だろうか、こうただぼんやりとする時間が長いとどうしても声を出したくなってしまう。ボイストレーニングや演技の練習。声優という仕事をしているフィーリアにはそれはもはや日常で、習慣でもあった。
ゆっくりと息を吸い込むとフィーリアは歌い始めた。
「~♪~♫♩~♪」
風鈴のような涼しく、そして綺麗な声が湖に響く。誰もいない空間で静かに流れるメロディーやリズムは溶け込むようにそこに馴染み、まるでフィーリアがいるそこだけ違う世界のようであった。
静かな、けれど美しい歌をフィーリアは自由に歌った。すると、頭の中でピコンッ、と音が鳴る。それに気づいたフィーリアは歌っていた口を閉じ目の前に現れた文字を見た。
『【歌唱】スキルを取得可能になりました』
「【歌唱】スキル……?」
フィーリアは文字に表されたスキルを呟く。フィーリアが持っているスキルは二つだけ、それもシロやユキが取ったから会得したようなもので自分の力で取得可能にしたのは初めての経験である。
スキルを取得するか迷った。説明文を読むと【歌唱】スキルは歌うことで敵にデバフを与えたり、味方にバフをかけるが出来るらしい。効果は【支援魔法】と比べて劣るがあったら便利なスキルだ。歌うだけなのでMPも消費しなくて済む。取っても損はないものである。
だが、フィーリアは迷った。シロたちに相談しなくてもいいのかと、自分の勝手な判断で決めてしまってもいいものかと。
「と、とりあえず、シロ君に話してから……」
そう言ってフィーリアはメニューに表示されている画面を閉じようとし――それを止めた。
それでいいのか。
何でもかんでもシロやユキに相談しないと決められないのか。
先程、依存していてはダメだと考えていたではないか。
それじゃあ、自分はいつまでも変われない。
転校してきた頃と何も変わっていないじゃないか。
それでいいのか。
自分で問い、考える。フィーリアはこれまでシロやユキと共にやってきた。その日々は楽しく、かけがえのないものだ。それは心地よくて、つい甘えてしまう。
それではダメだ。自分は二人の役に立ちたい。
思い出す、ゲームに誘ってくれた優しい笑顔を。
思い出す、逃げないことを教えてくれた大きい背中を。
数々の思いが、思考が、フィーリアの中を駆け巡る。そして、自然とフィーリアは指は動いていた。
『【歌唱】スキルを習得しました』
この程度で自分が二人の役に立つとは思えないが、まずは自分の意志で歩くことから始めよう。誰もいない揺れる水面に向かってフィーリアはそう決意するのであった。
がさっ
「!?」
静かな決意を胸に秘めたフィーリアの傍から草木をかき分ける音がした。瞬時に反応を示したフィーリアは弓を取り出し、警戒態勢になる。
(モンスター? いや、でもここは比較的モンスターが少ない場所のはず。それじゃ、プレイヤー?)
もはや手慣れたもので戦闘になる時の体勢になりつつも自然に疑問が浮かび上がる。フィーリアの言う通り湖の周辺はモンスターが少なく、だからシロたちはここを拠点とすることにしていた。となると、この場に自分以外の誰かがいる可能性が出て来る。そして、その人が友好的とも限らないので警戒は怠らない。
ガサガサ……
音は徐々にフィーリアへ近づき、雑木林が揺れる。ごくり、と目の前の雑木林を凝視するフィーリア。
一体、どんなものがそこから現れるのか想像できないが油断だけはしないようにしようと思った。
しかし、フィーリアの目の前に現れたのは彼女が想像してなかったものだった。
「……お馬さん?」
草木をわけて現れたのは白い毛並みの美しい馬であった。




