第八十六話 気まずい空気
「じゃ、私たちはちょっと狩りしてくるわね」
「レッツゴー……」
「おー……」
「私たちはお米研ぎにでも行こうか」
「そうだね、ユキさん行きましょう」
「はい、じゃあ、シロ君、フィーリア、行ってくるね」
「……」
「……」
「えぇと……」
ルカと双子は、もう少しアイテムを拾うために森のほうへ移動。エル、ミカ、ユキはシロたちの手伝いで米を炊きに水場へ。そして、シロ、ミルフィー、フィーリアは気まずい空気を漂わせていた。フィーリアが困ったようにシロとミルフィーの顔を交互に見やる。
こちらを一切見る気配を見せないミルフィーにシロはやや疲れ気味に肩をもむ。
「こうしても仕方ないから始めませんか?」
「……そうね、さっさと作ってしまいましょうか」
(素が出てるなぁ)
そっぽ向いたままシロの言葉に賛成するミルフィーであるがやはり口調はいつもの間延びした声ではない。それほどシロのことが嫌いなのだろう。しかし、向こうも同意をしたということであるから文句を言われる筋合いはない。シロはとりあえず作業に入ることにした。
「さて、何を作るかだが……」
「これだけあると何でも作れますね」
シロたちは並べられた食材たちを見て感嘆するような声を出す。シロたちの目の前には野菜や魚、肉、卵にいたるまでバリエーション豊富な食材たちがそこにいた。ちなみに米や調味料までもドロップしているのでフィーリアの言う通り何でも作れる。
調理するにあたってシロは二人がどの程度できるのか聞いておくことにした。それによっては作業効率が全く違う。
「ちなみに、フィーリアってどのくらい出来るの? ていうか、料理できるのか?」
「すみません、その、ここ数年包丁も持ってません……」
「まぁ、そうだろな」
人気声優なフィーリアは今ほどでもないが多忙だったわけだし、包丁を持たせて怪我をされても困るからだろう。声さえ守っていればいいのではと思うが、業界のことなんて知らないので意見する気ない。
フィーリアの料理スキルを確かめたシロは隣にいる人に恐る恐ると聞いた。
「それで、ミルフィーさんはどのくらい出来るのですか?」
シロとしては普段のミルフィーを見る限り、料理などイメージできないのだがエルの質問に手を挙げるくらいのだからそこそこ自信があるのだろう。
「……一通りって言う所かな?」
「えぇと、具体的には? 得意な料理とか」
「……肉じゃがとかパエリア、あとはオムライスとか?」
「へぇ、なるほど……」
意外にレベルが高いミルフィーのレベルに内心驚きつつシロはこれなら結構凝ったものも出来るなと考える。材料もあることだし、まずはキャンプで定番を作ることにした。
「まぁ、まずは定番ですがカレーでも作りましょうか」
「そうしようか、なら私は人参切るから」
「じゃあ、俺は玉ねぎで」
「あ、あの……」
「フィーリアはじゃがいもを頼む」
「は、はい」
大体作るものが決定したシロたちはそれぞれ材料に手を伸ばした。
一般的に【調理】スキルを持っていると食材の加工などの省略化、質の向上に料理にバフがかかるようになっている。だが、【調理】スキルを持っていない人でも現実と同じような手順を踏めばこの世界でも料理が出来る。味にばらつきが出るのが難点だが。ちなみに、出来た料理の出来によって評価も出て来るのでそれを参考にも出来る。
シロたちが分けた班は三つ、軽い狩りを担当するララたち。米を研ぎに行ったのがユキたち。そして、リアル調理スキル持ちのシロとミルフィー、そして余ったフィーリアの三班となっている。
シロは包丁を手に持ち、ささっと慣れた手つきで玉ねぎを切っていく。その手際は確かに毎日料理をしている者の手つきである。横目でそれを見ていたミルフィーは静かに感嘆していた。
そんなミルフィーも人参の皮を包丁で剥くと、縦に半分に切りそこから横に切っていく。危なげもなく包丁を扱うミルフィーを、これもまた横目でチラ見するシロは昔からの知り合いだからなおのこと驚きつつあった。
「本当に料理出来たんだ」
「……何で意外そうな顔をしているのかな君は?」
シロの呟きが聞こえたのかミルフィーは丁寧に野菜を切りながらもジロリ、とシロを睨みつけた。まさか聞かれていたとは思わなかったシロは視線を素早く材料に移し、作業を再開させる。ミルフィーもそれ以上の言及はしてこないので一安心するシロ。ミルフィーの実力が大体わかったのでシロは今度はフィーリアのほうに視線をやる。
「……(ブルブルブル)」
「はぁ……」
そこには、包丁を握ったまま震えているフィーリアの姿があった。正直、危なっかしいので見ていられない。シロは包丁を置いて、フィーリアの肩を軽く叩いた。
「お~い、フィーリア」
「は、はい! な、なんですか!!」
「しっかりしろ、震えているぞ大丈夫か?」
「……すみません、久々なので緊張してるみたいです」
「あまり緊張していると失敗するぞ? それに切っても痛くないから心配することはないだろう」
「そ、そうですけど……」
シロが落ち着かせるために慰めるがフィーリアの顔から不安の色が消えない。シロは嘆息をすると、おもぬろにフィーリアの後ろにまわり自身の両手をフィーリアへと重ねた。
「ふぇ!?」
「最初は俺が教える。ゆっくりでいいからな、慣れれば大丈夫だろ」
「し、ししししシロ君!? そそ、その、あの……」
「ほら、切るぞ~、しっかり材料を見てろ」
「あの、だから……はい」
シロの突然の行動にフィーリアはトマトのように顔を赤くするが後ろにいるシロにはそれが目に入らない。何とか離してもらおうとするフィーリアであったが結局、拒むことが出来ず諦めてしまった。そんなフィーリアの心意など露知らないシロは重ねたフィーリアの手を丁寧に動かし始めた。
トントントン、と野菜を切る音がその場に鳴る。しかし、恥ずかしすぎてフィーリアはそんな音など拾えていなかった。隣で人参を切っているミルフィーはシロたちのその様子を胸やけが起こりそうな気分で見ていた。
(よくもまぁ、人前でイチャコラやれるわね)
毒づくように内心吐き捨てるミルフィーであるが、シロとしてはあのまま包丁を扱わせて惨事になる前にとった予防線なのだが、傍から見たら甘い空間が広がっているようにしか見えないのでしょうがない。
その後、フィーリアの手つきも慣れたようなので背中から離れたシロがフィーリアの顔を覗くと真っ赤になっていたため、何事かと首を傾げたのは言うまでもない。
☆☆☆☆☆☆
シロたちがカレーを作っている頃、少し離れた場所でユキたちは米を研ぐために湖の方へやって来ていた。手には昔懐かしの飯盒があり、これもエルたちがモンスターからドロップしたものである。
バケツに水を入れながらユキはミルフィーと話していた内容を思い返す。
『二人ともウチに来る気ない?』
『えっ?』
『それって……』
『あぁ、もちろんシロ君も誘う予定だよ。けど、まずは二人に話をしておこうと思って』
『そうですか……』
『……』
「……はぁ」
「どうかしたんですかユキさん?」
露骨にため息を吐くユキにミカが心配そうな声色で訊ねる。
「いえっ、何でもないです」
慌てて返事をするとユキはバケツを持ってその場を離れた。
エルはシロにもギルドに勧誘すると言っているが実際、彼はどう返事をする気だろう。数ヶ月一緒にいたユキの見解からしたら十中八九、シロはギルドに入らない。彼が自分の正体がバレるようなことをするはずがないからだ。
しかし、ユキは気になった、彼がどう応えるのかを。【向日葵の輪】にはかつての仲間がいる。今は仲たがいしているようであるが時間をかければまた仲良くすることは可能だろう。ギルドに入れば出来ることはたくさんある、シロが欲している情報も把握できるかもしれない。メリットは山ほどあるはずなのだ。
「はぁ……」
まぁ、結局は自分がどうしたいのかだが。ユキは正直言ってこれまでシロの後をついて行っているだけで、自分で何か決めたことなどない。
それは、彼に甘えていただけなのだろうか。
ユキは何とも言えない感情に胸を掻き立てられるのを感じながらも黙ってそれが大人しくなるのを待つだけであった。




