第八十三話 人はそれを
突然のララとルルの参戦に、ミルフィーは呆然としていた。今彼女たちは、同じギルメンであるミルフィーに武器を向けている。その目は、まるで雛を守る親鳥のようでミルフィーに敵意を見せていた。
普段はギルメン以外の人間に対して関心がないような態度をとっていた二人が他のプレイヤー、それもミルフィーが嫌っている相手に懐くとは到底思えなかった。
「……ララちゃん、ルルちゃん、そこをどいて~」
「いや……」
「ミルフィーこそ、武器を仕舞って……」
ミルフィーが二人に退くように言うが彼女たちは退く気は見せず、逆にミルフィーに武器を仕舞うように頼む。
「そこにいる人にあたしは用があるのだけど~」
「この人いい人……」
「困ったところ助けてくれた……」
明らかな敵意をシロに放つミルフィーにララとルルはシロが自分らを助けてくれたことを説明する。だが、それだけでミルフィーは武器を収める仕草は見せなかった。
膠着状態となる三人。シロもこの状況にどうすればいいか戸惑っていると、シロの前にもう二つほど人影が現れた。
「あなたたちは?」
「シロ君の」
「パーティメンバーです」
白狐とソメイヨシノを手に持ったユキとフィーリアもシロを守るようにミルフィーとシロの間に立ちはだかる。
総勢五名による睨み合いが為される。完全に蚊帳の外にいる他の【向日葵の輪】の三人は困った表情を浮かべる。
ミルフィーとシロの件を知らないルカが傍に立つ二人に尋ねる。
「なんでミルフィーはあの男の子を嫌ってるの?」
「えぇと、あの子がシルバーの何か悪口を言ったらしく……」
「それにミルフィーちゃんがキレちゃったの」
「なるほど大体分かった」
エルとミカの説明を受けて、納得する。常習犯なのでこの説明で大体理解出来るのだ。
そんな三人を他所にミルフィー対ユキたちの睨み合いが続いていた。同じギルメンなはずのララとルル、ミルフィーが睨み合っているのはシロとしてもさすがにまずいと思った。
「ララ、ルル。いいよ、サンキューな」
「「でも……」」
「これは、俺の問題だからな。そのせいで三人が喧嘩とかされても困るし」
「「「……」」」
「ユキとフィーリアも武器を仕舞え」
「いいの?」
「あぁ、俺の問題だ」
「……分かりました」
シロの言葉に素直に従うユキとフィーリア。一方で、ララとルルも反論したい様子であるがシロの言い分も正しく、彼女たちとしてもミルフィーと争うことは望んでいないので大人しく引き下がった。
「……さて」
「……」
シロは再びしっかりとミルフィーと対峙する。彼女は先程と変わらず鋭い目つきをしていた。
「……何で武器を取らないのですか?」
「俺にはこれを抜く理由がありませんから」
「ララちゃんとルルちゃんのことについてはお礼を言います。しかし、これとそれとは別ですから」
「でしょうね」
最低限の礼儀を通すミルフィー。人見知りするあの二人が相当懐いているみたいだから、根っこは悪い人ではないだろうと推測出来る。しかし、シルバーについての撤回を諦めるわけではない。シロが言った通り、これはシロとミルフィー二人の話なのだから。
シロはもう抵抗する動きを見せなかった。PKでミルフィーの気が済むのならそれでいいかなと思ったのだ。
――ただ、どうせ死ぬならミルフィーと殺り合ってもいい気がしてきた。
そこでシロの纏う雰囲気が変わった。
「っ!?」
シロの変化にすぐ目の前にいるミルフィーがすぐに感じ取った。その雰囲気に当たられ、思わず足が後ろに下がる。
「どうかしましたか?」
「……いいえ、何でもないです」
だが、目の前にいるシロは変わらないやる気のない顔つきである。気のせいだろうか。だが、確かに一瞬だけ感じたことない冷たく、恐ろしい何かが伝わって来た。PvPなどで強力なプレイヤーと対峙した時に似ていたがそれよりもドス黒い、怨念のようなものを感じた。
人はそれを殺気と呼ぶ。
しかし、ミルフィーは明確にそれを表現することは出来ない。何故なら、それは本気で人を陥れようとした事がある人間にのみ持てるものだからだ。
そんな物騒なこととは無縁な人生を送って来たミルフィーが、いや、普通の人ならまず出逢わないし持つこともないだろう。シロが恐らく特別なのだ。
「……はぁ」
掻いてもない汗を感じ、ミルフィーは彼が纏う不吉なオーラに危機感を持った。もし、彼と戦うとなると両者無事というわけにもいかない、何故か確信があった。
ミルフィーは息を静かに吐くと、レイピアを腰に仕舞った。それを見てシロは意外そうに目を丸くした。
「あれ? いいんですか?」
「……二人を助けてくれた、それでプラマイゼロです」
「別の問題じゃなかったっけ?」
「……殺されたいのですか?」
「お言葉に甘えさせてもらいます!!」
シロは腰を90度曲げ頭を下げ、お礼を述べた。これ以上の刺激したら双方によくない。せっかく妥協してくれると言うのだからこれを逃す手はない。
「……はぁ」
シロのその態度に先程感じた殺気めいたものは何だったのだろうかと首を傾げた。
邪悪な雰囲気が終わったのを感じ取ったのか、他のメンバーも続々とシロたちと合流を果たした。
「はじめまして? ギルド【向日葵の輪】でギルドマスターをしてます、エルです」
「同じくサブマスのミカと申します。ララちゃんとルルちゃんを助けてもらいありがとうございます」
「同じくルカよ。よろしくね」
「……ミルフィー」
「これはご丁寧にどうも、俺はシロと言います。こっちの白いのがユキでピンクなのがフィーリアです」
「「よろしくお願いします」」
ミルフィーの様子を横目に自己紹介をかわすシロたち。一応、ミルフィーも名前を告げる。態度は素っ気ないが。
だが、呑気に喋っている余裕もない。ララとルルがミルフィーと同じギルドだったのは想定外だが、さっさとここから立ち去れば問題はないはず。ミルフィーの機嫌もよろしくないようなので退散を考えたシロはそそくさと言葉を並べた。
「それじゃ、ララとルルも無事に送り届けたみたいですし俺らはこれで……」
「失礼します」と言おうとした時、シロは左右から袖を引っ張られる感覚に陥った。視線を向けるとララとルルが小さな手でシロの服を掴んでいた。
「どうした?」
「お礼……」
「まだしてない……」
「うん? いいよそんなもん気にしなくてな」
「「そういうわけにもいかない」」
さっさとここから立ち去りたいシロであったが二人は頑なな態度をとる。ユキとフィーリアも困ったような、それでいてどこか微笑ましい表情をしていた。
すると、そこにエルの声が入った。
「私のほうからもお礼をさせて。ギルメンがお世話になったことだし……それに、こうなったら二人とも引かないわよ?」
エルがそう言うと他の四人もうんうん、と頷いた。再度ララとルルのほうを見ると、二人とも先ほどと変わらないクールな顔でシロをじっ、と見つめていた。
恐らく、エルの言う通りここでいくら言っても聞かないだろう。そう判断したシロは深くため息を吐くと頭を掻いた。
「はぁ、わかったよ。で? なにしてくれるの?」
正直、シロとしては大したことした覚えもないし、ここにミルフィーがいるから手短に終わらせたい。シロの言葉を受けて、二人は互いに顔を見合わせる。テレパシーでも使って会話をしているのだろう。
数秒、無言の話し合いをしたかと思えばシロのほうに顔を向けた二人。どうやら話し合いが終わったらしくシロは次に出てくるだろう言葉を待った。
そして、二人はゆっくりと息を揃えて言い放った。
「「なんでも……」」
「それが一番困るんだけどなぁ」




