第七十九話 水源情報
東へ向けて歩み出したシロたちは、時折出て来るモンスターを倒しつつも緑生い茂る道を進んでいた。だが、そこで一つシロたちに問題が発生した。
「……食料しかでねぇなおい!」
「キャンプ道具が一つも出てこないね」
「ある意味、凄いことなのでは?」
何体目かとなるモンスターを倒して、ドロップしたアイテムを見たシロが声を荒げた。ドロップしたのは一体何個かめの肉である。
今回のキャンプは自給自足、必要な食料や寝床や道具は全てモンスターからドロップさせるか作らないといけない。生産職のプレイヤーならいいがシロたちのような戦闘職のプレイヤーは前者の方法をとらなければならない。食料やそれらを調理するための道具、さらにテントなどの寝床も確保しないとダメ。だが、今の所シロたちがドロップしているのは野菜や肉などの食料だけ。もちろん、モンスターの種類も異なっている。それなのに全く持って道具類が出てこないのは、ある意味運が凄いことなのかもしれない。
「掲示板の様子は?」
「いくつか池みたいな所を発見したみたい。でも、湖の場所は特定されていないっぽいよ」
「たくっ、隠匿してるんじゃねぇのか」
「いや、そういうのではないと思うよ。ほら見て狐とモフモフしてる写真」
「モフモフ……」
そう言ってユキが二人に画面を見せるとむさ苦しい男が狐型のモンスターにひっついている写真がそこには映っていた。それを見て苦い顔をするシロとは対照的に、フィーリアは目を輝かせていた。
「道は険しいなぁ」
どこか遠い目をして呟くシロ。せっかく『時間加速システム』の導入のおかげで勉強時間を確保できているのだ、さっさと拠点となる場所を見つけて勉強を始めたい所である。
「……ん?」
「どうしたのシロ君?」
突然、何かに気づいたかのように眉を上げるシロ。その顔を見て、ユキは首を傾げながら訊いた。
「……人がいる」
「……何人?」
「四、五人だな」
「PKですか?」
【索敵】の範囲にプレイヤーの気配を感じたシロの顔は真剣なものへと変わる。それに二人の顔つきも変わった。二人ともPKという体験をしてきているからかその顔は怯えの色はなかった。
「どうだろうな、どうもそういう感じではないと思うな」
先ほどから警戒をしているシロだが【索敵】に引っかかっているプレイヤーたちの様子を見て、怪訝な表情を見せる。
【索敵】にかかっているプレイヤーたちはどうもパーティらしく一緒に行動しているがその行動がどうも歪である。前にプレイヤー四人がいて、その後ろに一人だけぽつり、と後ろをついて行っているという感じだ。
シロがそのパーティに首を傾げているとピコンッ、とモンスターを表す点が出てきた。すると、先ほどまで後ろにいたプレイヤーが前へ出て、前にいた四人が後ろへと下がり出した。その行動にシロはいよいよ疑問顔になる。
「シロ君?」
「どうかしましたか?」
シロの怪訝な顔に何か感じのだろう、ユキとフィーリアが心配そうな顔をして訊ねた。シロが【索敵】で感じた違和感を説明しようと口を開きかけた時、バッ、と体を反転させ鞘に手を置いた。それを見てユキとフィーリアは驚きつつも彼の視線を追う。
鋭い眼で緑の光景を睨むシロ。そして、ドドド、と地面が微かに揺れるのを確かめると腰を落として抜刀する構えを見せる。シロに合わせて二人もそれぞれの武器を構えた。
ドドド……
ドドドドド……
ドドドドドドドドドド!
徐々にその足音が近づいてくる。やがて、その音がはっきりと周囲に響くと同時、シロたちの前に広がる草木が倒れだして一人の少年と真っ赤なイノシシ型のモンスターが飛び出して来た。
「うわぁぁぁ!!」
「フィーリア!」
「【影縫い】!」
シロの声が飛び出すと同時に矢が放たれる。フィーリアが放った矢はシロたちに迫る少年の横を通過してイノシシに命中。【影縫い】を喰らったイノシシはその足を止め、体を固めた。
フィーリアの矢が命中したのを視認したシロはその場から駆け出した。
「【フリーズランス】!」
シロが駆け出すのと同時にユキは【氷魔法】の初級の魔法を繰り出した。二本の氷の槍がイノシシに向かって飛び込む。槍はシロの横を通過し、イノシシに突き刺さった。
「BYUUUU!!」
冷気を帯びた槍が刺さったイノシシはその冷たさと痛みに雄たけびを上げる。そして、あっという間に間合いを詰めたシロは一気に鞘から政宗を引き抜く。
抜刀した政宗がイノシシの横腹をかすめ、相手のHPバーを全損させた。
「BYUUUU!」
シロに斬られた断末魔を上げ、その姿を消した。振り切られた刀をクルクルと慣れた手付きで鞘に納めるとシロは先ほど逃げて来た少年のほうを見た。
よほど怖かったのか、少年は腰を抜かし呆然としていた。
「……おい、大丈夫かお前」
「え、あ、はい。大丈夫です」
「そっか、横殴り悪かったな」
「い、いえ! 助けてもらいありがとうございます」
少年は、立ち上がったかと思うと勢いよく頭を下げた。
「本当に大丈夫? 怪我してない?」
「はい。だい、じょうぶ、です……」
「??」
ユキが心配そうに声をかけ、顔を覗く。少年はユキの声に反応して顔を上げると体が固くなった。少年の様子に首を傾げるユキ。
(そういえば、こいつ美少女だったな)
少年の反応を目の当たりにしてシロはそんなことを思い出す。ユキの顔はリアルとさほど変わらない。その超がつくほどの美少女の顔が自分の目の前にあったら言葉も失うだろう。分かりやすく少年がキョドッているのを不憫に思ったシロは助け船を出す。
「あ~、お前一人?」
「えっ、あ!」
シロの言葉に思い出したかのような声を上げる少年。その時、モンスターが出てきた茂みからぞろぞろと【索敵】に反応していたプレイヤーたちが現れた。
「おいっ! おっせーぞ何やってんだよ」
現れたのは男3女1の四人、その先頭にはガキ大将という感じの男が少年に対して大声を出す。その後ろにいる二人の男たちはその様子をニヤニヤとムカつく顔を浮かべていた。さらに後ろには、小柄な少女がどうも戸惑った表情をしていた。
先頭の男が前へ出る。
「ご、ごめん、その……」
「んなこといいんだよ。さっきの奴は倒したのか?」
「う、そ、そのごめん……」
「ちっ、役立たずだなテメェ」
男のまるで威嚇するかのような声色に少年は怯えるようにオドオドした。それをシロは冷ややかな目をして見ていた。
何か、様子がおかしい。
そう感じたのはシロだけではないようでユキとフィーリアも少年と男を不安げな顔をして視線を彷徨わせていた。
「……おい」
「あぁ? なんだテメェ」
見かねたシロは男に対して呼びかける。すると、ドスの利いた声を出しシロを威嚇する。だが、シロの後ろにいるユキとフィーリアを見るとニヤリッ、といやらしい顔をした。その顔がシロはどうも気に食わなかった。
「そいつが狙っていた獲物は俺らが横取りした。あまり責めてやるな」
横暴な態度をとる相手にシロはイラつくことなく淡々とそう言い切った。別に放っておいていいのだがどうも、先ほどから少年が目をウルウルとさせているので仕方なく自分らが横殴りしたことを告げる。
「はっ! そうかい、人の獲物を取ったというなら責任取ってもらおうか」
(……何言ってんだこいつは?)
シロは男の言葉に呆れるように首を傾げた。
横殴りというのは確かにプレイヤーに嫌われる行為であるがそれは狙ってそうしていることが悪な為であってシロたちは決して悪意を持ってそうしていることではない。今回は逃げてきた少年のルート上にシロたちがたまたま居合わせただけであって別にシロたちに迷惑がかからない場所であったら手出しをすることもなかったのだ。それを対して事情を知らない男が独断で決めることはおかしい。それにシロたちを責めていいのは少年であって断じてこいつではないはずである。
だが、そんなシロの思考を知らない男はシロの後ろにいる二人を指で示しながら言い放った。
「そこにいる二人。今から俺らと一緒に来い! それで勘弁してやる」
「調子乗るなよガキ」
「っ!?」
男が口にした内容を聞いた瞬間、シロは冷ややかだった目が絶対零度までに下がり、その目で男を睨みつけていた。あまりに男のぞんざいな態度に青筋を立てるシロ。
そんなシロの態度に男を含め、その場にいる全員がまるで凍り付いたように顔を強張らせた。
「な、なな……」
「はっ? なんだテメェ、何様のつもり? どうしてこいつらがお前について行かなきゃならん、というかお前ら獲物を横取りしたとか言うけどよ、盗られたくなかったら全員でかかればよかっただろうに何一人に任せて自分らは高みの見物してんだよ。それ以上くだらんこと言ってるとその口を斬りつけるぞ、こら」
シロがまくしたてるかのように口撃を仕掛ける。どうにもこういうタイプの人間はシロは嫌いのようである。
シロの迫力に気後れする男。だが、精一杯、強がってみる。
「なんだテメェ、やんのかこら! 俺はレベル85だぞ!」
「中級じゃねぇか、大声で言うことでもないだろ」
「なんだと、言わせておけば!」
男はシロの挑発じみた言い分に怒りをあらわにすると背中から剣を抜き取った。
「……やんのか?」
「余裕ぶってるのも今のうちだ!!」
シロが怒りで息を荒くしている男に対して、最後の忠告のように呟く。だが、男はシロの言葉を無視するかのように飛び出した。男にその行動にシロは「はぁ~」と大きくため息を吐くと、腰の刀を抜く。
「はっ! そんなちゃっちい刀で勝てるかよ!」
シロの持つ政宗を見て、男は鼻で笑う。しかし、男はシロが持つ刀がボス級のモンスターからドロップしたアイテムだとは知らない。さらにその武器を持っているのがかつて最強と謳われた男だったという不運が彼を襲う。
男はシロとの間合いを詰めると、一気に剣を振り下ろす。シロに反応する動きは見られない。
(へっ、たいしたことないな!)
男は自分の剣を振り下ろしながら勝利を確信する。しかし、その直後彼の目に映ったのは鋭い眼で剣を睨むシロであった。
ブンッ!
「なっ!?」
男の剣が空を斬る音が漏れる。それに驚愕の色を見せる男、だがその隙をシロが見逃すはずがなかった。
「とう」
「ぐはっ!」
まるで気の抜けた声とは裏腹に凄まじい勢いの蹴りが男の腹にめり込む。男は何かが胃から逆流する感触に陥りながら、後方に飛ばされた。シロの傍にいた少年はその光景を呆然と眺め、他の三人も同じような反応を見せる。唯一、ユキとフィーリアだけが「あ~あ」と言った感じで憐みの眼差しを向けていた。
「なんだもうお終いか?」
「ぐぅ……」
悪人のような顔をしつつ男に迫るシロ。その光景はさながらカツアゲを迫るチンピラのようであった。
シロは、男の鼻先に刀の先端を向け勝負を決めた。男は冷や汗をダラダラ掻き、恐怖で震えあがる。その様子に興が冷めたシロは嘆息すると刀を仕舞う。
「消えろ」
淡々と、そして無感情な声色で立ち去るように促す。その冷たい声に男は何度も頷くと、その場から走り去って行った。その後は男二人が追いかける。
「はぁ……」
「あ、あの……」
シロが男たちの背中を眺めていると先ほどの少年がおずおずと声を掛ける。それに対してシロは特にめんどくさがることなく反応する。
「なんだ?」
「えぇと、そのすみませんでした」
「別にお前が謝ることじゃないだろ」
「そ、その何となく……」
少年は、先ほどのシロが相当怖かったのか顔を引きつらせながら頑張って対応していた。そんな少年の心情を知らないシロは首を傾げるだけだ。
「んで、さっきの奴ら行っちゃったけど?」
「は、はい。今から追いかけます、どうもすみませんでした!」
「だから、そんなに頭を下げなくていいっての。あっ、そうだ、お前湖どこか知らない?」
「湖ですか? それなら、ここから東へ数分歩いた所だと思います」
「おっ、マジで? サンキュ、助かったわ。でも、よく知ってるな」
「僕、【水源探知】スキル持ってますからどこに水があるかとか分かるんですよ」
「またそれは、サバイバル向けなものを持ってるな」
「ハハハ……」
シロが期待せずに湖のありかを訊くと意外にも少年は的確な位置を教えてくれた。それが、どこまで信頼していいか分らないが、先ほどのシロを見ていた少年が嘘をつくメリットはないに等しかった。
少年は最後に再び頭を下げると、男たちが逃げて行った方向へ走り出す。少年を待っていたのか一緒にいた少女が合流すると少女もシロたちに頭を下げその場から離れて行った。
「……ま、とりあえず有益な情報も得たことだし。ラッキーだと思うとしよう」
面倒なことに巻き込まれたが少年からの有益な情報が手に入ったのでチャラであろう。シロは政宗を鞘に納めると二人に声を掛けようと振り返った。
すると、そこに何やらニヤニヤとしているユキと微かに頬を赤くして嬉しそうに微笑んでいるフィーリアの姿があった。
「……どうしたんだ?」
「うぅん? いや~、何でもないよ~」
「そ、そうですね。なんでもないです」
「だったらそのだらしない顔つきは何だ一体?」
「「何でもないです!!」」
「そ、そうか……」
きっぱりとした物言いにシロはそれ以上言及するのはやめた。だが、ユキとフィーリアはシロが男の言葉にあれほどまで怒った様子を見て、自分らを守ってくれたのが嬉しかったようで頬の緩みが止まる気配がなかった。
そんな二人の心情を知らないシロは、二人に東へ進むことを伝えると再び湖目指して歩き出したのであった。




