第七十一話 期末テスト
「と、まぁこんな感じで逃げた訳だ」
「えぇと……」
「………」
ミルフィーと接触した翌日、和樹たちはいつもの屋上で並んで昼食をとっていた。その際に話された、ことの顛末に雪と桜香は微妙な表情を浮かべた。とりあえず、無事だったことを喜ぶべきなのか話をややこしくしたことを叱るべきなのか判断が難しいところである。
「どうしてそんな喧嘩売るようなことを」
桜香が和樹に理由を尋ねる。普段の和樹ならその場で謝るなり、相手の怒りを鎮めるなり、平和的な解決を試みたはずだ、なのに今回は少しばかり和樹らしくない。それが桜香には不自然に見えた。
だが、和樹は表情を変えずに淡々とした口調で告げた。
「俺が間違ったことを言った覚えがないからな」
「…………」
和樹の言葉に桜香は首を傾げるが対照的に雪はただ和樹の顔を無言で眺めた。そして同時に昨日のミルフィーを思い出す。昔のギルドメンバーの悪口を言われて怒る彼女を和樹はどういう風に見えていたのだろうか。彼女とシルバーとの間にある信頼関係が雪は羨ましかった。自分は和樹の事を何も知らない、どうしてBGOを辞めてしまったのか、どうしてミルフィーに対してきついようなことを言ってしまったのか、今の雪には理解することが出来ないものであった。
「ま、その話は置いておいて、本題に入ろうぜ」
和樹の一言で雪は考え事をしていた頭を切り替え、話を聞くことに専念する。どうせ、考えても自分が和樹の事を理解出来る訳ではないので今はこれからのことに目を向けよう。
「前にも話したと思うけど、《神様》の提案で《ドリーム杯》に参加することになった」
「はい」
「なんだ桜香?」
「《ドリーム杯》って何ですか?」
「《ドリーム杯》と言うのは、毎年八月に行われる大規模PvP大会だ。ちょこちょこやるそこらの大会と違ってこの大会は規模も参加人数も多い。その理由は何だ柊?」
「え、私? えぇと、確か優勝したプレイヤーはランクが一段階上がるのと優勝賞品の豪華さ、かな?」
「そう、柊の言う通りこの大会では各ランクごとに分かれて催される。そして、ランクごとに優勝したプレイヤーは必然的にランクアップされる。例えば、Dランクの大会で優勝したらCランクに上がるっていう感じだ」
「……? ランクが上がると何かいいことがあるんですか?」
「あ~、特にランクが上がったからといってこれといった利益があるわけではない」
「そうなんですか?」
「あぁ、ただ単純に一位という目に見える強さを求めているだけだからな。それと、柊がさっき言ったように大会で出る優勝賞品が豪華なんだ。例えば、蘇生アイテムだったり強力な武器だったりと毎年違うものが並べられるからそういうのを求めて集う奴らが多いため《ドリーム杯》の規模が大きいんだ」
「何だかゲームって感じがしませんね」
桜香のセリフに和樹はクスッ、と可笑しそうに笑った。
「そうだな、参加人数や観戦者の多さ、そこからまわる経済効果とかのせいでほぼスポーツ化されているかもな」
近年、技術の向上と利便性からVRゲームは市民権を獲得するほどまで多くの人に親しまれている。VR技術を使っての医療やオンラインでの買い物、家にいながら海外の世界遺産なども巡れるなどといった使い勝手のよさから多くの企業が仮想世界へと足を踏み入れるほどだ。その経済効果は計り知れない。
「ま、つってもゲームはゲームだからな、本質は変わらない」
「本質?」
「”やってて楽しいか楽しくないか”だよ」
どんなに企業が介入しようがどんなに注目されようがプレイヤーを疎かにするようなゲームはクソゲーである、和樹はそう思っていた。
「っと、話が脱線してきたがもう質問はいいか?」
「はい、もう大体のことは分かりました」
桜香は和樹にお礼を言うと話を今後の予定についてに戻した。
「やることは山ほどある。まず、装備をいくつか新調しておきたい」
「今のままじゃダメなの?」
思わず雪が口を挟むが和樹は面倒臭がらず、疑問に答えた。
「今のままでも戦えなくはないが、出来ればもうちょっといい物が欲しい。そうなると今の所持金じゃ足りない」
「装備とかってお金かかるもんね」
「二つ目、ちょっとしばらく一人でプレイしたい」
「「えっ…」」
「そんな捨てられそうな犬みたいな顔をするな。別にお前らと一緒にいるのに嫌気がさしたわけではない」
「じゃあ、どうして?」
「大会に向けて対人戦の練習をしておきたいから」
「あ、あの和樹君、それって私たちいたら邪魔ですか?」
おずおずとした様子で桜香が訊く。これまで一緒にプレイするのが当たり前になっていたためか不安な気持ちが芽生える。
「邪魔ってわけでもないけど、一人のほうが色々とやりやすいんだ」
「そう、なんですか……」
「まぁ、これは大会目前くらいでの話だから今すぐってことじゃない」
「そっか、よかった」
「他にも情報収集、スキル構成の見直しやることはたくさんがあるがそこはおいおいだな。当面の目的は資金集めって所だな、拠点も欲しいし……」
「拠点ですか?」
「あぁ、こういう話をするのに向こうじゃ誰かに聞かれるか分からないし、かと言ってこっちで話をするにしても色々と面倒だからな」
「別にこっちで話してもいいと思うけど」
「俺のHPが削れるから却下だ」
「むぅ~」
和樹の頑なな態度にふくれっ面をする雪。しかし、今回のように色々と腹を割った話をする場合、ホックの酒場などで話をするのは危険が生じる。そのため、本格的にどこかに拠点を置こうと思っているわけだ。
「と、大体の予定はこんな感じだ」
「うん、分かった」
「了解です」
和樹が話を締めくくると雪と桜香は威勢よく頷いた。そして、卵焼きを一つ口に運ぶ和樹は「それから…」と何か思い出したような声を出して続けた。
「しばらく、イン出来ないかもな」
「え? どうして?」
和樹の発言に首を傾げる雪。そんな雪を和樹は憐むような目を向けて言い放った。
「お前、もしかして気づいていないのか?」
「何を?」
和樹のその意味深な言い方に雪は嫌な予感を感じた。何か、自分は大事なことを忘れているようであるが頭を捻っても思い出せない。そんな雪に和樹は嘆息して言った。
「……もうすぐ期末テストだぜ」
「あ……」
和樹の言葉に急速に雪は顔が真っ青になる。そんな雪をスルーして和樹はのんびりと桜香に訊ねた。
「桜香は大丈夫なのか?」
「はい、授業にはついてこれてますし、苦手な部分はあるけど復習しておけば問題ないと思います」
「そうか、この学校赤点取ったら夏休みに補習だからな。皆この時期は焦り始めるぞ」
「大変なんですね」
「そうだなぁ」
まるで縁側でお茶しながら世間話をする老夫婦のようなやり取りを見せる和樹と桜香。そんな二人の間から突如、大きな声が飛び出る。
「白井君!!」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないよ!?」
「大体想像できるからあえて言わせてもらうと、勉強を教えるつもりはない」
「そこを何とか!!」
頭を下げて、両手を合わせ、懇願する雪に和樹は優雅にコロッケを一口入れる。
「そんなもん俺じゃなくて他の誰かに教えてもらえ。いくらでもそういう相手いるだろう」
友達の多さだけなら和樹よりも上回っている雪に和樹は提案する。しかし、雪は退く気を見せなかった。
「だって白井君、頭いいじゃん」
「頭いいやつが皆教えないといけないなんて決まりはない。それに俺は一人で集中してやりたいタイプだ」
「お願い! 数学が特に危ないんです!!」
必死な形相で懇願する雪に和樹の反対から優しい声が出てきた。
「あの、雪ちゃんなら私と勉強しますか?」
「いいの!?」
「はい、数学は苦手ってわけじゃないし、それに雪ちゃんにはいつもお世話になってるからその恩返しに、ね」
微笑みを浮かべるその顔はまるで聖母のようであり、その慈愛の光が雪は眩しくて直視出来なかった。和樹は面倒ごとが避けられてホッ、と安心した。
雪が桜香の優しさに感動していると昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り、とりあえず、今後の方針を決めた和樹たちは弁当をしまい、教室へと戻ったのであった。
☆☆☆☆☆☆
「あっ、戻ってきたぞ!」
「総員、配置につけ! 絶対にこのチャンスは逃さんぞ!!」
『了解!』
和樹が教室に続く廊下を歩いている(雪と桜香は先に戻している)と自分のクラスから何やら不穏当な会話が聞こえた。
「なんだ一体?」
やけに騒がしいクラスに疑問符を浮かべる和樹。だが、入らないわけにもいかず恐る恐る扉を開け、教室に入ろうとした途端。
「…………」
膝を折り、手を額に当て、頭を地面につけている男子たちの姿がそこにはあった。
「…………」
『…………』
互いに沈黙する。そりゃ、和樹からしたらいきなりこんな状況を見せられたら困惑くらいするだろう。
「……教室間違えました」
『ちょっと待ったぁぁぁ!!』
「うおっ!?」
和樹が扉を閉めようとした時、頭を下げていた男子たちが大声を放ち和樹の動きを止めた。突然大声を出されて驚く和樹。
「後生だ、白井助けてくれ!」
「もう、お前しか頼れる奴いないんだよ!」
「俺らの夏休みを救ってくれ!」
次々に和樹に詰め寄る男子たち、和樹はふと教室の中を見渡すと少し離れた位置で状況を見守る女子たちに混ざって雪と桜香の姿を発見した。どうやら教室は間違えていなかったらしい。
「えぇと、どういうこと?」
とにかく説明を求める和樹。すると、先頭にいた一人の男子__安藤が和樹の前に立った。
「実は、もうすぐ期末テストがある」
「うん、知ってる」
「そこで一教科でも赤点をとれば夏休みに補習がある」
「だろうな」
「だから、俺らに勉強を教えてくれ!」
「うんっ、意味が分からん」
頭を下げて懇願する安藤の説明に理解が追い付かない。
「なんで俺がそんな面倒なことしないといけないんだ?」
「頼むよ白井! 前のテスト学年7位だったろう!!」
「だからって俺がお前らの勉強を見る必要なくないか?」
「クラスメイトたちのピンチなんだぞ!?」
「知るか」
自分の意見が通らないことに苛立ちを感じさせる安藤に向かって和樹は容赦なく切り捨てた。
「大体、現実的に考えて俺一人でこの人数を相手にするなんて無理だろ」
そう言って、安藤の後ろにいるクラスメイトたちを見る。安藤を入れて5名、クラスの男子ほぼ半分を相手に勉強を見るほど和樹も暇ではなかった。だが、安藤はまだ諦めない。
「そこを何とか! 俺ら夏休み補習になったら部活出られないんだよ!!」
「日ごろからちゃんと勉強しておけばこんなことにならなかったのにな、いい教訓になったろう?」
「くっ……」
和樹の正論にぐうの音も出ない安藤。すると、先ほどまで黙って状況を見守っていた女子陣から聞きなれた声が聞こえてきた。
「だったら、放課後皆で残って勉強会でもどうかな?」
「いや、だから……『それだ!!』……は?」
「ナイスアイデアだよ柊さん。皆で教えあったほうが効率もいいし、得意教科を苦手な人に教えたほうが自分の勉強にもなる」
雪のそのよく通る声が教室に響き、それがどういう化学反応を示したのか教室にいたクラス全員が賛成の声を上げ始めた。クラスの雰囲気にのまれ反対したくても出来ない和樹はチラっ、と提案者のほうを睨む。
騒ぐ生徒たちの中、視線に気づいたのか雪は和樹のほうに顔を向けると悪戯っぽく舌を可愛らしく出した。
(あいつ、どさくさに紛れて赤点回避しようとしてやがるな)
雪の策略に乗せられた和樹。だが、それしきのことで和樹は諦めるわけない、どうにか理由をつけて自分だけはその勉強会を抜け出す。それに和樹は全力を注ごうと小さく決意すると席に戻ったのであった。




