番外編 とある男女のピンチ
長めです。
修正する可能性大です。
「あちゃー、炊飯器壊れちゃったよ」
金曜の夕方、夕食の準備をしていた和樹は米を炊こうと炊飯器のスイッチを押したのだが、そこでトラブルが生じた。炊飯器のボタンを押しても押しても作動しないのである。
「だいぶ年季が入ってたからな。父さんが帰ったら新しいの買うか相談するか。それと今夜は米が出ないからメニュー変更してパスタと卵スープにでもするか」
炊飯器が故障したことにショックを受ける和樹であったがすぐに頭を切り替え、夕飯を豚の生姜焼きからパスタへと変更する。この流れるような判断はもはや手慣れたもの、まるで熟練度カンストしたかのような切り替えの速さでパスタ麺を取り出す和樹であった。
☆☆☆☆☆☆
「炊飯器壊れちゃったのか?」
「あぁ、もう随分と使ってからな」
パスタを食べながら和樹の話に耳を傾ける裕樹。その裕樹の前で和樹はコーヒーに口をつけていた。帰りが遅い裕樹、そのため大抵の夕食は一人で済ませる和樹。そして、午後十時を過ぎ、勉強をしていた和樹は裕樹が帰宅したのを確かめるとせっせと夕飯を差し出した。で、今まさに白井家の食卓を揺るがしかねない案件に触れていた。
「ふ~ん、じゃ、新しいの買うか」
「いいのか?」
「いや、いいもなにも、炊飯器なかったらご飯食べれないじゃん」
「そうだけど、お金とかさぁ」
「おいおい和樹。そんなに父さん、稼ぎが少ないように見えるのか?」
「……別にそうは言ってないよ」
実際、建築関係の仕事をしている裕樹の収入は自分と子供一人を養うのには十分な金額である。
「分かった。じゃあ、明日にでも買いに行くか」
「それじゃ、和樹に任せた。父さん、明日も仕事だからちょっと一緒に行けそうにないんだ」
「最近、忙しそうだけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫、立派な息子が父さんの健康を見守ってくれてるからな!」
「普通、それは子が親に言うセリフだと思うけど」
子供らしい笑顔を見せる父親に和樹はため息を吐いたのであった。
☆☆☆☆☆☆
土曜日、和樹は見覚えがあるショッピングモールを歩いていた。辺りは家族連れやカップルで溢れかえっていた。行き交う人々を横目に和樹は目的地へと歩いて行った。エレベーターは混雑していたためスルーして階段を経由して5階まで上り、和樹は以前桜香のVR機を買うために訪れた家電量販店へとやって来た。
「えぇと、炊飯器コーナーは……」
店へと入った和樹は特に迷うことなく目的の品が陳列されている箇所へと行き着く。さっさと商品を見定め始める和樹。メーカーや値段、それから各炊飯器の性能を吟味しながら見て回る。最新の炊飯器は特に色々と便利な機能がついており、おいしいお米を炊くことを研究して造られた数多の炊飯器たちは和樹の目を大いに迷わせた。
「う~ん、ちょっと値は張るが性能がいいのを取るか、性能は若干劣るけど値段が安いほうを取るか……非常に悩ましい所だな」
10分ほど悩み、数ある炊飯器の中から二つ絞った和樹は腕を組んでどちらを選ぼうか頭を捻っていた。
「あっ」
「うん?」
そんな和樹の耳に入った声に反応し、反射的に振り返るとそこには和樹を見て呆然と突っ立っている一人の女子がいた。
白のブラウスに紺色のスカートからスラリとした足を出し、猫のように吊り上がった目で和樹を見る女子。和樹はその女子にどこか見覚えが……というか知っていた。彼女は和樹と同じクラスの葉山美紀。四月に雪からの誘いを断った和樹に凄い剣幕で迫ったクラスメイトである。
「…………」
「…………」
互いに見つめ合ったまま硬直する両者。ひと悶着あった当人同士が望まぬ形で出会ったのだからしょうがないだろう。
「…………」
「えぇと、こ、こんにちは?」
無言な空気に耐えきれなくなった和樹は慎重になってしまい何故か疑問形で話しかけた。
「……」
が、相手からの反応はない。和樹はどうしようかと悩み出したその時、神からの救済措置がとられた。
「あ、いたいた美紀ちゃん……あれ? 白井君? どうしてこんなところに?」
(神よ! ありがとう!)
曲がり角からひょいっと現れた雪が美紀と和樹を見比べて目を丸くした。そんな雪の登場に思わず膝を曲げて祈りたくなる和樹であった。
「あ、あぁ、ちょっと買い物」
「へぇ、そうなんだ。私たちも買い物しに来たんだ、白井君は何を探してるの?」
「家の炊飯器が壊れたから新しいのをな」
「そっか、あっ、私たちはお母さんにプレゼントを買いに来たんだ」
「あぁ、明日母の日だったな……」
笑顔で自分たちが来た目的を言う雪とは対照的に和樹の顔に影がかかる。しかし、その影に気づかない雪は楽しそうに話を続けた。
「……雪、そろそろ行こう」
「あ、うん。ごめん白井君、私たちもう行くね。また学校で!」
「おぅ……」
楽し気に話をしていた雪の横で美紀が促すと雪は和樹に別れの挨拶をし、美紀と一緒に家電量販店から出て行った。
「……性能高い奴にするか」
雪たちが去ったのを見届けた和樹は静かに性能が高いほうの炊飯器を買ったのであった。
☆☆☆☆☆☆
炊飯器を購入した和樹は、せっかく来たのだからと他にも掃除機や電子レンジ、キッチン用品などを見て回り、店を出てからも本屋で参考書や文庫本を漁ったりして帰路についていた。お昼を過ぎても人の数は減る気配を見せず、むしろ数を増やしているように見えた。
そんな人々を流し目に和樹は近場のエレベーターにやって来ていた。
「うえ、結構混んでる」
そんな声が和樹の口から漏れる。荷物を持っている状態で狭い閉鎖空間の中に飛び込むというのはあまり気が乗らなかった。ここは、少し迂回して別のエレベーターに乗るべきだろう、と判断した和樹は回れ右をし、別のエレベーターのほうへと迂回した。
反対側に位置しているエレベーターには人がおらず、利用する人がいなかった。よしよし、と誰もいないことに頷きながら和樹は下のボタンを押し、エレベーターを待った。上に表示されている階数が1から移動をし始める。
「あっ……」
「うん?」
エレベーターを待つ和樹の耳にどこかで聞いたような声が入る。声のしたほうを振る向くとそこには、和樹を見て呆然としている美紀の姿があった。
どうして彼女がここに? すぐに湧きあがった疑問を和樹は口には出さなかった。
「…………」
「…………」
またもや無言になる両者。和樹は必死に雪の姿を探す。が、今回は神からの助けも出てこない。
チーン
気まずい空気を醸し出したままの二人を気遣ったかのようにエレベーターが到着する。
「「……」」
だが、エレベーターが到着したにも関わらず二人はどちらも動こうとしない。猫のように愛らしいつり目が和樹の顔を見つめる。そんな視線をしばらく浴びていた和樹は、心の内でため息を吐くと顔を逸らしエレベーターへと乗った。
「……乗らないの?」
「…………」
エレベーターの開ボタンを押し続けながら外で立ち尽くす美紀に訊ねる和樹。和樹の声に美紀は黙ったまま乗り込んだ。和樹は美紀が入るのを確認すると閉ボタンを押し、扉は閉まった。
「一階でいいの?」
「……えぇ」
和樹の言葉に美紀は頷く。和樹も真っすぐ帰る予定なので一階のボタンを押した。
ゆっくりと動き出すエレベーター。
狭い籠の中、お互いに沈黙を過ごす。ところが動き出したのも束の間、突然ガタンと振動したかと思えば、エレベーターが停止したのである。扉が開く様子もない、となると誰かが乗るために止まったというわけでない。そんなことを考えているとエレベーター内が急激に暗くなる、その直後に非常灯がつく。和樹の視界は先程とは打って変わって薄暗い空間へと様変わりした。
「えっ、何、どうなってんの!?」
急激な変化に戸惑い、声を上げる美紀。今日初めて、というかあの日以来初めて聞き取れるほどの美紀の声を聞いた和樹は謎の物珍しさが包む。
「停電か?」
「嘘、閉じ込められちゃったの?」
「ま、そうみたいだな」
「ど、どうするのよ!」
「慌てるな、今非常ボタンを押すからこれで助けが来るだろうよ」
ドラマやアニメみたいな状況に慌てる美紀を落ち着かせ、和樹はエレベーターに設置されてある非常用ボタンを押す。これで、どこかに繋がるはず。しかし__
「繋がらない……?」
ボタンを押すが一向に繋がる気配を見せない。その状況にさすがに和樹も焦りを見せる。何度もボタンをプッシュするが結果は同じで他のボタンを押してみるもどれも不発に終わった。どうやら故障している模様だ。
「どうしたのよ?」
後ろから不安そうな声が飛ぶ。見ると絶望的な状況に顔を少し青くしている美紀がいた。
「どうやら故障してるみたいだ。どこにも繋がらない」
「嘘!? じゃあ、ずっと閉じ込められてままなの」
和樹が真実を伝えると顔色をさらに青くして美紀は呟く。だが、冷静な和樹は慌てることなく話を続ける。
「落ち着け。携帯で警察か消防にかければ助けが来るだろうちょっと待ってろ」
そう言って携帯を取り出す和樹。滑るような動作で110番を押す、コールがなってから数秒で繋がった。そのことに安堵した和樹は今の状況と居る場所、人数など質問されることに返答する。通話時間はおそらく一分くらいだろう、とりあえず人を向かわせると言われた和樹は通話を切った。
「すぐに人をくれるって、しばらく待って過ごすしかないだろう」
「そ、そう、助けがくるんだ……よかった」
和樹の報告を受け、ホッと安心した表情を見せる美紀。どうにか平常に戻ったようである。
「あっ……」
いつの間にか普通に和樹と会話していることに気づいた美紀は顔を俯かせてしまった。それに対して、和樹は特に気にせずエレベーターの壁に背を預け宙に視線をやった。
「……ごめん」
「えっ?」
いきなり思いもよらない言葉に声のした方を見る和樹。視線の先にいる美紀は変わらず顔を俯かせていたがしっかりとした声が口から放たれていた。
「ごめんなさい!」
次の瞬間には、美紀は勢いよく頭を下げ和樹に謝罪していた。あまりに唐突の行動に和樹は混乱する。
「えっと……何が?」
「この前、私あんたに酷いこと言ったからごめんなさい!!」
「この前? ってあぁ、あれな」
と言っても和樹と彼女との間で起きた出来事なんてあれ以外ないだろう。
「そ、その、わ、私てっきりあんたが雪に酷いことしたと思い込んで、その、一人で突っ走って」
和樹が最初、雪にBGOに誘われた時に断ったことがどうも美紀には和樹が雪に何かしたと誤解して和樹に何をしたのか迫った。
だが、あの後雪本人からそれは誤解であったと知らされた美紀はひどく後悔した。自分思い違いで和樹にあれこれと自分が言いたいことだけを並べ、和樹を責めたことは決して許されることではない、いいや彼女自身が許さない。
美紀の声が徐々に弱くなっていくのを和樹は感じた。
「……別に気にしてないよ」
「で、でもっ!」
「ま、色々と誤解があったのは確かだけどよ、別に責めてねぇよ」
「どうして……」
「気にしてないから」
実際、あの後偽シルバー騒動や桜香の事で完全に忘れていた。そんな和樹が時間も経ってるのに素直に謝ってきた美紀に対して何か言う事などなかった。
「ま、そういうことだからこの話はこれで終わり、お互い和解したってことでいいだろ?」
そう強制的に話を終わらせるとキョトンとした顔の美紀は「ぷっ」と噴き出していた。
「……何だ」
「あ、いや、ちょっとイメージと違ったからつい」
「一応聞くが俺ってどんなイメージ持たれていたんだ?」
「ガリ勉で、根暗ぼっち」
「改めて聞くと酷いもんだよな。まぁ、大体合ってんだけど」
改めて第三者から聞かされた自分のイメージが自分でも可哀そうな立ち位置となっていることに涙が出そうである。しかも、これが合ってるから否定がしづらいのが難点である。
「でも、意外とそうでもないと分かったわ」
「はぁ? どこが」
「あんた意外といい奴だったって」
「……さいですか」
微笑みながら言う美紀の言葉に和樹は言葉短く応え、その後また視線が宙を彷徨った。そんな和樹に「そういえばさぁ」と前置きしてから美紀は続けた。
「あんたって雪のことどう思ってるの?」
「藪から棒に何を言い出すかと思えばなんだその質問?」
「だって、あんたたち最近、仲いいじゃん」
「……そういう風に見えるか?」
「当たり前でしょ、よく一緒にいるの見るし」
美紀のその言葉に和樹は顔を歪ませた。美紀にそう見えるのだとしたら他の連中にも仲よさそうに見えるということである。それは、和樹には決して良くない状況だ。
「別に、どうとも思ってない」
「ふ~ん?」
「訊いといてあまり興味なさそうだな」
「いや、意外だなって、だって今まで雪と関わる奴らって大体の確率で雪に気がある奴らばっかりだったから」
「ま、そうだろうな」
学校での雪を見る男子たちの視線を思い出す和樹。大体が憧れや熱を帯びているものである、和樹と知り合ってからもよく告白されると聞いていたので彼女がモテるというのは誰もが承知の事実であろう。それに反して和樹は雪に対してそういう目で見ていなかった。客観的に見て、いや主観的な目で見ても雪の容姿が優れているのはとうの昔に分かっていた。
だが、和樹はそんな雪を本能的に苦手意識を持っていた。別に話しづらいというわけでもない、馬が合わないがそこまで深刻でもない。恐らく、和樹が苦手としているのは彼女が彼のよく知っている人物像に似ているからだろう。
明るい表情、達者な口、優しい性格。それらすべてがかつての自分を見ているかのようであった。見ていて、和樹は心が定まらない。こういうのを同族嫌悪というのだろうか、和樹は笑いかえる雪の顔を思い浮かべながら考えていた。ふと、最初に美紀を遭遇した時に感じた疑問を思い出した。
「そういえば、柊は?」
「あぁ、なんだか用事があるらしくて先に帰ったわ」
「へぇ……」
用事、というのはもしかしたらBGOではないのだろうか。昨日、別のフレンドと狩りに行くと言っていたから多分そうだろう。
「で、アンタは買い物は済んだわけね」
「あぁ、目的の物は買えた」
「高校生が炊飯器を一人で買うというのも珍しいわよね」
「家の炊飯器が故障したんだからしょうがないだろう」
「いや、壊れたからって一人でよく来たなって思って。私とかどういうのがいいのか分からないから、それにご両親とかは何て言ってたの?」
「別に、全て俺に一任した。家事は全部俺の仕事だからな、下手に口出すよりもそっちがいいと思ったんだろう」
「へ、へぇ、大変ね」
和樹の意外な一面に美紀は静かに驚いた。
(そういえば、白井って足も結構速かったような)
運動部がたくさんいるクラスの男子たちに交じって、体育の授業で走っていた和樹を思い出す美紀。
(成績優秀、家事万能、運動神経も悪くない、それに顔だって着飾ればもう少しマシになるだろうし、ってあれ? 白井って結構スペック高くない!?)
和樹の隠れたスペックの高さに気づいた美紀は驚愕した。もし、和樹のこの才能に皆が気づいたら学校の誰よりもモテるのではないだろうか、客観的にそう思う美紀。
(もしかしたら、雪はそれを知って……)
「えぇと、何?」
「えっ?」
思わずジッと見ていたらしく、和樹が困った顔を浮かべているのに気づいた美紀は慌てて視線を外した。
「ご、ごめん、ちょっと考え事してて」
「あ、そう」
苦しい言い訳だったかと思ったが元から興味がなかったのだろうか、和樹はあっさりと納得した。その様子にホッとした。
すると、和樹が何かに気づいたのか視線を空中から扉へと移した。
「どうやら、助けが来たみたいだな」
「え?」
和樹の言葉に扉に視線をやると暗くなったエレベーターに明かりがついた。そして、ゆっくりと機械が稼働する音が鳴ると、エレベーターが下へと動き出した。
「動いた!?」
「あぁ、これで帰れる」
エレベーターが動いたことに感動する美紀と安堵したように顔を綻ばせる和樹。そんな二人を乗せたエレベーターは下へ下へと移動していったのであった。
☆☆☆☆☆☆
「はぁ、散々だな今日は」
「全くね」
ショッピングモールの道を歩きながら美紀と和樹はともに嘆息した。警察からの連絡があったショッピングモールの職員がエレベーターの遠隔操作を一階で行ったらしく、扉が開くと心配そうに血相変えた職員の人たちがそこにはいた。
特に時間がかかったわけでもないので体調に悪影響もなく、あれこれと質問されたことに答えると和樹たちは解放されたのであった。
「花、大丈夫なのか?」
「うん、案外丈夫みたい」
美紀の両手に抱えられているカーネーションを和樹はチラッと見た。母の日のために買ったのに花が散るのはかわいそうにもほどがある。だが、花はそんな和樹の心配をよそに綺麗な花びらを並べていた。
外に出ると夕日が傾きかけ、和樹たちの前を両手を親に握られている子供が通る。ふと、それを見ていた和樹の表情が儚げであるのに美紀は気づいた。
「んじゃ、俺はここで」
だが、次の瞬間には教室で見るいつもの和樹になっていた。
(気のせいだったのかな?)
和樹の表情の変化に美紀は首を傾げた。そんな美紀の思いなど知らない和樹は、美紀に背を向けて歩き出そうとしていた。慌てて美紀は和樹の名を呼ぶ。
「白井!」
いきなり名前を、それも呼び捨てにされて和樹は振り返る。
呼んだのはいいが言葉を用意していなかった美紀は、しどろもどろとなる。しかし、和樹は美紀の言葉を静かに待っていた。和樹に見られ迷った美紀は、友達に向けるような笑顔を向け口を開いた。
「バイバイ」
「……じゃあな」
夕日が照らす道の上で温度差がある、しかし確かに近づけた挨拶をした美紀は満足げな顔をした。和樹は美紀の別れの言葉に短く応えると再び背を向け歩き出した。
美紀もそれを見届けると自分も家路へとつく。
また学校で会うのを楽しみにしながら。




