第六十話 ボス戦(4)
鬼王のHPが残り三割を切るとやはりと言うべきか、先ほどまで苦戦することなく戦っていた鬼王に変化が現れた。
ファングの攻撃を受け、倒れた鬼王はすぐに立ち上がったかと思えばすごい形相でシロとファングを睨みつけ、その場で叫び始めた。
『ギュルウウオウゥゥ!!』
その咆哮を近くで聞いていたシロとファングはそのあまりの大きさに鼓膜が破れるような気がして耳を塞いだ。
謎の咆哮を上げる鬼王はその巨大な姿を徐々に変えていった。目つきは先ほどよりも鋭くなり、歯は長く刃物と化し、体全体からどす黒いオーラが出てきてそれが鬼王の体を包み、鬼王の皮膚がどんどん黒く染色された。
「ひっ!」
その恐ろしい姿に遠くから見ていたエイミーは小さな悲鳴を漏らした。実際、エイミーほどの反応を見せないユキとフィーリアであるが顔を強張らせていた。
「う~わ」
「…………」
そんな女子たちの反応と同じようにどこか引いた声を出すシロと無言であるが鬼王の変化に目を尖らせるファングは戦闘モードを解いていなかった。そんなシロたちを置いて鬼王の変化を終わらせ、その鋭い目でシロたちを眺めた。素人でも分かる殺気にシロとファングはなんの反応を見せないが集中を切らしていなかった。
刹那、鬼王の口が開いたかと思えば中から黒炎が放たれた。
「っ!? どわっ」
いきなり放たれた黒炎をシロとファングは慌てて回避。回避に成功したシロとファングは元いた場所を見て、驚きの表情を見せる。
黒炎はシロたちに避けられたというのに鎮火する気配を見せず未だに燃え続けていたからだ。
「これはマズいような……っておわ!?」
燃え盛る黒炎に気を取られていたシロの背後から巨大な金棒が襲い掛かる。間一髪でそれを避けるとシロの目の前に再び黒炎が迫った。慌てて後ろに飛び回避するが攻撃はそれだけで済まず何発もの黒炎がシロに向かって飛んできた。リアルでは出来ないだろうバック転でとことんかわすシロ。しかし、これだけ黒炎を飛ばされると容易相手に近づけず内心舌打ちするシロは頭を回転させどうにか対策を考える。
『GOOOOOO!!』
前の鬼王はさっきの変身の影響なのか最初みたいに言葉での咆哮を上げず、その姿は血に飢えた猛獣と化していた。
そんな猛獣にファングは拳を固めて飛び込んでいく。一気に相手に近づくとファングはその拳を相手に叩き込もうとした。
「!?」
しかし、その攻撃は不発となる。突然、鬼王はその姿をファングの目の前から消したのだ。空振りとなった拳を引っ込めるファングは鬼王の姿を探す。
「ファングさん後ろ!」
「!?」
シロの声が聞こえた瞬間、ファングは後ろから鬼王による金棒で殴られ、数メートル飛ばされる。瞬時に空中で体勢を整え受け身を取るファング。しかし、地面に着地したファングに間髪入れずに鬼王はファングに接近すると金棒を振った。
それを見て避けられないと判断したファングはどうにか受け止めようとするが着地したばかりで体勢を完全に整えられていないファングには無理な話である。迫る金棒を見ながら苦虫を噛み潰したような顔をするファングの体に鬼王の金棒がヒットした。殴られ横に飛ばされたファングを見ながらシロは焦った。さすがに今の二発でやられるほどファングを弱いとは思っていないが避けタンクとなる彼が二発も攻撃を受けたという事実にシロは戦慄した。が、その事実にビビッて戦うことを忘れるほどシロもやわではない。すぐに両手剣を構え、ファングに追撃をかけようとする鬼王をけん制した。
チラッ、とファングのほうを見る。地面に横たわるファングはダメージをそこそこ負ったがまだHPには余裕があった。しかし、一向に起き上がる気配を見せないファングを見てシロはもしや、と嫌な予感がした。
「ファングさん?」
「…………」
「ファングさん、大丈夫ですか!?」
「…………」
「おい! 起きろよファング!!」
「…………」
まったくシロの言葉に応答しないファングにシロは語気を強める。しかし、それでも起きないファングを確認してシロは嫌な予感が的中したことを悟った。
「ユキ、フィーリア!」
「「は、はい!」」
「ファングをそっちに移動させろ!」
「どうかしたの? シロ君」
「【気絶】してやがる!」
「なっ!?」
鬼王の攻撃を避けながら大声でユキとフィーリアに指示を出すシロ。シロの珍しく慌てている様子にユキが訊ねると彼の口から信じられない言葉が出てきて驚愕した。
BGOにも異常状態と呼ばれるものは存在しており、その中に【気絶】というカテゴリーがある。モンスターやプレイヤーに攻撃され、打ちどころが悪かったら今回のように【気絶】が発生する。【気絶】すれば、意識は飛び戦闘など不可能となるのだ。勿論、【気絶】は異常状態に分類されるからMIDが高ければ起こる確率が低くなるがそれでも【毒】や【麻痺】、【火傷】などとは違い【気絶】は起こるケースが少ないことで有名であるため、このタイミングでそれもレベルが一番高いファングがそれに陥ることが最悪以外の何物でもない。
「早く! 時間稼いでいるうちにそっちに移動させろ」
「わ、分かった! フィーリア」
「はい!」
シロの指示を聞いてユキとフィーリアは急いでファングの元へと駆け寄った。【気絶】すれば当然意識がないため普段鋭い目も閉じられていた。
シロはユキとフィーリアがファングを運ぶのを邪魔させないため離れた場所に鬼王を誘導させる。鬼王の黒炎と金棒をギリギリで避け、反撃に移りたいが如何せん相手の手数が多いため難儀していた。
一方でファングを自分らがもといた場所に移動させた二人はゆっくりとエイミーの近くにファングを寝かした。
「あのユキちゃん、【ヒール】で起こせませんか?」
「無理だね。HP回復と異常状態回復は別だから」
フィーリアの疑問にユキは力なく首を振った。
ユキの言う通り【ヒール】はあくまでHPを回復させるだけであって異常状態まで回復出来るわけではない。勿論、異常状態を回復させる【マインドヒール】というスキルがあるがそれは【回復魔法】という【支援魔法】の派生である。つまり、今のユキにはファングを治す手段を持ち合わせていなかった。治す他の方法はアイテムの【マインドポーション】を使用すること。それを使えば異常状態を全て治すことが出来るがそれはシロたちは持ち合わせていない。【火傷】や【麻痺】といった一般的な異常状態は、【火傷治し】、【麻痺治し】というアイテムだけで事足りるからだ。安価で生産され手に入りやすいため貧乏なプレイヤーに重宝される。
「じゃあ、どうしたら」
「……自然に回復するのを待つしかないね」
「で、でもそれじゃあ、シロ君が……」
絶望的な状況にフィーリアは顔を青くする。ファングがいないこの状況下でシロ一人で鬼王を相手にするのは難しい。ファングが起きるまでシロが持ちこたえることが出来なければユキとフィーリアも無事では済まない。事態は最悪である。
ユキは橋の上で鬼王と戦っているシロを見る。苦しそうな顔で鬼王の攻撃をかわすシロ。鬼王によって吐かれた黒炎は所々で燃え、シロの行動範囲を狭めていた。これでは、シロがやられてしまうのは時間の問題である。どうにか出来ないだろうか、ユキは必死に考えた。いつまでもシロにおんぶにだっこというわけにはいかない。シロを助けたい、そんな思いがユキの頭を支配した。
「……フィーリア」
「はい、分かってます」
ユキがフィーリアの名を呼ぶとフィーリアは微笑みを浮かべながら顔を見合わせた。互いに考えることは一緒のようだ。ユキとフィーリアは同時に頷くと自分の武器を持つ手に力を加え、橋の上を見据えた。
☆☆☆☆☆☆
「ぜぇぜぇ……」
呼吸が荒くなっていることを感じながらシロは迫る黒炎を横に飛んで回避した。ファングをユキたちに預けてどうにか鬼王と対峙出来ていた。が、シロにはこの状況をどうにか出来るとは思えなかった。相手の残りHPは三割、しかも相手はパワーアップして攻撃力も敏捷性も上がっている。そこにファングの戦線離脱である。シロ一人でどうにか出来る問題ではなかった。
「っくそ……」
シロが今出来ることと言えばファングが戻ってくるまで時間を稼ぐことだ。とにかく相手の攻撃を避ける、それしかシロには頭になかった。
『GOOOOO!』
「っと」
相手の咆哮に反応して黒炎を避ける。ついでに反撃出来るか試す。次に振り下ろされた金棒を体をねじって躱し、間合いを詰める。懐に入ったところで両手剣を一閃した。が、横に振られた両手剣は鬼王の太い腕によって受け止められ、逆に動きが止まったシロに対して鬼王の蹴りが飛んできた。
「ぐおっ!」
鬼王の蹴りを腹に受けシロは呻き声を上げながら吹っ飛ばされた。後方数メートル飛ばされたシロは自分のHPを確認する。今の一撃だけで緑色だった色が黄色へと変わっていた。シロがHP残量を確かめていると鬼王はシロに迫り、金棒を振り上げていた。
(ここまでか)
シロの脳裏に諦めの言葉がよぎった、その時であった。
「【ウォーターボール】!」
凛とした声とともに水弾が鬼王に直撃した。その光景を見て、シロは水弾が飛んできた方向に目をやった。そこには白狐を構えたユキと今にも矢を放つ用意をしているフィーリアの姿があった。
弓を構えたフィーリアは鬼王のダメージを確認することなくスキルを発動させる。
「【パワーショット】!」
最初の頃とは比べ物にならないほどの光の量を帯びた矢が鬼王に向けて放たれた。それを見て鬼王はシロから離れる。シロと鬼王との間をフィーリアの矢が通過し、鬼王がシロから離れるのを見てユキとフィーリアはシロを背にして立ち塞いだ。
「大丈夫ですか? シロ君?」
「【ヒール】」
心配そうな声で安否を確認するフィーリアを隣にユキはすぐに【ヒール】をかける。
「お前らなぁ、エイミーさんどうした?」
「今はそれどころじゃないでしょ」
シロは二人を非難するような目で見る。ここでユキとフィーリアが出てきたところで状況の厳しさは変わらない。それにエイミーを放っておいてシロの援護に来ることが最善とは到底思えなかった。
しかし__
「いつまでもシロ君ばっかり戦うのも不公平だと思うよ」
「はい、私たちだってシロ君の役に立ちたいです」
「…………」
絶望的な状況下でとても可憐で可愛らしい笑顔を向けてくる美少女二人を見てシロはしばらく無言になった。
そうして、シロは深くため息を吐くとともに立ち上がり二人の間に並んだ。目の前にはうなり声を上げる狂暴な猛獣がシロたちを捉えていた。
「どうなっても知らんぞ?」
「大丈夫だよ! 私たち三人なら!」
「はい!」
最終確認をすると状況の厳しさが伝わっているのかいないのか、二人の威勢のよい声が返ってきた。それを見てシロは今一度、嘆息する。これ以上言っても無駄のようだ。
「しゃーない、やるか……三人で」
鋭い目で鬼王を捉えながらシロは両手剣を構えた。




