第五十四話 探索(5)
「あっ、シロ君!」
気が付くとシロの目の前にユキの姿があった。自分が転移したことに気づいたシロは周囲に首を回す。すぐ近くには前に転移していたフィーリアとファングが安堵した表情を浮かべていた。
「……で、ここどこ?」
「……多分、行き止まりの向こう側」
シロの漏らした疑問にファングが答えた。振り返ると先ほどまでシロたちの前を塞いでいた壁がそこにはあった。再び前を見るとうす暗い空間の続きが存在していた。
「んじゃ、先に進みますか」
「「おー」」
「……こくり」
シロの言葉に元気な返事をするユキとフィーリア、無言で頷くファング。その光景は遠足の引率をする先生を彷彿とさせられるシロであった。
隊列は依然としてファングを先頭にシロ、ユキ、フィーリアとなっている。通路に入ってからまだモンスターに遭遇していないが油断はできない。もし、後方で何かあったらすぐにシロとファングがフォロー出来るようにスタンバイしているのでそこまで危険ではないはずだ。
隊列を組むのを確かめるとファングは【看破】を発動させて、歩き出した。それに合わせるようにシロたちもうす暗い道の中を再び踏み込んだ。
☆☆☆☆☆☆
それから十分くらいが経つころ、シロたちはあれから何の障害もなく進むことが出来たがシロからしたらそれが逆に怪しく感じた。それはシロだけでなくファングも感じている様子である。
「そういえば、皆どんな問題解いたの?」
シロの後ろを歩くユキがふと何気ない口調で訊ねた。その能天気ともいえる態度に、前を歩く二人が放つ警戒からなる不穏な空気を浄化させるように場を和ませた。普通、知り合って日が浅いシロたちとファングの会話が続かないことで沈黙がその場を包みこむものだとシロは思っていた。しかしそうはならなかったのはユキがいたからである。ユキは終始何かと会話を弾ませ、決して場の空気が重くならないようにしそのおかげか沈黙がシロたちを包むこともなかった。それをシロはまるで超能力などを見るような面持ちで聞いていた。
ユキのその質問にまずはフィーリアが答える。
「私は、漢字の問題だったけどそこまで難しくなかったよ」
「いや、あれかなり難易度高いほうだと思うぞフィーリア」
「…………」
フィーリアの言葉に思わずツッコミを入れるシロ。シロもフィーリアの問題の答えは分かっていたがそれでも結構難しいものだったと思っていた。ちなみに、ファングはフィーリアが答えた問題全て分からなかったため無口な性格を利用して無言を貫いた。
「そうですか? あぁいうのよく目にしますけど?」
シロのツッコミにフィーリアは首を傾げた。仕事柄、ああいう難しい漢字にルビがふってあるものを見ているせいか自然と漢字の読みが得意となっていることに自分自身も気が付いていないようである。
「ファングさんは?」
「……歴史の問題だった」
「へぇ、どういう問題だったんですか?」
今度はファングに答えた問題を聞くユキ。ファングも特に嫌な態度を示さず自分が答えた問題をユキに教えた。
「……霜月騒動で平頼綱と対立した御家人の代表は誰かって問題」
「……」
ファングが問題を教えるとユキは急に黙り込んでしまった。フィーリアもファングの問題を聞いて考えるような仕草を見せる。数秒、二人が黙り込むとフィーリアがおもむろに「あっ」と何かを思い付いたように呟いた。
「…………」
一方でいまだにだんまりのユキ。振り返ったらきっと苦々しい顔をしていることだろうとシロは思った。仕方ないのでシロはフィーリアに答えを言うように促した。
「えっと、確か、安達泰盛だったと思います」
「……正解」
「や、やった」
ファングから正解のコールを聞くとフィーリアは安心したように胸を撫で下ろした。
「そ、そうだったそうだった、私、ど忘れしていたよ」
それは絶対嘘である。
「あれ? ユキちゃん確か選択日本史では?」
「ギクッ」
フィーリアの悪意のない攻撃にユキは分かりやすく反応する。シロはそんなユキに呆れたようにため息を吐いた。
「お前なぁ、世界史選択の俺でも分かった問題だぞ」
「それはそれでおかしいと思いますよシロ君」
ユキに対して呆れた態度を示したはずなのになぜかフィーリアのほうから呆れたような声で言われたシロ。普通、ファングが答えた問題というのは高校の日本史レベルであり、世界史を選択科目として選んでいるシロが知っているのはいささかおかしい話であるのだが何故だかシロだからという理由が成り立ちそうなのでフィーリアはこれ以上の事は何も言わなかった。
自分に都合の悪い方向に話が進んでいるのでユキは素早くシロに話を振った。
「シロ君はどんな問題だったの?」
「どんなって、多分雑学に分類される問題じゃないか? マザーテレサの問題だったし」
「それってマザーテレサがどんなことした人か答えろって問題?」
「いや、名言問題」
「名言?」
マザーテレサの名言を知らないのかユキとフィーリア、それからファングも疑問符を浮かべていた。
「あれですか? 愛の反対は無関心、という……」
「あぁ、それじゃないけど、まぁそんな感じだ」
フォーリアが有名な言葉を口にする。それも名言であることに間違いないがシロが答えたのは違うほうである。
「えっと、思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるからって名言なんだけど知らないか?」
振り返り訊ねるとユキとフィーリアは首を振り、ファングのほうも見てみるが知らないようだ。一般高校生が知っている類の常識ではないらしい。
「それってどういう意味?」
「言葉の通りだと思うぞ。人が変わるならまずは考え方から変えなさいってことだろ」
「ふ~ん、シロ君よくそんな言葉知っているね」
「まぁな……」
知った経路としては最悪だったが役に立ったのでよしとしよう。昔のことをしみじみと思い出しながらシロは宙に視線をやった。
急にシロの背中が哀愁漂うのを感じたユキは話題を変え、その後絶えずユキを中心とした会話は続いたがその間にモンスターに遭遇することはなかった。
☆☆☆☆☆☆
「……おかしい」
「何がですか?」
ファングの言葉に真っ先に反応してのはユキであった。先頭を歩くファングは足は止めないものの言いようのない雰囲気が漂わせていた。
「確かにおかしいな」
「えぇと、何がですか?」
「この通路入って三十分くらい経っているのにモンスターが一体もいない」
「そういえばそうだね」
シロたちが隠し通路に入ってからおよそ30分、最初の扉に入ってから一時間以上が過ぎていた。通常、イベントでは終盤にかかるにつれてモンスターの強さも数も増すはずであるのだが、一向にシロたちの前にモンスターが出て来る気配が感じられなかった。
「はずれ、ってことですかね」
シロが口に出してみると不穏な空気が流れた。ここまで来て無駄だったと言われればそうなるだろう。
「ま、まぁ、まだ不発だって決まってないし。もう少し先まで進んでみよう」
「そ、そうだよね! もしかしたらもう少しでボスかもしれないし」
重い空気を察したシロは柄にもなく明るく振る舞い空気を和ませようとした。その努力を感じたのか、後ろを歩くユキも乗って来た。その効果なのか、重かった空気が緩和されフィーリアとファングも少しだけやる気を取り戻した。
「……あれ?」
「どうかしましたか、ファングさん?」
いきなりファングの口から漏れ出た声にシロが反応した。
「……出口?」
「出口?」
前を向いたままファングが疑問形で口にしたことをオウム返しするシロ。ファングの視線の先を追うと続いていた道の先がほんの少し明るくなっていた。顔を見合わせるメンバー、だがここで立ち止まるという選択を誰も選ばなかった。
光のある方向へ進むとシロは周囲の空気が変わるのを感じた。どうやら広い空間に辿り着いたらしい。
「っわ」
刹那、シロのいる空間に無数の明かりが生じた。目が眩み、視界がちかちかとなるシロ。やがて、徐々に目が慣れてきたシロが改めて周りを見渡すと。
無数のゴーレムがシロたちに敵意を向けていた。




