第五十話 再会
「ほっ、ってい!」
ロックゴーレムの拳を軽々と避け、相手の横に移動するとシロは両手剣を振った。振られた剣はロックゴーレムの体を半分にした。
戦闘を終えたシロは一息ついて、両手剣を背中に収めた。
「ふう、これで十体目か」
「シロ君、お疲れ様です」
「おう、フィーリアもお疲れ」
後ろのほうで弓を構えていたフィーリアが労いの言葉をシロに投げかけるとシロも振り返りながら返した。
ユキとファングと別れて三十分くらい経過し、最初全く出てこなかったモンスターが出るようになり先ほどとは違い、道を照らす明かりも少なく視界はお世辞にもいいとは言えない。さらに、外にいたモンスターよりレベルも高くなっているため倒すのにも時間がかかってしまう状態が続いた。
「それにしても、どうして急にモンスターが出るようになったんでしょうか?」
「この先に何かあるのか、はたまた何かあるように見せるために配置してあるだけなのか、どちらにしてもまだ進まないと分からないな」
「ユキちゃんたち大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だろう、ファングさんもいることだし」
シロは道の先を見据えながらそう言った。その言葉にフィーリアは前から感じていた疑問を口にした。
「シロ君、ファングさんと知り合いなんですか?」
フィーリアの素朴の疑問にシロは口を閉ざした。
「……いや、初対面だが。どうしてそう思ったんだ?」
「だって、やけにファングさんのこと信頼しているみたいですし。それに、妙にファングさんについて知っている風に見えましたから」
「ハハハ、そんな訳ないだろ。俺とファングさんは昨日初めて知り合ったんだぞ? まぁ、彼が【師匠】のファングっていうのは知っていたけど、それはBGOやってるやつなら皆知ってる話だし」
意外に鋭い観察眼を持つフィーリアからの視線を逃れるようにシロは言い訳をする。一方でジッとシロを見つめるフィーリアが納得するほど甘くはないが彼が嘘を言っているようには見えなかったのでそれ以上の追及は止めた。
「それにしても、暗くてよく見えないな」
話題を変えるべくシロは目の前に広がる光景を見ながら呟く。それを聞いて空気が読めるフィーリアはシロの話に合わせた。
「そうですね。でもシロ君なら大丈夫なのでは?」
「あまり信頼されても困るのだが」
「シロ君がファングさんを信頼するように私もシロ君のこと信じてますから」
「…………」
恥ずかし気もなく言い切るフィーリアの方をシロは見れなかった。一体どんな顔をしていいのか分からない。シロが急に無言になったためフィーリアはどうしたのかと首を傾げた。意外にフィーリアは天然なのかもしれない。
「と、とにかく、視界が悪いから離れるなよ。どこからモンスターがポップするか分からないからな」
誤魔化すように咳払いをしてからシロはフィーリアに注意した。まだ先が見えない状況ではぐれてしまったら大変だし、フィーリアのレベルでは一人でモンスターを相手にするのは難しいと思う。シロがとにかく前に進もうとした時、不意に服の袖を掴まれた感覚に陥った。
「あ、そ、それなら、あ、えぇと……」
「??」
袖を掴んでいる張本人は先ほどまで会話していた時は打って変わって、顔を俯かせ言葉もしどろもどろとなっていた。その変化にシロは頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「ぇえと、あぅ、も、もしシロ君が迷惑じゃ、なかったら……」
「うん……?」
顔を俯かせ、頬を微かに紅色に染めているフィーリアの顔は暗くてシロには見えない。だが、当の本人の声がやけに真剣なのでシロは自然と姿勢を正していた。
しかし、シロの肌に誰かの視線が突き刺さっていた。まるで監視されているかのように。シロの目つきが鋭くなる。
「て、手とか、その……シロ君?」
シロから溢れる物騒な雰囲気を感じ取ったのかフィーリアは言葉を途中で止めた。シロは周囲に気を配り警戒する。しかし、おかしいことに【察知】には何の反応も見られない。その状況に思い当たる事例があることをシロは一つ知っていた。
「……相変わらず、盗み聞きとはいい趣味とは言えないな」
暗闇の中に向かってシロはそう言い放つ。シロの言動について来れずにフィーリアは怪訝な顔を浮かべた。混乱するフィーリアを他所にシロの言葉に答えるように暗闇から返答が来た。
「ハハハ、ほんと君って人はどうしてそう簡単に見つけられるのかな?」
「え、声が……」
状況が分からないフィーリアが狼狽えるがシロは平然とした様子で会話を続ける。
「自慢じゃないが他人の目を気にして生きてきたからな。特に悪意の籠った目とかに関する俺の危険察知は完璧だぜ」
「……君も苦労してるんだね」
「同情的な声で語るなよ。ていうか、いるのバレてるしいい加減出てくれば?」
シロが見えない相手にそう促すと目の前の光景がぐらりと歪んでそこからファングと同じような黒ずくめの人物が現れた。突然、何もなかった所から人が出てきてフィーリアは唖然とする。
「やぁやぁ、久しぶりだねシロ君。あ、あっちのほうがいい?」
「今の俺はただのシロだ。変えなくていい」
「そっか~、ま、そっちの彼女に事情を話していないみたいだしね」
フィーリアのほうを一瞥して楽し気に言う相手にシロの目つきはさらに鋭くなる。
「おお、こわっ、大丈夫だよ。下手に口を滑らせる気はないよ」
「そう言ってる時点で十分滑らせているけどな。で、何の用だ《神様》よ」
《神様》を睨み付けるシロをフィーリアは呆然と眺める。今の状況に自分が置いてけぼりをくらっていることだけは理解出来た。なので、しばらく聞き役に徹するフィーリア。
「ハハハ、どうも君は僕のこと嫌ってるみたいだね。まぁいいけど、今日はちょっと君の様子を見に来たんだよ」
「ほう、監視か」
「嫌だな~、毎日君たちを見ているわけじゃないよ。ただ、たま~に、行動を見学させてもらってるだけだよ」
「その結果があの動画か?」
その時一瞬、《神様》の纏う雰囲気に変化が生じたような気がしたが、彼は相変わらず軽い口調で言葉を並べた。
「……へぇ、なるほど…………そうだよ。よくわかったね」
前半部分は小声で何を言っているのか、シロには届いてなかった。
「はっ、あの状況で【双銃】を敢えて隠すような真似をするのはアンタだけと判断したまでだよ。……それで、あの動画に一体どんな意図があるってんだ?」
警戒心を維持しながらシロは《神様》に尋ねる。それに対して《神様》はもったいぶっているのか、しばらく間をおいてから淡々と答えた。
「…………ただ単純に掲示板載せたら面白そうだったから」
「……舐めてんの?」
「いや、大真面目」
まるで挑発しているかのような言葉にシロは相手を観察する。人を小馬鹿にしているような声がよりシロの心中を穏やかにさせなかった。
「…………」
「…………」
刹那、二人の間に沈黙が訪れる。互いが相手から目を離さず行動を観察する。
一瞬でも相手が何かしらの動きを見せた時に対応できるようにした。短いようで長い無音の空気が流れた。
先に動いたのはシロの方であった。
「チェンジ、【双銃】」
最早使いなれた装備の交代を口にするとシロは両手に現れた銃を相手に向け、何の迷いもなく引き金を引いた。装備してから撃つまでおよそ一秒、二発の青い銃弾は《神様》目がけて一直線へと進む。
「っ、ふ」
だが、相手はヘッドショットまっしぐらの銃弾を軽くしゃがんで避けた。フードが微かに揺れるが顔を確認するまでには至らなかった。すぐに体勢を立て直そうとする《神様》の目の前に不思議な光景が広がる。
「よそ見厳禁だ」
「……へぇ」
目の前にいつの間にか【双銃】から両手剣へと装備を変えてシロが大きく振りかぶっていた。一瞬、両者の視線が交差し、相手の顔色を窺う。しかしながら、互いがどんな心情なのか判断できるわけもない。シロは振りかぶった両手剣を躊躇いなく振り下ろした。
「チッ」
乾いた音が洞窟の中に響く。シロの攻撃は不発へと終わり、地面に叩きつけられた両手剣を元の位置に戻す。
「意外といい動きしやがる」
「君に褒められるとは嬉しいなぁ」
シロが振り下ろしたよりも先に後ろに飛んで回避した《神様》はただただ上機嫌な声を出す。今のシロにはその声も癪に障った。
しかし、これで終わる気はシロは毛頭なかった。両手剣を再び構えなおして相手を凝視する。一挙一動も逃さないように視界を広く、頭は常に回し、相手がどんな行動をとるのか予想する。それこそがこの世界における対人戦の基本である。
重心を落として、足腰に力を加える。そして、今にも飛び出そうとしていたシロを見て《神様》が慌てたように声を発す。
「ちょっ、僕は君とやり合う気はないんだけど!」
「なら、あんたの正体を教えてくれないかな。おかげでこちとら勉強時間が一時間ほど減ってるんだよ」
「意外と勤勉なんだね」
「意外とは心外だな。これでも勉強できるほうなんだけど? それで教えてくれるのか?」
「それは無理」
「なら、実力行使!」
力を蓄えていた足で地面を蹴ったシロは相手との間合いを詰め、剣を振るう。《神様》はシロの剣技をバックステップで下がりながら体をねじらせ避ける。が、シロの連撃は止まる勢いを知らず次々に《神様》に襲いかかった。一方的に見えるその攻防をフィーリアは立ち尽くしたまま眺める。ここまで、高度な技術の応戦を見たことがなく、思わず見入ってしまっていた。
そんな剣の嵐のなか《神様》は避けながらまるで世間話をするように語りかけた。
「シロ君、君はそんな僕の事を知りたいのかい?」
「あぁ、だからこうしてテメェを探し回っているんだよ!」
「どうして僕について探ってるのかい?」
質問に質問で返す《神様》。それを聞いてシロは取り敢えず、向こうの質問に答えてみる。
「手伝ってくれと言われて、その手を取ってしまったからだ」
あの日、屋上で雪が差し伸ばした手を和樹がとったことによって始まった《神様》探しと正体の追及。それを終わらせればシロは昔のような平穏が待っているのだ。
シロの答えに《神様》は、再び楽し気な声を出す。
「そうかそうか、なら少しばかりヒントを与えるチャンスをあげようか?」
「……ヒントだと?」
「そう、しかしヒント得るためには僕が言う条件をクリアしないと無理だよ」
「はっ、くだらん。今からお前を捕まえて訊き出せばいい話だ」
「……本気でそう思ってる?」
「…………」
試すようなしかし、分かっているかのような声色で《神様》がシロに尋ねる。その言葉にシロは思わず口を閉ざしていた。
シロは振っていた両手剣を止め、距離をとった。荒れ狂う剣の雨を凌いだ《神様》は呼吸を乱すことなくその場で立っていた。それを見てシロはいよいよ相手の力量が測れたような気がした。いまだに未知数であるが今までの攻撃を一撃も喰らわず、呼吸も乱さないほど無駄のない動きをする相手見て少なからずそんじょそこらのプレイヤーでないことが分かった。
そんな相手にシロはこれ以上自分が攻めても恐らく捕まえられないのではと考えた。
(となると、ここは相手の話に乗るのもありか?)
シロが冷静に分析をするなか《神様》は話を進める。
「どうだい? 僕の話を聞く気になったかい」
「……一応、聞こうじゃないか」
シロがそう言うと《神様》は満足げな声を出し、喜びを体現させるように両手を広げた。
「おぉ、なら話をしてあげようではないか」
「前置きはいいから手短に話せ斬るぞ」
「物騒だな全く……こほん、ではお聞きいただこう、僕の提示する条件を」




